とある名門校を舞台に、謎めいた栄養学の教師ノヴァク(ミア・ワシコウスカ)が、“意識的な食事(=食べないこと)”という恐ろしい健康法を説き、様々な目的を持った生徒たちがそれぞれの信念に従って教師が唱える食事法に心酔しやがて破滅へと向かっていくさまを描いた、イニシエーション・スリラー『クラブゼロ』が絶賛公開中です。
異変に気づいた親たちの言うことにも聞く耳を持たず、ノヴァク先生の教えだけが正しいと信じ込み洗脳されていくさまが描かれる『クラブゼロ』。メガホンを取ったのは、ミヒャエル・ハネケに師事し、『リトル・ジョー』『ルルドの泉で』など物議を醸すテーマ設定と鮮烈なビジュアルで強いインパクトを放つ作品を次々と発表してきた、ジェシカ・ハウスナー監督。世界から熱視線を集める気鋭監督に、作品のこだわりを聞いた。
――本作とても楽しく拝見させていただきました。フィクションでありながらドキュメンタリーのようなリアルさを感じる作品でしたが、着想はどのようなことから得たのですか?
言葉によって生徒を操り、マニピュレーションする教師を描こうと思ったことが最初のアイデアです。教えが行き過ぎてしまって、グループが過激化し、自分自身も傷つけてしまうさまを描こうと思いました。そこに栄養学が絡んでいくのですが、「食べる」という行為というのは実存主義的なことがありますよね。食べるということは自分たちが存在しているということに直結しているし、食品に関するルールということが社会とも密接にからみあっている。人間らしいテーマとして栄養や食について描きたいと思いました。
――おっしゃるとおり“食”は生きていく上で欠かせないものですよね。
例えば夕食の時間にみんなが集まるのに、一人が「食べたくない」と言ったらそこから問題が起きるわけですよね。社会の中では食に関するルールとか伝統とか、家庭内でも存在していて、それを壊すことになる。
あとは栄養に関して、ネット上には爆発的に色々な情報があふれていますよね。様々な思想があって、それぞれに自分の良いと思うことを信じている。キャベツが体に不健康だとか、チョコレートだけで生きていけるとか、本当にクレイジーとしか言いようのない論説が出てくる。そうすると、何を信じれば良いのか?ということになるわけですよね。どのグループに自分は属して、どのコンセプトを信じるのかっていうことになる。そこに怖さと面白さを感じました。
――制作にあたり学校や先生への取材はしていますか?
リサーチの一環としてお話を伺っています。私はいつも脚本書段階で長い時間かけてリサーチをするのですが、寄宿学校の生徒さん、親御さん、教師の皆さんにお話を伺いました。生徒さんに「人生に何を期待するか、人生の何を恐れているのか」について聞くんですね。そうすると、多くの若い方たちが地球の気候変動に危機感を抱いていて、若い方の中では環境問題がとても大きなトピックスなのだなと感じました。映画『クラブゼロ』の中にも大きなトピックとして出てきますが、そのリサーチの結果が活きています。
ちなみに、私がお話を伺った教師は、映画の中の様に生徒たちを操ろうとしている人は一人もいませんでしたけどね(笑)。
――良かったです(笑)。でもノヴァク先生も「本当に良いことだから生徒に教えなくちゃ」と本気で思っていそうな怖さがありますものね。
ノヴァク先生のマニピュレーションは「食べ過ぎは良くないよ」という誰もがそうだよねって思えるような正しいところから始まるわけですよね。そこから生徒たちは最初の扉を開いていく。最初から自分の考えを強いるような形を取ってしまえば、すぐ「NO」と言われてしまうので、操作する技術が必要になります。そのためには、相手の弱点をまず見つける。人から好かれたいとか、愛されたいとか、認知されたいとか、人間には誰しも弱点がある。そして帰属意識。
実際に、カルト集団のリーダー的な方とお話したことがあるのですが、「あなた疲れていませんか?エネルギーのレベルが落ちています」と言われて、それを言われたらほとんどの人が疲れているんですから「YES」と言うと思うんです。そこから「確かに自分が疲れているな」と感心を持ってしまったら、「そのエネルギーを助けるためにこういうことが出来ますよ」という提案がはじまっていく。本作はフィクションですが、現実世界で誰しもが陥りそうな罠を描いているのです。
――ぜひ映画を観て気をつけていただきたいですね…。今日はお話ありがとうございました!