
演歌歌手坂本冬美(59)が4日、東京国際フォーラムで、デビュー40周年記念の東京公演を行った。
後半の歌唱はデビュー曲「あばれ太鼓」でスタート。前半のドレスから一転して“定番”の和服で登場。「お客さまもホッとしているのでは。私もホッとしています」。
歌唱後にデビュー当時の思い出を披露した。「CDでなく、ぎりぎりレコードの時代でした。デビュー曲候補が8作あった。当時19歳の私は違う曲を歌いたくて、(作曲家の)猪俣公章先生に『多分、はやらないと思います』と言ったんです。先生からは『はやるとか、はやらないとか。新人が100年早い』と叱られてシュンとなった。当時の自分には分からなかったが、この歌があったから今がある。あらためて先生に感謝です。今日もどこかで見守ってくれていると思います」。
そして「男の情話」「能登はいらんかいね」「火の国の女」の猪俣メロディーを続けた。
猪俣氏が93年に死去した翌年に発売したのが「夜桜お七」だ。「斬新すぎる」としてレコード会社の社長をはじめ周囲は猛反対。それに対し、作曲した三木たかし氏が「もし売れなかったら頭を丸める」と熱く説得して発売に至った経緯がある。歌唱前に「(37回出場している)紅白歌合戦で10回も歌っている大切な1曲です」と紹介した。
坂本は02年3月に芸能活動を休止した。歌うことに疑問を感じ、歌手引退を覚悟していたが、テレビで歌手で浪曲師だった二葉百合子さん(95)が「岸壁の母」を歌唱する姿を見て思い直した。「魂を揺さぶるような歌声で心に一筋の光が差した。自分は何を悩んでいるんだ。また歌いたい。歌って自分を取り戻したい。すがるような思いで二葉先生の門をたたいたんです」。そして翌年4月に芸能界に復帰することができた。この日、客席から見守る二葉の前で直伝の「岸壁の母」を歌った。
アンコールは勢いのある人生の応援歌「風に立つ」と「男の火祭り」で約3時間で24曲を披露したステージを締めた。「皆さんも1日1日を大切に。私も1つ1つのステージを大切に歌っていきます。人生はいろいろあるけど、やるっきゃないさ」と約5000人のファンを激励した。
