
「ガール・ウィズ・ニードル」(5月16日公開)は、第1次大戦後のデンマークで起きた連続殺人事件をヒントにしている。多数の乳児を殺害した女を当時の新聞は「天使製造女性」と表現したという。
事件のおよそ半世紀前に同国の童話作家アンデルセンが発表した「マッチ売りの少女」のラストでは、非運の少女が大好きだったおばあさんに抱かれて天国に上る。荒廃した時代に不幸な死を遂げた子どもたちへのせめてもの思いからか、デンマークの人はそこに「天使」を思い浮かべるようだ。
前作「スウェット」で国際的な評価を得たマグヌス・フォン・ホーン監督は、陰影の効いたモノクロ映像で20世紀初めのコペンハーゲンを描いている。主人公が働く工場の描写はリュミエール兄弟の世界初の商業映画「工場の出口」(1895年)をほうふつとさせる。当時の街角や室内を映し出す質感には説得力がある。
お針子のカロリーネは薄給でせまいアパートの家賃も滞っている。夫は戦場から帰らない。困窮の中で工場のオーナーに見初められるが、身分違いの恋は実らず職まで失ってしまう。
そんな時に妊娠がわかり、見る影もないほど重傷を負った夫が帰還する。せっぱつまって自ら堕胎を試みたところを優しそうな女性ダウマに救われる。もぐりで養子縁組あっせん所を経営する彼女は、恵まれない子どもに裕福な里親をマッチングしていると笑顔で語るが、やがて悪夢のような真実が明らかになる。
モノクロ映像で、醜悪な現実はある程度抽象化されるが、目をそらす必要がない分、追い詰められた者たちの心理がヒリヒリと伝わってくる。監督の狙いなのだろう。
カロリーネ役のヴィク・カーメン・ソネはデンマーク期待の演技派だそうで、目力が印象的だ。工場オーナーの臆病さや恩人ダウマの意外な一面からも目をそらさない「強さ」が伝わってくる。ダウマにふんするのは同国の名女優トリーネ・デュアホルムで、懐の深い演技を実感させる。
全編に息の詰まるような緊張感が漂っている。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)