「キャー、先生、急に入ってこないでください!男子禁制ですよ!」
私がナース控室に入った途端、いつも若いナースの悲鳴があがります。この控室はナースステーション奥の休憩室で、男性ナースも使える小部屋。決して男子禁制ではないんですが……。
学会の京都土産を届けに訪れた私に、ひどい言い様です。そう思いつつもお土産を渡すと、「先生、いつもありがとうございまーす♪」と手のひらを返す反応はいつものこと。
定番の生八ツ橋のパッケージを見るや、すばやく開封しさっそく食べ始めた加瀬さん(仮名、28歳、女性看護師)。「なんか夕方になると急にお腹空いて、力はいらないんですよねー。ちょっと手が震えたりして…」そう言いながら、八つ橋を5、6枚ペロリと口に放り込みます。
八つ橋を頬張る加瀬さんの様子を見ていた私は、「ひょっとすると…」とある病態を思い浮かべます。ナースステーションから血糖測定器を拝借し、加瀬さんに血糖値を測ってもらいます。血糖値72mg/dL。持病のない人にしては低い数字です。空腹感や手の震えなどは「低血糖」による症状と考えられました。
低血糖とは、血糖値が正常より低くなり、空腹感、動悸、冷や汗、手の震えなどの症状を生じ、最悪の場合、意識を失う病態のことです。糖尿病治療中の方や、インスリンを使用している方にしばしば起こります。
しかし、加瀬さんは糖尿病というわけではありません。彼女からよくよく話を聞くと、この空腹感に襲われるのは、午前の業務が忙しく昼食が遅くなったり、昼休みが短かったときほど、よく起こるとのこと。そういう忙しい日は、ランチタイムも束の間で、菓子パンやおにぎりで済ませることが多いようです。
どうやら加瀬さんは「反応性低血糖」による空腹感に襲われているようです。反応性低血糖とは、通常の食事のあと、とくに炭水化物の摂取が多い場合に起こりやすい「低血糖」の一種です。
束の間の昼休みに急いで食べたパンやおにぎりは、急激に血糖値を上昇させます。普通の食事では血糖値の上がり具合に応じて、ちょうどよい量のインスリンが膵臓から分泌されます。しかし、短時間にたくさんの炭水化物を摂取し、血糖値が急激に上昇した場合、インスリンの分泌も急激かつ過剰になり、血糖値が下がりすぎてしまうことがあるのです。これが反応性低血糖の一例です。
インスリンの分泌には個人差があり、同じ食事を同じ速さで食べても、何の症状も出ない方もいます。反応性低血糖が出やすい方でも、その日の状況や食事のタイミングによってワンパターンに症状が出るわけではありません。
持病のない方で、食後の2~3時間後、とくに炭水化物中心の食事を摂ったあとに謎の空腹感に見舞われる場合、反応性低血糖の可能性があります。反応性低血糖の予防策は食事の時間をゆっくり持ち、野菜、肉、魚などから食べ、最後に炭水化物を食べるように心がけるのが良いでしょう。
加瀬さんはその後、慌ただしいランチタイムにもナッツやチーズ、果物を取り入れ、反応性低血糖と思われる症状はほどんどなくなりました。空腹感に襲われなくなったおかげで、夕方の休憩室でお菓子を頬張ることもなくなり、いくらかダイエットにも成功したようです。お腹が空く原因もしっかり見極めることで、食生活の見直し、ダイエットにつながると嬉しいですね。
【Dr.山村・診療情報】
「上大崎クリニック」
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「押上駅前松浦内科クリニック」
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