■夫以上に気持ちの整理がつかない
「ウチの夫も、とある都市銀行の幹部候補でした。でも50歳を目前に突然の出向を命じられたんです。2年前でしたね。あのときは心身ともにへこみました」
そう話すのはマユさん(48歳)だ。やはり夫は出向になったことをすぐに妻には話してくれなかった。まだ高校生と中学生の子どもたちがいて、経済的なことが真っ先に不安になったという。
「今思えば、夫には申し訳ないことを言った。夫が1ヶ月後、『給与でわかってしまうことだから』とようやく出向のことを話してくれたとき、まず、『私や子どもたちの生活はどうなるの?』と言ってしまったんですよね。夫の気持ちを忖度することができなかった」
収入は下がったが、夫はそれまで社内預金をかなり貯めていてくれたので、学資には影響がないとわかった。
「でも出向させられたことが恥ずかしくて、私はいまだに自分の両親には言えません。夫はエリートのはずだったのにという思いが抜けきれない。それはそういう人と結婚した私自身への評価でもあったはずなのに。夫には悪いけど、私は今もその気持ちが抜けなくて……」
夫の出向は、イコール夫の無能に近い。だから男を選び損なったという意味で、自身の恥でもあるとマユさんは「本当に正直なところ」を話してくれた。
夫婦であっても、個と個であるはずなのだが……。個人的にはこうした意見には同調しかねるのだが、マユさんは本音を話してくれたのだと思う。
■出向させられた夫の気持ち
出向は恥なのか。企業というところは、いくらいい人でもいくら優秀な人でも出世できるとは限らない。いろいろな思惑やらそのときの状況やらで貧乏くじを引かされてしまう人はいるのだろう。
「屈辱ではありましたよ。どうして私が出向なのか。これまで会社のために尽くしてきたのに、私を引き立ててくれた上司が派閥争いに敗れた瞬間、私もポイ捨てでしたから」
ユウイチさん(53歳)はそう話す。50歳の誕生日に関連会社への出向を命じられたことを思い出すと、今も体が震えそうになるという。
「しょうがないと思っても悔しくてたまらない。当時は妻にも言えませんでした。数日後、妻に話したとき、妻が黙って話を聞いてくれ、『あなたが悪いわけではない』と悔しそうに言った。それでようやく救われた気がしました」
いやだったら会社を辞めてもいいんじゃないかしらと妻はつぶやいたという。ユウイチさんの妻もフルタイムで働いていたからこそ言えたセリフかもしれない。
「現実の経済的な問題と気持ちの問題。両方がからみあうから複雑ですよね」
吹っ切れたユウイチさんは、今、出向先で楽しく仕事をしているという。もともとエリートなんていう意識はなかったから、と彼は笑った。