
「違うよ! さっき教えただろ?」
「だって、よくわからないんだもの」
「しょうがねぇなぁ。貸せよ」
市営バスの車内。私の前に座っているのは、40代くらいの男性と、70代くらいの女性。男性が女性のスマホを見て、何か操作してあげている。どうやら親子のようだ。「どうやら」というのは、二人の醸す雰囲気が、親子というより夫婦のそれに近かったから。
「ほら、これで大丈夫」
“母”にスマホを差し出す彼は、息子というより“夫”の貫禄を湛えている。おそらく彼は、“ママカノ男子”なのだろう。
■「ママカノ男子」の正体
“ママカノ男子”とは私の造語だが、昨今の「ママ大好き! 陽キャマザコン!」みたいな息子たちとは一線を画す。ママとTik Tokをやったり、時に彼女も交えてトリプルデートもする後者と違い、ママカノ男子は密やかにいつのまにか“そうなっている”男性だ。
多くは父親の死後、自然と父のポジションにスライドし、母を支え、彼女の精神的な拠り所となる。彼のほうも仕事にかまけていたり、なかなか縁遠かったりして恋人不在の時期が続き、気づけば母が一番そばにいる女性=彼女のような人になっている――これがママカノ男子の正体だ。
■自分を強くリードしてくれる息子に…
父親(母にとっては夫)不在のフォロー役を担うので、自然と母と同居したり、そうでなくても頻繁に実家に帰ることになり、関係はより緊密になる。そのせいもあるが、ママカノ男子に特徴的なのは、母に対する態度や口の利き方が妻に対するものに近く、少々ぞんざいであること。先の男性も、「教えたでしょ」「貸して」じゃなくて、「教えただろ」「貸せよ」であり、これは関白夫の距離感である。
母のほうでも、自分を強くリードしてくれる息子に亡き夫の姿を重ねているのだろう。「その口の利き方は何?」とも言わず、少々はにかみながら受け止めている。息子はどんどん年を重ねて“夫”の風貌に近くなり、母の手料理を食べて日常を共有しているとなれば、彼の夫化、ママカノ男子化もやむなきと言ったところか。母も息子が若ければ「あんた彼女いないの?」とハッパもかけようが、自身も衰えてくると「あえて彼をたたき出すこともないか」と思うのだろう。
■気になる男性に“妻”みたいな母がいたら?
彼女たちは、「息子にいい人ができたら何より」と本気で思っていたりするが、いかんせん“妻”のような母がいる男性に、女性はなかなか手を出しづらい。
夫を亡くしてかわいそうだし、老身で心配だし、何よりラクだし、一緒に世話するペットもいるし……みたいな気持ちから、気づけばママカノ男子になってました、みたいな人もいると思う。事実、身近にも3人ほどママカノ男子がいたりする。
ママカノ男子は、悪いものじゃない。しかしながら、女性と交際して得られるスキルを取りこぼしがちなのは残念だ。彼女がいたら「ちょっと、そういうのやめてよ!」と叱られそうな服装とか、エスコート力のなさとか。そのぶん、年配者へのケア力は上がっていくけれど。
亡き父の妻、自分の母を娶るのはオイディプス王だったか。
いわゆるマザコンでも、ニートでも、仕事ができないわけでもない。淫靡な関係でももちろんない。けれど、傍らにより添うのは母親。
ママカノ男子こそは、現代のオイディプスと呼べるかもしれない。
