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空手形銀の清水希容さん「はじける笑顔」ギャップも大きな魅力 0から1への一歩の挑戦


日本テレビ系「news zero」で木曜日のパートナーとして出演する空手家で東京五輪銀メダリストの清水希容(撮影・千葉一成)

<情報最前線:エンタメ テレビ>

東京オリンピック(五輪)空手女子形銀メダリストの清水希容さん(30=ミキハウス)が、7月に日本テレビ系「news zero」(月~木曜午後11時、金曜午後11時30分)木曜日パートナーに就任して1カ月がたった。第1弾では、16年の空手の東京五輪正式種目への決定、コロナ禍で1年、延期された20年12月のパリ五輪正式種目から落選、その中で立った21年の東京五輪本番と、全ての経験から五輪の意味を語った。今回は第2弾として、メディアの側に立った今の心境を聞いた。【村上幸将】

■オファーには驚き

パリ五輪開幕を2カ月後に控えた5月13日。清水さんは、兵庫県尼崎市内で特別演武を披露し、現役引退会見を開いた。その中で生涯、空手家として生きていくこと、その1つの形として、現役の間にはできなかった、空手の普及活動に取り組んでいく意向を示した。その一環が「news zero」への出演なのか? と問うと、オファーを受けた当初は驚き、戸惑いが大きかったと明かした。

「お話をいただいた時は、もうビックリのひと言。まさか自分が、こんな経験をさせていただけるとは思っていなかったですし、最初は絶対、務まらないなと思って。自分がやるべきではないんじゃないかなと、すごく思ったんですけども。多分、今までの自分だったら、受けていなかったかも知れないなと思って…」

■勉強させてもらう

断るという選択肢も脳裏をよぎった中、決意したのは、9歳から空手一筋だった自分の、新たな顔を見たいという思いからだった。踏み出した今、1つの手応えを感じている。

「新しい自分と向き合うのも、大切だなぁと思って。これまで、ずっと競技をやってきた、空手以外のことを知らなかった。その中で、出させていただいて、今まで以上にニュースを見たりとか、周りを気にするようになるというか…私には、すごくプラスになっていて。他の競技もそうですし、違う目線で物事を見て、社会の状況を知っていく中で、いろいろな刺激をもらっているので、勉強させてもらっている感覚です」

■立場は伝える側へ

競技する、取材される側から、伝える側へと立場を変えて1カ月。東京五輪銀メダリストとして、パリ五輪や各競技への見解を求められる立場であることも自覚しているが1つ、心に決めていることがある。

「やっぱり、私は私の経験でしかないので…。スポーツ選手だけじゃなく、いろいろな方たちが、それぞれ、いろいろな経験をして今、この世の中を生きていると思う。これが正しいということはないと思うし、私の経験も正しいわけでもない。けれど、私が思う気持ちは、うまく伝えていけたらいいなと思います」

自らを特別視することなく、今、この世の中を生きる全ての人々が、それぞれの人生を一歩、一歩、歩んできたことを尊重したい。その裏にあるのは、東京五輪決勝の畳の上に到達するまで一歩、一歩、踏み締め、乗り越えてきた人生がある。

「0から1への一歩って、本当に大変だったり、みんな結構、そこを、やめちゃったりすると思う。自分は、それをやってきたからこそ、空手でここまで来られたと思っているので、いろいろなことにチャレンジしていきたい。『news zero』のお話を受けさせていただいたのも、チャンスを与えていただけたのが、今回だと思っているからです」

■決まり、枠作らず

今後、やりたい仕事は? と問うと「いろいろなスポーツ選手とは関わってみたいですし、話を聞いてみたい」と答えた。スポーツジャーナリストの道を歩むのか? と重ねて問うと、照れ笑いを浮かべつつ、一瞬、考えた。そして丁寧に言葉を選びつつ、語った。

「私も、自分の感覚でしかないし、それぞれが、どういう経験、目線でスポーツと向き合っているか。今、スポーツ離れが進んでいると言われている中で、どうスポーツ界を盛り上げていくかを、考えていきたい。今までは空手という枠組みだけだったんですけど、いろいろな幅…ここという決まり、枠を作らず、1人の人間として、できることを広げていきたいです」

スポーツ選手が引退すると、自らの競技経験を元にスポーツジャーナリストの道へ向かう。そうした先達が作り上げてきたレールであったり、パブリックイメージも、恐らくは存在するだろう。その中、清水さんは、そうしたものにはこだわらず、真っさらな気持ちで、0から1へと進んでいくことを、繰り返していくのだろう。30年の人生の大半、身に着けてきたであろう空手の道着のように、真っ白な心に、さまざまな可能性の色を1つ、1つ、落として、無限の色を描いていくに、きっと違いない。

◆清水希容(しみず・きよう)1993年(平5)12月7日、大阪・阪南市生まれ。9歳で空手を始め、東大阪大敬愛3年時に女子形で全国高校総体優勝し、日本代表入り。関大をへて16年にミキハウス入社。14、16年と世界選手権2連覇。全日本選手権7連覇。アジア大会3連覇。

「news zero」の田口舞プロデューサーに、清水さんについて聞いた。

(1)改めて、起用理由を

パリ五輪を大きく伝える7月期には、視聴者とアスリートの思い、気持ちをつないでくださる方にお願いしたいと考えていました。その中で、清水希容さんの東京五輪の気迫あふれる演武がずっと心に残っていたこと、今回のパリ大会からは残念ながら空手が競技種目から外れてしまったことで、清水さんはどのような思いで過ごされているのだろうと思ったことがパートナーになっていただけないかとご相談したきっかけです。お話をされるときの簡潔かつ的確な言葉選び、そして演武さながらの意志のあるまなざしが印象的だった一方で、見ているとこちらも温かい気持ちになるような、はじけるような笑顔、というギャップにも大きな魅力を感じていました。

(2)起用から1カ月が経過した清水さんを見ていて感じること

実際にご一緒してみると、事前に入念なご準備をいただくなど、真摯(しんし)に番組に向き合ってくださり、回を重ねるごとに、どんどん、清水さんらしさが発揮されているように感じています。パリ五輪を伝える中で、東京五輪を戦い抜いたからこその言葉は力強く、番組に大きな彩りを与えてくださっているとともに、スポーツ以外のニュースでも、世界各地で空手の普及活動をされているご経験などから、たくさんの気づきを与えてくださっています。

(3)今後への期待と、今後、こういう企画に挑戦して欲しいというビジョンはあるか?

まだパリ五輪は続きますし、その後はパラリンピックも控えています。アスリートの思いをこれからもどんどん清水さんの言葉で伝えていただけたらと思っています。また清水さんご自身も話されていますが、空手の形は「表現」のスポーツでもあるということで、スポーツというジャンルを超えて、「表現する」ことで通じる分野にも「取材者」として挑戦いただけないかと考えています。

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