夜に咲く花は、白く芳醇な香りを漂わせるという。
それは、孤独な夜に読みたくなる詩に似ている。
ー詩の表現は素僕なれ、詩のにほひは芳純でありたいー
これは、ある詩人の言葉である。
芳醇な香りの夜の花に、虫が本能で吸い寄せられる。
芳醇なにおいの詩に、人が苦悩を溶かしていく。
大森からエキゾチックな香りが漂ってきた。
闇に輝く黄金が揺れると、また新しい夜が朔く。
ーー今回は、東京「大森山王ブルワリー」が手がける、日本近代詩の父とも言われている萩原朔太郎モチーフのセゾンビール『SAKU』をご紹介します。
「萩原朔太郎」をゴクッと味わう
大森の人たちが、ビールを通してこの地をもっと楽しめる機会を作りたいと、2019年に誕生した「大森山王ブルワリー」。
かつては文豪・政治家・外国人が住み、文化度が高く、ハイカラなまちであった大森。その魅力を再発見して、ゴクッと味で表現したいとの想いで造られるビールは、大森にゆかりのある人物や歴史がモチーフになっています。
群馬で生まれた朔太郎は、紆余曲折ある中で40歳の頃、妻子と共に大森駅近くの馬込に住んでいた時期がありました。
高校は転入・退学を繰り返し、大学も退学・受験失敗と決して順調ではなかった20代前半。27歳の時、北原白秋主宰の雑誌「朱欒(ざんぼあ)」に詩が掲載され詩壇に登場すると、詩人としての人生が動き出します。
そんな朔太郎が表した感情や、色々な不遇を乗り越えて才能が開花した様子から「SAKU」と名付けられたこのビールは、「感情よ、花開け!」という想いが込められているそう。
花がクネクネともがきながら咲き誇り、そして最後は散り暗闇になっていく様子が1コマづつ表現されている芸術的なラベルには、こんな文章が添えられています。
ー人生のにほひは芳醇でありたい。咲けよ感情、変化と幻想を楽しむのだ。ー
夜風や虫の歌声から、もう夏ではないことを感じ、少し感傷的になるこの季節に、朔太郎の詩をお供にしながら「SAKU」で感情をくすぐってみました。
複雑に変化する刺激的な味わいの「SAKU」
グラスに注ぐと、まるで9月の月ような美しい黄金色が輝きます。するとすぐに、ふんわりとエキゾチックな香りが。
香りに誘われるがまま一口飲むと、清々しく澄んでいる液体が口のなかを潤します。その直後、グレープフルーツのような柑橘の味とレモンのほのかな酸味がやってきました。レモンピールをふんだんに使って醸造しているので、それに由来する心地よいほろ苦さが口の中を席巻し出すと、徐々に渋みとなり複雑さが増していきます。
最後は舌の上をピリピリさせる白胡椒のようなスパイスが主役に躍り出て、ピリつきは唇まで覆います。その刺激は気持ち良く脳にも及び、感情が開放されていく気分に。
飲み終わると鼻からエキゾチックな香りが抜けていきました。
感情はとても複雑なもの。まさにそれを表現するように様々な味わいが口の中で次々に移り変わり、その変化は私を楽しませてくれます。
散文詩「虚無の歌」の中で、朔太郎は1人ビアホールでこのように悟ります。
ー一杯の冷たい麦酒と、雲を見てゐる自由の時間!昔の日から今日の日まで、私の求めたものはそれだけだつた。ー
こんなにもビールを愛する朔太郎が「SAKU」を飲んだらどんな言葉を紡ぐのだろう…と妄想が膨らむのでした。
飲みながら一緒に読みたい、朔太郎の「詩」
大森山王ブルワリーのオンラインショップを見ると「SAKU」に関してこんな説明が書いてあります。
咲くにも枯れるがあるように。すべてのことがもつれ合っているんではないだろうか。すなわち、枯れることは始まり(朔)なんではないだろうか?
それを踏まえて「さく」。
「SAKU」のラベルで徐々に開花する花のコマには1から9の数字が振ってあり、順番通りに追うと最後は真っ黒な闇になります。
闇は終わりではない。そこには目には見えない始まりの感情が蠢いているように、「枯れること」は「無くなること」ではなく、私たちの見えないところで始まりの命が動き出していることを教えてくれるのかもしれません。
1コマ目がラベルの真ん中から始まっているのは、真っ黒な9コマ目からまた1コマ目へ自然と繋がり繰り返される様子が意図されているようにも感じます。
またここでキーワードとなっている「もつれあつてゐる」という言葉。これは朔太郎の「憂鬱なる花見」という詩の一説です。
この詩では家の中にいる朔太郎が遠くから香る桜の匂いによって、その桜の下で行われているであろう花見に想いを寄せる様子が謳われています。
桜の木の下で瑞々しくの輝き踊る幸福たちを想い朔太郎の妄想はどんどん広がり、
ーああ そこにもここにも どんなにうつくしい曲線がもつれあつてゐることかー
と嘆くと、詩は朔太郎の頭の中にある妄想の世界から朔太郎の体の外にある現実の世界へ移り変わり
ーただいちめんに酢えくされたる美しい世界の果てで
遠く花見の憂鬱なる横笛のひびきをきく。ー
と終わっていくのです。
私も晴れた週末に1人家の中で、外から聞こえるケラケラと転がるような笑い声に妄想を広げることがあります。孤立感が押し寄せても「SAKU」と朔太郎の詩があれば心強く感じられ、諸行無常に身を委ねて明日へ進める気持ちになりました。
一緒に食べたいおつまみは?
しめ鯖の菊花和え
9月9日は五節句の1つ「重陽の節句」。「菊の節句」とも呼ばれることの日には、菊を飾ったり菊酒を飲んだりし、長寿や無病息災を願うと言います。
一般的に「咲いた花を食べる」という行為を躊躇する私たちですが、菊は躊躇せず食べられる稀有な存在の花。スーパーで見かけても特別感があり少し遠い存在の菊ですが、食卓の彩にも味のアクセントにもなり、意外と使い勝手がいいのです。
スパイシーさとほのかなフルーティーさがあるセゾンは、酸味のあるしめ鯖との相性はぴったり。菊の香りとほろ苦さが、ビールの苦味や渋みと融合し、お互いを引き立てます。
口いっぱいに咲き誇る菊とビール。「SAKU」で花開いた感情に、縁起の良い菊を添えてみては。
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一緒に聴きたい音楽は?
ASA-CHANG&巡礼「花」
エキゾチックで感情溢れるセゾンと朔太郎の詩には、ASA-CHANG&巡礼の「花」を。
ヴァイオリンの多重奏のような伴奏が美しくありながら、歌が始まると滑らかでない不安定さや予期せぬ日本語の切れ間に恐怖や不条理を感じるこの曲。
旋律に乗らない歌声ですが打楽器の拍子に乗っているからなのか、それは鼓動のように感じられなぜか落ち着く…自分でもよく分からない感情が呼び起こされるのです。
歌詞全体が朔太郎の人生のようにも感じられ、特に「ひどく風に怯えた 誰もみたことのない花」という歌詞は若き日の朔太郎そのもののようです。複雑に味わいが変化する「SAKU」もこの曲と融合します。
“花”を見る人間目線だった歌詞ですが、最後は人間に対して“花”が言ったこんな言葉で締め括られます。
「ひかりはいらね、みずをください」
誰もが光の中で生きていたい訳ではない。でも生きるためには潤いが欲しい。
だから、叫びます。
「ビールをください!」
令和の大森で、集い繋がる新しいブルワリー
萩原朔太郎は馬込時代に妻と離婚し、程なく故郷の群馬に娘2人と帰っていくことになります。長くはなかった馬込時代ですが、馬込に魅力を感じ、馬込という土地から大きな影響を受けたことが朔太郎の言葉から感じられます。
-自然の中に生命があり、力があり、生活があるということを、私は馬込に来てはじめて学んだ-
朔太郎によって呼び寄せられ、馬込に住居を構えた親友・室生犀星の「馬込日記」には、朔太郎の家でビールを飲みダンスを踊ったことが記されており、朔太郎が自然豊かな馬込で気の知れた同志たちとほっとするひと時を送っていたことが伺えます。
大森山王ブルワリーはビールの販売だけでなく、地域の企業や人たちと共創しながら、地域イベントやコミュニティの企画・運営も行い、「ビール+〇〇」の体験を創造しています。関東大震災後に多くの文士や芸術家が移り住み、互いの交流を深め「馬込文士村」と呼ばれていたこの土地で、時代を超えて新たな交流の場となる大森山王ブルワリー。
大森の歴史や文化を感じられる一杯とここで出会う人々との交流によって、あなたの新たな感情が花開くかもしれません。
『SAKU』
- 〇ビアスタイル:セゾン
- 〇アルコール度数:5.0%
- 〇原材料:大麦麦芽(イギリス製造)、小麦麦芽、ホップ、レモンピール
- 〇容量:330ml
- 〇価格:900円(税込)
- 〇URL:https://omorisannobrewery.tokyo/
- 〇製造者:日本ビール醸造株式会社
- 〇企画・販売者:大森山王ブルワリー、MobilE×School合同会社