二週間ほど前、フジテレビの笠井信輔アナ(56)のフリーランス転身をフックとし、(ある一定数の)中高年世代が抱く「生涯現役・現場主義願望」について、ここcitrusで書かせてもらった。そして、私にとっても憧れである、そんな生き様を淀みなく実践している“とある先輩”からお話をうかがう機会があったので、今日は文字数が許すかぎり、ぜひともその詳細を紹介したい。
浮川和宣(うきがわ・かずのり)さん、1949年生まれの御年70歳。1973年に愛媛大学工学部電気工学科を卒業後、船舶用電気システムなどを開発する西芝電機に入社。1979年に退社し、『株式会社ジャストシステム』を徳島市で創業する。コンピュータの日本語処理機能に取り組み、「スペースキーで漢字に変換して、もう一度スペースキーを押すと次の候補が出る」という、現在では標準的な日本語変換の仕様である「かな漢字変換システム」を開発──ここまでを読めば、もうピンと来た賢明なるcitrus読者も多かろう。そう。20世紀の終わりに一世を風靡した、あの日本語ワープロソフト『一太郎』を世に送り出した“偉人”なのだ。
その後、浮川さんは60歳のとき、2009年にジャストシステムの代表取締役会長の座を辞任。同年には、ジャストシステムを二人三脚で支え続けてきた「専務」とともに、ソフトウェア開発企業『MetaMoJi』を設立し、今年4月に施行され本格始動した『働き方改革法』により、「長時間労働の是正」が大きな社会課題となりつつあるさなか、業務の効率・改善のイノベーションを現場にもたらすヒットアプリを、続々と生み出している。
たとえば、手書きのコンテや、テキスト、写真や動画、音声によって記録したデータをアプリ上で集約して変換する『GEMBA Note』は、製造・建設ほか、さまざまな業種でシェアを広げており、意外なところでは人気漫画を映画化した『キングダム』の製作現場でも大活躍したという。
通常のサラリーマンだと定年をまもなく迎えようとする、悠々自適なリタイアモードの還暦間際に、一から会社を立ち上げる精神力の強靱さは並大抵ではない。そういったことを浮川さんとの雑談中、さりげなく振ってみると、こんなシンプルな答えが返ってきた。
「一度きりの人生、とにかく新しいことがやりたかった」
70歳で今なお現場の最前線に身を置く「現役社長」ならではの、説得力溢れる金言である。さらに、笠井アナをはじめとする「生涯現役」を志すアダルトチルドレンな我々からすれば、あまりに羨ましすぎる“環境”にも浮川さんは恵まれている。じつは、ジャストシステムを二人三脚で支え続けたMetaMoJiの現「専務」とは、なんと! 妻である浮川初子さんなのだ。浮川さんは少々テレながらも、こう語る。
「妻のことは『専務』と呼ばせてください。ずっと『社長』『専務』と呼び合ってきたので。
ジャストシステムを設立したときから、役割分担はきちんと決まっていました。私は何十年も先を空想して『未来にこんなものがあったらいいな』と考えること。専務はものづくりです。私のアイデアを具体的な形にしてくれる、とびきり優秀なエンジニアです。女性の創業者で、エンジニアで、株式を上場までさせた人はほとんどいないのではないでしょうか」
私はこのノロケ話(?)を浮川さんから聞いているうちに、坂本龍一・矢野顕子(元)夫妻のことが、ふと頭に浮かんでしまった。もはや離婚はしてしまったものの、その特異な関係は、私のような一クリエイターからすれば、まさに“理想の夫婦”であった。“世界のサカモト”を「龍一はピアノが下手だから」と一刀両断した(との噂の)天才ピアニストである妻。いっぽうでは、妻がソロアルバムの作成時に、“世界のサカモト”の知名度をもって、電話一本で超大物ギタリスト・パットメセニーを呼び寄せた(との噂の)夫──浮川夫妻にも共通する、素晴らしい「役割分担」ではないか。「生涯現役」を当たり前のように貫ける“揺るぎなさ”のバックボーンには、こうした100%の信頼を寄せることができる“同士”の存在も、かなりの比重を占めているのかもしれない。
■協力/株式会社MetaMoJi