新井美羽さんにインタビューをしたのは、彼女がTBSドラマ『下剋上球児』にゲスト出演する数日前のことでした。
取材場所に現れた新井さんは、無垢を漂わせたやさしさのある表情の持ち主。言葉を選びながら話す様子の端々からのぞかせたのは、何かしらの確信にも似た、芯のしなやかさのようなものでした。
彼女は17歳ながら、既に役者としてのキャリアは15年目。元子役としての経験を活かしながら、様々な役で実績を重ねています。
今回のインタビューでは、新井さんの『下剋上球児』ゲスト出演を軸に“女優・新井美羽”についてお話を聞いていきたいと思います。
子役からの切り替わり
──新井さんはデビューの2009年(2-3歳!)から数えると芸歴15年目ですね。人生のほとんどがキャリアになっていると言えると思うのですが、子役時代からの演技に対する見方はどんなふうに変化したでしょう。どこかでスイッチした感覚みたいなのはありましたか?
新井美羽さん:今の事務所(トップコート)に入ってから、演技に対しての考え方が切り替わった感覚がありますね。ちっちゃい時の役はほとんどが「幼少期の女の子」なので、役の幅もそんなに広くなかったんです。大人しい子か元気な子かみたいな、その2パターンがほとんどで、今よりももっと単純でした。ちっちゃいですから、「演技とは」みたいなのも全然わからずやっていました。
子役の演技ってなんか私の中で「正解」みたいなものがあったんです。この演技をしていれば、オーディションに受かる!みたいな。そんな演技が私の中で勝手にあったんですが、大人になると「どれだけ引き出しを持ってるか」とか、「どれだけいろんな顔、表情を出せるか」っていうものかな、って最近感じています。
演技中で言うと、自分の中ではセリフと役について「役に入る」っていう作業と、それを「見せる」っていうふたつの作業があることに気がつきました。
──「役に入る」と「見せる」、ですか
新井:ちっちゃい頃はどちらかというと「見せる」演技でした。台本を覚えて、こういう動き、こういう表情とかを出すことが主でした。
特に舞台をやるようになって感じたのですが、役に入って自分を客観視しない、俯瞰して自分をあえて見ない瞬間で表現しなきゃいけないが必要なんだな、って最近気づきました。
普段、夢中で喋っている時に自分を俯瞰することって、なかなかないじゃないですか。「ここでこういう動きをする」とか「ここで1回目線をそらす」とか、そういうこと一切忘れて、普段しゃべってるみたいにふるまうことの必要性を意識するようになりましたね。
現場での鈴木亮平さんの「ガチ先生」感
──今、新井さんがおっしゃったような「役者の動き」は、これまでの現場でも感じましたか
新井:毎回、共演する俳優さん女優さんは本当にすごいなって思うことばっかりです。
シーンが始まる前に監督と話す時間があるんですけど「どういうシーンにするか」とか「どう見せるか?」っていうのをそこでお互い打ち合わせて一回俯瞰するんです。
そこでどう演技するか?っていうのをやってから、本番入った瞬間にガッ! と人が変わる。そのふたつのことができる方々に対して、私は「本当にすごいな」って日々思っています。
──鈴木亮平さんもやはり?
新井:すごかったです。現場でも「先生」って感じがしました。(鈴木亮平さんではなく)学校の「先生」とリアルに話してる感じですね。
──先生役の鈴木亮平さんじゃなく、現場ではもう先生そのものだった
新井:そうです。生徒役として、すごくやりやすかったです。
毎シーンごとに鈴木さんは監督と打ち合わせるんですが、南雲先生としての立ち位置、立場なんかをすごく入念に話していました。私もそれを毎シーン見ていたので、「すごい!!!」って思っていました。(笑)
──背中で語る感じですね
新井:はい、おっきい背中でした。
越前ってどんな子?
──『下剋上球児』で新井さんが演じた女子高生・越前さんは、パパ活なんかに傾いてしまう不安定な役柄と聞いてます。新井さんご本人とは全く違うタイプの、ギャップの大きい役だと思いますが
新井:今までは意思が強い子とか、自分の意見がはっきりしてる子の役が多かったんですけれど、越前みたいに何も考えずにただ流されているようなタイプの子は初めてでした。
「何も考えずに生活してる子」っていうイメージが私にはあったので、逆に何も考えずに演じました。
──意味付けをせず、全部捨ててって空っぽにしないといけない役柄だった
新井:そうなんです。だから結構、監督には「もっとふわふわして」とか、歩き方も「どこ行くんだろう? この子、みたいな感じにして」って言われてましたね。
意志があんまりないから言葉にそんなに意味もないし、なんか軽くふわふわしてる感じだったので、逆に何も考えずに、受けた言葉でさらっと返すようにしました。
初めてのタイプの女の子ですね。
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このインタビュー後、筆者はこの<越前>が登場する放送回をリアルタイム視聴し、ちょっとしたパニックにも近い感情に襲われるのですが、それについては後にゆずり、インタビューの続きをお送りします。
趣味の人間観察
──役作りにために意識していることなんてあります?
新井:人間観察、すごく好きで! 普段も他の人とかを結構じっと見ちゃったりするんです(笑)。
自分と同じ年代の女の子を演じることがほとんどなので、普段、学校にいるときにすごくいっぱい材料をもらってます(笑)。どんな役柄でも、周りに一人は絶対似たような子がいるなっていうのは経験上、感じます。
「その子だったら何考えるだろう」「その子はどんな感じだろう?」って考えながら過ごしていることがありますね。
──普段の生活でいろんな人を観察しちゃうけど、それは新井さんの個人的な興味みたいなのも込みなんですか?
新井:(笑)そうですね。見ちゃうんですよね。ふふふ。
──同じ年代の女性の役柄が多いでしょうから女性を観察することが多いとは思うんですが、たとえば、僕のような年代の男性とかって、演じる役にはほぼ関係ないといえばないじゃないですか。そういう人なんかもつい見ちゃうとかはあるんですか?
新井:ありますね。普段の電車でも町中でも、年齢は違くとも考えてることや価値観はそんなに変わらないと思ってます。だから普段関わる大人も含めて観察して、「ああ、そういう人なんだ!」みたいなのを結構盗んじゃいますね(笑)。
部活の迫力がそのまま
──『下剋上球児』は野球部という部活動と先生の関わりが舞台となるドラマですが、新井さんご自身も、ダンス部に所属しておられるとうかがいました。なにか通じるものはありましたか?
新井:野球部の子たちが等身大っていうか、すごく共感できる部分がたくさんあるんです。
特に、顧問の先生の部活や部員に対する愛情の部分ですね。自分の顧問の先生もそうなんですけど、顧問の先生が部員に伝える言葉ってすごく深いし、私にはなんか刺さるんですよね、毎回。
私の顧問の先生は部員のことを「うちの娘達」って言うんですよ。普段はすごく怖い先生なんですけど、大会が終わった後も文化祭が終わった後も、3年生が引退する時も、もう毎回、一番泣くんですよね。
だから、私たちも毎回、もらい泣きしちゃうみたいな(笑)。
──先ほども鈴木亮平さんが先生のようだ、っておっしゃってましたよね
新井:鈴木さんが毎回、野球部に何かを伝える時はジーンとしてしまいます。顧問の先生ってかっこいいし、強いし、大きい人だなっていうのを感じるのも、このドラマの見どころだなと思いました。個人的な感情が強いんですけど(笑)。
なったことのない自分になりたい
──新井さんは映画の吹き替えなんかでも活躍されてます。マーベル作品なんかにも出演されてますが、声のお仕事も広げていきたい?
新井:やりたいです! もっとやりたいですね(笑)。ただ、海外作品の吹き替えはセリフの長さや言語そのものが違うので、声を当てるのが難しいな、って感じることはあるんですがもっと挑戦していきたいです。
──タイミングが違うから、工夫が必要なんですね
新井:表情なんかも日本と違うんでニュアンスが変わりますね。たとえば、怒ってる時の表情って海外と日本では全然違ったりするので、普通の日本の怒り方だとちょっとマッチしない感じもして……。海外風の日本語の怒り方みたいなのがあるのかな? とか思いながらやってます(笑)。
あと、自分はスタジオにいて吹き替えしていますけど、画面の向こうの女の子は実際に体験してるから、私は「そっち体験したい! 羨ましい」と思ったり(笑)。
アニメの作品のファンタジーのものとかは、主人公がたまに羨ましくなっちゃいます。
だからこそ、普段できないことの役割は、すごく楽しいなって思います。自分がこの仕事やってなかったらこれできなかっただろうなっていう役はすごく好きで!
──やったことのない自分になりたいってことですね
新井:それは最高に楽しいです(笑)。
これから大人になったらもっと役柄が広がるじゃないですか。専業主婦になったり、いろんな職業についたり。それが今は楽しみですね。
──今まで、人間以外の役ってありました?
新井:うーん……幽霊があります(笑)。人間以外はそんなにあるのかな? 人間以外はないかもしれない。今はやっぱ高校生なんで、等身大のその役をやるのは楽しいなと思いますね。同じ世代の人たちととか演じるのは、今すごく楽しいです。
──今できるものをしっかりと固めつつ、やれるものがあれば何でも、ということですね
新井:はい!(笑)
──もっといろんな新井さんを見てみたいと思いました。本日はありがとうございました!
新井:ありがとうございました!
「越前」の演技に思わず息を呑む
後日、筆者は『下剋上球児』の第5話を観るべくテレビの前に居ました。新井さん演じる越前は、鈴木亮平さん扮する南雲の過去に関わる“重要なキャラクター”の女子高生。インタビューで聞いた限りでは「ふわふわした」、「無」を思わせるキャラクターという印象でした。
はたして、画面に出てきた「越前」は容姿こそ、あの時に取材し撮影した新井美羽さんに間違いないけど、テレビに映ったのは似た別人。
取材時に感じた彼女の“芯”は感じられないし、たしかに頼りない主体性を持つ、流れていってしまうような不安定さの女子高生がそこには居ました。同じ顔のような全くの別人の姿に、思わずテレビの前で息をのみました。
僕が会って話したあの人に似てるけど、違う人。「あれ……本当に同じ人かな」という不安すら抱く、見事な演技でした。
あのインタビューの時に感覚ではわからなかったことを、プロの仕事として示してくれたのだなぁ、と感じずにはいられませんでした。
新井美羽さんの女優としての活躍に、今後も要注目です。