
エリート気分でいたけれど
大学時代、仲のいい男友達と、女友達のエリさん、3人でいつも一緒だったというトモヤさん(42歳)。友人との暗黙の了解で、どちらもエリさんにはアプローチせず、3人の友情はいいバランスを保っていた。「僕はたまたま運よく、有名企業に就職できたんですが、友人は中小企業にも通らず留年しました。エリは資格を活かして独自の道へ進んだ。卒業後も3人の友情は変わらないと思っていたけど、だんだん誘っても友人が来なくなって……」
友人はおそらくトモヤさんに対して屈折したものを感じていたのだろう。エリさんとは個別に連絡をとっていたようだが、それも次第に途絶えていった。
「25歳になったとき、エリにつきあってほしいと言いました。友人が自ら脱落していったのだから、もう義理立てする必要もないと思った。僕は彼を探そうとはしなかった。何度もアプローチして、ようやくエリもつきあおうと言ってくれたときは、とてもうれしかった。どちらかといえば彼女は友人の方が好きなように見えていたから」
エリさんとつきあうようになって、彼はますます運が向いてきたという。職場ではいろいろなチャンスを与えられ、ことごとく期待以上の成果を出した。会社史上、初の20代課長となり、周りの目も変わった。
部下の小さなミスから転落することに
「自分もできる男だと有頂天になっていたようなところがありました。その勢いで、思い切ってエリにプロポーズしたんです。『結婚しよう。きみは僕とじゃなければ幸せになれない』と強引に結婚を決めさせたようなものです。27歳のときでした」28歳で結婚するとき、友人にも知らせたいと思った。心のどこかに見せつけたい気持ちがあった。だが連絡はつかなかった。学生時代の別の友人からは「しばらくアルバイトをしていたらしいけど、消息不明だよ。実家にも帰ってないらしい」と聞いた。
30代半ばで部長職についたトモヤさんだが、部下の小さなミスを発端に、思わぬ不幸が続いていった。ミスを思わず隠したことで、どんどん大きな事故につながり、彼の部長としての技量が問われた。
ほんの数年で、彼は部長失格の烙印(らくいん)を押されて閑職に飛ばされた。だがほとぼりが冷めたら戻すからと庇ってくれた上司が急死、彼はとうとう自主退職に追い込まれた。
「粘る選択肢はあったと思うんですが、エリが僕に失望しているのが分かって、なんだかヤケになって辞めてしまったんです」
2人の子どもたちを育てていく見通しも立たなかった。
突然、現れた友人
会社を辞めてから1カ月ほどたったころ、妻は離婚を切り出した。自分をATMのようにみていたのかと腹が立ったが、妻の言い分は違っていた。「『結婚しようと言ったときのあなたは、まだ人への思いやりがあった。でも仕事で成果を出したら、急に私を下に見るようになった。きみの仕事なんてたいしたことないんだから、専業主婦でいいじゃないかと言ったわよね。私は仕事が好きだしプライドももっていた。でもあなたは、オレと同じだけ稼げるなら、オレが専業主夫になってもいいけどさって。私をバカにしていたわよね』って。
そんなつもりはなかったんだけど、妻を傷つけていたんです。僕は仕事で追いつめられて辞職したけど、それでも妻への態度は変えていなかった。本当はエリに弱みを見せて助けてほしいと言いたかったけど、妻にだけは弱みを見せられないとも思っていた」
夫婦は、互いを思うことさえできなくなっていた。その元を作ったのはトモヤさんだ。彼はエリさんの言いなりに離婚届にサインした。
「その直後、消息不明だった友人が僕の前に現れました。どうしてエリを幸せにできなかったんだと責められた。彼女を不幸にするくらいなら結婚なんてしなければよかったのにと」
友人と立場が逆転し
就職できなかった友人は一念発起して起業し、小さいながらも自分の腕1つで仕事を勝ち取っていた。大手企業に勤めてエリート意識いっぱいで坂道を転げ落ちた自分とは違うのだと思い知らされた。「エリは今、その友人と一緒に暮らしています。僕との間の子ども2人も、友人が育ててくれている。子どもたちも彼に懐いているらしい。僕は非正規で働いています。養育費も出せない状況だから子どもにも会えない」
友人は苦しい状況を1人で脱して努力を重ねた。エリさんはそんな彼の人間性に好感をもったのだろう。エリートのつもりで友人の行方すら探そうとせず、エリさんと結婚するときは見せつけたい気持ちもあった。そんなおごりが彼の転落のきっかけだったのかもしれない。
「若いときの勢いだけでは人生はどうにもならない。この年でようやく分かりました。周りのことや自分を支えてくれる人への感謝をもっともつべきだった」
今からやり直しはきくのだろうか。彼は1人で住む小さな古いアパートで、毎日、そればかり考えているという。
