ノンフィクションライター亀山早苗は、多くの「昏(くら)いものを抱えた人」に出会ってきた。自分では如何ともしがたい力に抗うため、世の中に折り合いをつけていくため彼らが選んだ行動とは……。
女性用下着を好んで身につける男性がいる。そういう男性は何を考え、どうしてそういう行動に出るのだろうか。
■夫のために買っていた妻
ミドリさん(48歳)は、かつて3歳年上の夫のために女性用下着を購入したことがあるという。
「結婚がけっこう早くて、私が23歳、夫が26歳のときだったんです。すぐに双子が生まれました。夫も子育てを積極的にしてくれて、共働きしながらふたりで一生懸命育てました」
子どもたちが高校を卒業し、それぞれ大学へと進んだころだった。ふと気づいたら、もう10年近くセックスレス。夫とは会話が途切れないほど仲がよかったが、いつしか男女の関係ではなくなっていたのだ。
「そのことを夫と話そうと思ったら、夫が『実は話がある』と。そこで女性用の下着を身につけたいと言われたんです。最初は何を言っているのかわからなかった。女性になりたいのかと聞いたら、わからないけどそうではないと思う、と。そこで夫のためにブラとショーツを買ったんです。夫は私に見られるのは嫌がったけど、ものすごくうれしそうでした」
夫の女性用下着を洗濯機に入れるとき、ミドリさんは複雑な思いがあったという。そして4年前、夫から離婚を切り出された。
「実は離婚して女性になりたい、と。やはりそういうことだったのねと納得しました。戸籍上の性別も変えたいから離婚してほしいと言われて。夫は夫なりに苦しんでいたんだと思います」
結婚し、子どもも生まれてから夫は自分の本当の欲求に気づいたようだ。離婚後もミドリさんは夫とは連絡をとりあっている。
「夫は手術を終えて、今はすっかりちょっと背の高い女性です。ときどき女同士で買い物に行ったりするんです。子どもたちも理解していますし、何より夫が楽しそうに生きているのがうれしいですね」
どこでどんなことが待ち受けているか、事実は小説より奇なりである。
■女になりたいわけではないけれど
女性用下着をつけている別の男性に話を聞いたことがある。マサシさん(44歳)だ。子どもの頃、母親のブラをつけたことから、女性用下着に興味をもったという。
「僕は女性になりたいわけではないんです。ただ、自分の中の女性性みたいなものをときどき覗き見たい気がして」
妻に頼むことはできず、自分で買いに行く。妻のためのプレゼントと称して。
「女性の下着を大人になってから着けたのは4年ほど前です。実母が亡くなったことをきっかけに、小さいころ、母のブラをつけたことがあるなと思い出した。そうしたらどうしてもつけてみたくなったんです。ただ、買うときは緊張しました。妻へのプレゼントだと言っても、実際はバレているのではないか、変態男と思われているのではないか、買っているときに知り合いに会ったらどうしようと、ヘンな汗をかきました」
もちろん、ふだんは家ではつけられない。まれに家族が留守のとき、こっそりつけてみる程度だ。「自分がキレイだという意味ではありませんが、なぜか素敵なブラをするとうっとりしてしまうこともあります。一般的にはヘンだということはわかっていますが……」
彼は有名企業の部長補佐という肩書きをもつ。だが、恥じ入るようにすべて話してくれた彼を、「ヘン」だとはとても思えなかった。人にはいろいろな趣味嗜好がある。それをヘンだと断罪することなど誰にもできないはずである。