かつては「特別な事情を抱える生徒のための選択肢」とされていた通信制高校。しかしその認識は、すでに過去のものとなりつつある。2023年度には全国で約29万人――高校生のおよそ11人に1人が通信制課程に在籍しており、今や通信制は“当たり前”の進路のひとつとして社会に定着しつつある。背景には、芸能・スポーツ活動、不登校経験、留学や起業など、多様な生き方と学びのニーズがある。柔軟な学習スタイルは自由をもたらす一方で、「教育の質」や「実力形成」といった面での課題も浮き彫りになっているのが現実だ。
そんな中、進学塾として知られる四谷学院が、2025年4月に新たな広域通信制高校を開校した。場所は茨城県筑西市。生徒の自律性を育てる学習システム、仲間と学び合うリアルな体験機会、そして甲子園を本気で目指す硬式野球部の創部など、従来の通信制のイメージを大きく覆す取り組みに挑んでいる。通信制高校の“今”と“これから”を映し出すその教育現場を追ってみたい。
通信制高校に横たわる“4つの壁”

通信制高校は、多様な学びのスタイルを提供する一方で、急拡大の影にはいくつかの課題も存在する。とくに注目すべきは、次の“4つの壁”である。
① 教育の質のばらつき
学校によって学習体制が大きく異なり、中にはほとんど授業が行われず、基礎学力が身につかないまま卒業してしまうケースもある。
② 実力形成の空洞化
個性を重視したコースが増える一方で、学力や生活指導が不十分な学校もあり、「自由」の裏に「学力がつかない」との不安がある。
③ 経営不安と誇張された進学実績
経営が不安定な学校もあり、進学率を高く見せる広告も少なくない。実際は難易度の低い大学への進学が多いケースもある。
④ 学習コストと居場所の欠如
通信制は費用が抑えられると思われがちだが、受験対策には別途塾などが必要になることも多い。通学機会が少ないことで孤立感を抱く生徒も少なくない。
こうした現実は、通信制高校の質が今まさに問われていることを物語っている。選ぶ側も、運営する側も、これまで以上に“中身”を見極める視点が必要となっている。
通信制に“対面の力”を取り戻す、四谷学院の逆転発想

2025年4月、進学予備校として知られる四谷学院が、茨城県筑西市に開校した広域通信制高校「四谷学院高等学校」。その最大の特徴は、従来の通信制に見られがちな“放任型”の学びから脱却し、“リアルな学び”を重視している点にある。
まず注目されるのが、四谷学院独自の「55段階学習システム」だ。生徒一人ひとりの理解度に応じて、学習内容を細かく段階分けし、着実に知識を積み上げていく仕組みである。進学指導に長年携わってきたノウハウを、高校教育に応用したこのシステムは、通信制にありがちな「自学任せ」の限界を補完するものといえる。
さらに、単なる知識習得にとどまらず、生徒の関心や将来の可能性を広げる「成功への体験プログラム」も多数用意されている。職業体験やフィールドワークなど、仲間や教職員と直接関わる機会を通じて、生徒は“他者とのつながり”と“自分の可能性”を見出していく。
四谷学院は、通信制の柔軟さを活かしつつも、「対面だからこそ育まれる力」に改めて注目した学校づくりを進めている。オンラインでは補えない“人と場”の価値を、今あらためて教育に取り戻そうとしているのだ。
「文武両道」へ踏み出す、硬式野球部創部

通信制高校でありながら、2026年に硬式野球部を創部する――これは四谷学院高等学校のもう一つの大きな挑戦だ。全国からの選抜募集を行い、初年度は15名程度の新入部員を迎える予定。専用グラウンドや全寮制の整備など、競技環境は通学制の強豪校に引けを取らない水準である。
その背景には、「文武両道」を本気で実現しようとする理念がある。単に甲子園出場を目指すだけではなく、人間力の育成を重視した教育プログラムの核に据えられているのが、「原田メソッド」だ。これは元公立中学教師の原田隆史氏が開発した、目標達成型の人材育成法。大谷翔平選手が高校時代に活用していた「マンダラチャート」のベースとしても知られる。

選手たちはこのメソッドを通じて、自らの目標を設定し、具体的な行動計画に落とし込み、日々の実践を振り返りながら成長していく。そのプロセスは、競技力の向上だけでなく、学習や日常生活にも良い影響を及ぼすとされている。野球を軸に据えたこの取り組みは、四谷学院が目指す「自律型人材の育成」というビジョンとも重なる。
単なる部活動の枠を超えたこの挑戦は、通信制教育の可能性を大きく広げる試みといえるだろう。
広域通信制高校四谷学院高等学校について
開校:2025年4月
本校:茨城県筑西市折本895
課程:単位制・通信制課程(広域)
学科:普通科
https://ygh.ed.jp/
通信制高校は、その柔軟さゆえに多様な学びのニーズに応えてきた一方で、教育の質や生徒の実力形成において課題も抱えてきた。そんな中で四谷学院高等学校が打ち出した新しい通信制高校のかたちは、まさに既存のイメージを塗り替える挑戦である。
個別の理解度に合わせた「55段階学習システム」、人との関わりを重視した「成功への体験プログラム」、さらには甲子園を本気で目指す硬式野球部と「原田メソッド」による自律型教育。これらの取り組みは、通信制でも“リアル”な学びと人間形成が可能であることを示している。
単なる選択肢の一つではなく、通信制教育そのものの価値を見直す契機になる可能性すらある。「自由」と「質」、そして「人とのつながり」を同時に育てることは簡単ではないが、それを本気で目指す学校が今、確かに存在している。四谷学院高等学校の動向は、これからの教育のあり方を考える上で、大きなヒントとなるに違いない。