ノンフィクションライター亀山早苗は、多くの「昏(くら)いものを抱えた人たち」に出会ってきた。自分では如何ともしがたい力に抗い、世の中に折り合いをつけていくため彼らが選んだ行動とは……。第一回目は“真性S”の物語。人は簡単に「私はS」だの「僕はMっ気あるかも」と言うが、真性のSにはいつも苦悩がつきまとうという。Sの本当の願いとは。
ある場所で知り合った、ヤマさん。本名は知らない。年齢は40代半ばだろうか。何度か顔を合わせているうち、彼にすでに20代半ばになる子どもがいると知った。
「結婚したのが20歳のときだったから。子どもは3人いるの。いちばん下はまだ中学生」
どうしてそれほど早く結婚したのか、大恋愛だったのかと尋ねると、彼の表情が暗くなった。
「僕、小さいころから自分がおかしいと気づいていた。残虐なものを見ると異常に興奮するから。小学校高学年のころには人を殺したいという昏い欲望に自分が支配されていると思ったし」
これは病院に行っても治らない。ましてや人に言ってはならない。生まれ育ちが複雑らしく、祖父母に育てられた。彼は自分の欲望を封じ込めるために早く結婚して子どもをもとうと決めた。高校を卒業して働き始めた会社で知り合った女性と20歳で結婚したという。祖父母が素直に喜んでくれたのが印象に残っている。
「すぐに子どもができたとき、ほっとしました。自分に子どもがいさえすれば、人殺しだけはしないだろうと確信していたから」
子どもはかわいかったし、成長がおもしろかった。どっぷり関わったが、それでも昏い欲望は消すことができず、Mっ気の強い女性を探しては性的なプレイを繰り返した。だが、それも20代で飽きてしまったという。
■追いつめたい心理と闘う日々
その後は、精神的に女性を追いつめることに没頭した。つきあう女性に「オレのことが好きなら、目の前で他の男を誘惑してみろ」といった遊びである。だが、それである女性を追いつめすぎて、彼女は精神的におかしくなってしまった。虚しさだけがヤマさんを支配した。
「本当は女性の首を絞めたいの。だけど社会的に許されることではない。それはわかってる。だからやってはいけない。子どもたちを殺人鬼の子にはしたくないしね。結局、自分の欲望は決して叶えられないから、30代以降は余生みたいなもの。ほとんど楽しいことがない」
今は、「拷問」を独学で研究している。拷問の歴史、そういうことをしているときの人の心理を自分と照らし合わせながら勉強するのが楽しいそうだ。30歳のころに会社を立ち上げ、仕事は「それなりに」うまくいっているという。
「でも、誰かを追いつめたい、最後には殺したい。そういう欲求とは今も闘っていますよ」
穏やかな口調で世間話のように話すヤマさん。多くを語らない彼の生い立ちにその原点があるのか、あるいは他に何か理由があるのか、もしくは天性のものとして備わってしまったのか。それはわからないが、どこか魅力的な人ではある。