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失業者が街にあふれた… 「ナタデココ」がブーム後に生んだ悲劇【ファッションフードの平成史】




前回取り上げたタピオカの次に、「ナタデココ」がやって来た。フィリピンの特産品で、現地ではパフェとかき氷と蜜豆を合わせたようなデザート「ハロハロ」に入れるのが一般的な食べ方。ちょうど蜜豆における寒天のような感覚だ。



 



 



■実は発酵食品



 



ナタデココのナタは、スペイン語で浮遊物、ココはココナッツの意味。製造方法は、まずココナッツミルクに砂糖と水を混ぜ、酢酸菌(※1)の一種であるアセロバクター・キシリナム を加えて発酵させる。すると、表面に乳白色の膜が少しずつ浮かんでくる。10日から2週間かけて膜が15ミリくらいに育ったら液から取り出し、サイコロ形に切ってシロップ漬けにする。ナタデココは、いまやスーパーフードの発酵食品だったのである。



 



一見すると半透明の寒天のようだが、かむと一瞬、ぷにゅっと柔らかくもコリコリッとした独特の歯ざわり。よくたとえられたのがグミとイカ刺しだが、どちらとも似て非なる不思議な食感が大受けした。



 



しかも成分の大半が水だから低カロリー、繊維質が多く、ダイエットや成人病(※2)予防などの健康効果がうたわれた。



 



 



■火付け役はデニーズ



 



ナタデココの火付け役は、1992年夏からメニューに採用した「デニーズ」。ナタデココ約20粒にヨーグルトとフルーツソースをかけたデザートを発売した。



 



実は、ナタデココ入りフルーツミックスの輸入缶詰が、その15年ほど前から高級スーパーやデパートで売られていた。それに目をつけ、業務用として最初にしかけてデニーズにメニュー提案したのは森永乳業だった。



 



また同時期、缶詰の発売元であるキッコーマンが中国料理店の「東天紅」に売り込みをかけ、杏仁豆腐に取り入れられていた。タイミングがぴたりと合い、ナタデココ市場がにわかに活気づいた。



 



ブームは猛スピードだった。最初はエスニックレストラン、中国料理店が飛びつき、翌93年には和食、イタリアン、フルーツパーラー、ファストフードー……と、あらゆるジャンルに波及した。



 



タピオカとの決定的な違いは、家庭向けの瓶詰・缶詰が爆発的に売れ出したことだ。フィリピンで手工業的に作られるため、爆発的需要に供給が追いつかず、スーパーやデパートでは売り切れ続出。開店時間前から行列ができる騒ぎで、それがまた人気を煽った。



 



『Hanako』が特集したのは93年7月15日号。タイトルは「ティラミス→タピオカの次! この夏一番の人気!! デザート界のおてんば娘 ナタ・デ・ココを忘れるでない!」、リードで「家の冷蔵庫にないと落ち着かないという依存症さえもチラホラ」と、元気よくぶち上げている。負けずに『dancyu』も同年9月号で「不思議な歯ざわりで人気急上昇中のデザート 噂の〈ナタ・デ・ココ〉がやって来た」と、ルポルタージュ風の記事を掲載。もう、ポスト・ティラミスはナタデココで決まりとだれもが思った。



 



 



■バブルと環境破壊



 



突如として吹き荒れたナタデココ旋風で、大手商社がこぞって買い付けに走った。フィリピンは特需景気に湧き、生産者は熱帯雨林を切り拓いてココナッツの木を植え、新しい工場を建て、生産増大をはかった。フィリピンの生産額は前年の24倍、2580万ドルに達し、果実加工食品輸出額の31%を占め、その96%が日本へ輸出されたそうだ。



 



ところが翌94年には、すでにブームは終わっていた。フジッコが納豆や漬物製造で培った発酵技術でナタデココ製造に成功し、専用工場を建てて93年から大々的に生産を開始したことも響いた。



 



フィリピンには莫大な負債と不用になった工場、熱帯林の伐採と酢酸の廃棄による環境破壊が残り、失業者があふれたという。ファッションフードの暴走が引き起こした悲劇的な事件である。



 



 



■ナタデココの現在



 



こうして無惨に飽きられたナタデココだが、フジッコはいまでも唯一の国産メーカーとして生産を続けている。



 



ヨーグルトやゼリーの具材として、地味だが堅実に生き延びている。特筆すべきは、アセトバクター・キシリナムが作り出す食物繊維が、ナノ素材として注目されていることだ。



 



ナタデココは太さ約100ナノメートル(※3)の微細な繊維が複雑に絡み合い、多数の立体的な網目構造を構成している。この特性を利用し、折り曲げ可能な超薄型ディスプレーや血液検査機器、人工血管、化粧品などへの応用が模索されているのだ。



 



また前々回、70年代に社会現象を起こした紅茶キノコに言及したが、実は紅茶キノコも酢酸菌による発酵食品で、ナタデココとほぼ同じ成分だったことが明らかになっている。両方に含まれている食物繊維は、野菜や果物の食物繊維にはない働きを持ち、血中コレステロールを減らす効果があるといわれる。



 



紅茶キノコは現在、「konbucha(コンブチャ)」と名前を変え、美容効果が高いスーパーフードとしてひそかなブーム中。ナタデココの再ブレークも、ありえない話じゃない。



 



※1 酢酸菌は、食酢の製造に使用される好気性の桿菌。同じ属のアセトバクター・キシリヌムは、ナタ菌、コンニャク菌とも呼ばれ、微生物が作りだす食物繊維(バクテリアセルロース)を多量に生産するのが大きな特徴。



※2 成人病から生活習慣病に名称変更したのは1996年。



※3メートルの10億分の1。


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