杉咲 花映画単独初主演作『市子』が全国公開中です。監督の戸田彬弘さんが主宰する劇団チーズ theater 旗揚げ公演作品でもあり、サンモールスタジオ選定賞 2015 では最優秀脚本賞を受賞した舞台「川辺市子のために」が原作。観客から熱い支持を受け2度再演された人気の舞台が映画化。
痛ましいほどの過酷な家庭環境で育ちながらも「生き抜くこと」を諦めなかった川辺市子を演じる杉咲 花さん。抗えない境遇に翻弄された彼女の壮絶な半生を、凄まじい熱量で体現し圧巻の演技を披露、芝居を超えて役を生き抜く姿がスクリーンに映し出されます。
市子の恋人・長谷川 を演じる若葉竜也さんをはじめとする豪華俳優陣が名を連ね、市子の知られざる人物像や過去を 第三者の目線で浮き彫りにしていきます。戸田彬弘監督に本作制作についてお話を伺いました。
――大変素晴らしい映画をありがとうございます。本作は監督が手掛けられた舞台が原作となっていますが、舞台と映画ではどの様な演出の違いがありますか?
舞台の「市子」は市子役の役者はいますが、そこに実在していないかのような、抽象化された存在として表現していました。舞台の場合、そうしたリアリズムではないものでも比較的受け入れられやすいと思いますが、映画の場合は、「そこに映ったものの実存性」というものがすごく明確に出てしまう。市子のことを実存性を感じないように撮らなければいけないけれど、市子を映したい、映さなければ原作がそこに表現されない。それを、色々な人がそれぞれの視点で見て証言を出していくという方法ならどうだろうか?と考えました。一人の人物を、周りの人それぞれの視点から見ると、同じ人物のはずなのに全然違う人物に見えてくることってあると思います。そういう視点で物語を描いていけば、市子を映し続けても、原作と同じようなニュアンスの作品にできるんじゃないかなと考えました。
――市子を演じた杉咲さんのお芝居が素晴らしかったですが、「実存性がない人」を演じるということはとても難しそうです。杉咲さんに市子役をお願いした理由はどんなことですか?
杉咲さんのことは瀬々敬久監督の『楽園』を観て、素敵な俳優さんだなと思っていました。他にも『おちょやん』『トイレのピエタ』や『湯を沸かすほどの熱い愛』など、作品によって全然違う表情を見せられるなと。杉咲さんの目の中にある引力みたいなものを感じて、この映画で市子は自分で何かを語っていく側ではないので、目の底にあるエネルギーというか、強さというか、深い引力みたいなものを表現してくれる杉咲さんにお願いしたいと考えました。役作りについては、台本にないシーンや市子の背景、考えていることを書いてお渡ししています。これは長谷川役の若葉さんはじめ、メインキャスト全員にもそうです。
――観た方同士で色々な話をしたくなる作品だと思います。
誰かの人生を見つめていくというのは、普通に生きている時にはできないことですが、物語を間に挟むことで、たくさんの議論が出来ますよね。誰かと会話をしていても、そこには忖度があったりとか、表面的な会話になっているということはよくあると思います。でも映画を作る時に忖度があっては完成しない。「このセリフはどうなのか」「この時、このキャラクターはこんな行動をとるか」と作品について話合いながら、他人の人生について深く考えるきっかけをもらえる。それが物語の尊いところだなと思います。
――これからさらに多くの方が『市子』を観ると思いますので、たくさんの感想を聞いてみたいです。
誰にも見つけてもらえない、見てもらえない孤独の中で踏ん張って生きている人にも届いて欲しいです。 観た人が、そばにいる人に想像力を持って視線を向け、相手のことを考えるきっかけになれば幸いだなと思います。私たちは普段、自分のそばにいる人や、ネットで知る様々なニュースに関して、「あの人は、ああいう人だよね」と決めつけてしまっている側面があると思います。本作ではその危険さを描いているところもあります。
――おこがましい感想かもしれませんが、市子には幸せになってほしいと願わずにはいられません。
自分が書いたキャラクターですが、映画がこうして広がって、海外の映画祭にも呼んでいただいたりして、たくさんの人が「市子」という名前を呼んでくれていることが嬉しいです。誰にも見てもらえなかった子が、たくさんの人から名前を呼ばれるようになっているってことがすごく感慨深くて。改めて誰かに自分の名前を呼ばれるとか、誰かに自分の存在を見てもらえるってすごく尊いことなんだなということを実感しました。
――本当にそうですね、自分が存在出来る場所があるというのは幸せだと思います。
【ネタバレ注意】以下より映画の内容、核心の部分について話しています。まだ映画をご覧になっていない方はお気をつけください。
――無戸籍問題について改めて調べたりしたことはありますか?
舞台を作った時には色々な人に話を聞いたり、調べたりしましたが映画化に際して改めて調べたことは無いです。「民放772条による無戸籍児家族の会」という団体の代表をされている井戸まさえさんという方がいらっしゃるのですが、井戸さんは舞台「川辺市子のために」も見てくださっていて、舞台のパンフレットで対談もさせていただきました。井戸さんは無戸籍問題について本も出されていて、市子の様な境遇におかれている方の現実を知ることが出来ます。
――「普通に生きたいだけ」という言葉の重みがすごかったです。お友達の家でのおやつが豪華でたくさん食べたり、そういったディティールの描き方に胸が痛くなりました。
子供の頃に感じた、ある種の貧困的な雰囲気というものを、思い出しながら書いていきました。僕が小学校2年生ぐらいの時、同級生の名前が変わったことがありました。当時は子どもだったので特に不思議に思わず、遊んでいて、でもちょっと触れちゃいけない雰囲気なのかなということを感じていて。今思えばその子にも市子の様に色々なことがあったかもしれない。そんなことを考えながら書いています。
――釜山映画祭で上映されましたが、韓国映画にも貧困やシングルマザーなどを題材にしたものがたくさんありますね。印象に残った質問などはありますか?
釜山映画祭ではありがたいことにたくさんの方が来てくださったのですが、映画業界を目指している若い方が多く、クリエイティブな面での質問が中心でした。これから色々な国の方に観ていただいて、どんな反応が見られるのかは興味深いです。
日本の貧困って海外の本当の貧困に比べると優しいらしいんですよね。ヨーロッパとかアフリカとの貧困問題、難民問題ってもっとシビアな部分がある。戦争も実際に起きていますし、日本の貧困って、海外からしたら、そこまで特別なことではないのかもしれないなと思ったりしました。
――なるほど。私は、家があって学校にも行けているけれど、「自分の戸籍が無い」という市子の存在がより辛く悲しく感じました。
日本には約1万人ほどの無戸籍の方がいるそうですが、この問題は、まだまだ広くは知られていないと思います。舞台「川辺市子のために」を上演した際も、観劇した方が色々な感想をくださいました。無戸籍の問題だけをテーマにしている映画ではありませんが、関心を持っていただけたらありがたいです。
『市子』大ヒット上映中
【ストーリー】
川辺市子(杉咲 花)は、3年間一緒に暮らしてきた恋人の長谷川義則(若葉竜也)からプロポーズを受けた翌日に、忽然と姿を
消す。途方に暮れる⻑谷川の元に訪れたのは、市子を探しているという刑事・後藤(宇野祥平)。後藤は、⻑谷川の目の前に市子の
写真を差し出し「この女性は誰なのでしょうか。」と尋ねる。市子の行方を追って、昔の友人や幼馴染、高校時代の同級生…と、これまで
彼女と関わりがあった人々から証言を得ていく⻑谷川は、かつての市子が違う名前を名乗っていたことを知る。そんな中、⻑谷川は部屋の
中から一枚の写真を発見し、その裏に書かれた住所を訪ねることに。捜索を続けるうちに⻑谷川は、彼女が生きてきた壮絶な過去と真
実を知ることになる。
出演:杉咲 花 若葉竜也 森永悠希 倉 悠貴 中田青渚 石川瑠華 大浦千佳 渡辺大知 宇野祥平 中村ゆり
監督:戸田彬弘 原作:戯曲「川辺市子のために」(戸田彬弘)
脚本:上村奈帆 戸田彬弘 音楽:茂野雅道
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2023 映画「市子」製作委員会
公式サイト:https://happinet-phantom.com/ichiko-movie/ 公式 X:@movie_ichiko