映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』が4月14日より、新宿武蔵野館、ホワイト シネクイントほかにて全国公開中です。
本作は『21世紀の女の子』『眠る虫』で注目を集めた金子由里奈監督による長編商業デビュー作にして、「おもろい以外いらんねん」「きみだからさびしい」をはじめ繊細な感性で話題作を生み出し続けている小説家・大前粟生氏にとって初の映像化作品。京都のとある大学の「ぬいぐるみサークル」を舞台に、”男らしさ”“女らしさ”のノリが苦手な大学生・七森、七森と心を通わす麦戸、そして彼らを取り巻く人びとを描くドラマです。
『町田くんの世界』以来の映画主演作となる細田佳央太、『いとみち』の駒井蓮、『麻希のいる世界』の新谷ゆづみをはじめ、フレッシュなキャストが集結しています。金子由里奈監督と、監督と共に脚本を手がけた金子鈴幸さんにお話を伺いました。
――本作とても楽しく拝見させていただきました。まずは映画化へのきっかけを教えていただけますでしょうか。
金子由里奈(以下、由里奈):映画『眠る虫』公開後、数人のプロデューサーから「やりたい原作ありますか?」と聞かれたとき「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」を打診していました。「ぬいぐるみとしゃべる人たち」が主人公という今までなかったような物語をスクリーンに映し出したいなと思って。でも、「ちょっとこれは商業的に厳しいかな」みたいな反応が多かったんです。
その後、本作のプロデューサーの髭野さんとの雑談の中で「ぬいしゃべ」を紹介したら、商業的に成功するかというよりも先に、この物語の必要性を優先してくれて。こうして実現することが出来ました。
――原作の出会いはどんな事だったのですか?
由里奈:友達から大前さんの小説を「絶対に好きだと思うよ」という感じで勧められて、それでいろいろ読み始めて、「ぬいしゃべ」に出会いました。『眠る虫』の京都の公開初日に大前さんが来てくださったんですよ。大切にしているモチーフが似てる感じがあって話すのも面白かったです。
――脚本はお二人で描かれていますけれども、最初からお兄さんの鈴幸さんにお願いしたいということはあったのですか?
由里奈:そうですね。原作ものをやることが初めてなのですが、私は先に風景を描いていくタイプで、構成力というものが本当に欠けていて。その面で、兄は構成力がすごく優れていて……って偉そうな言い方になりますが(笑)尊敬している部分があります。私の支離滅裂な言葉を汲み取ってくれたり、整理してくれるので、初めての原作ものとしてすごくいいタッグが組めるのではないかと思いました。あと、原作で描いているテーマが曖昧なセクシュアリティだったり、センシティブなことを扱っているので、ぐっと踏み込んだ話をしないといけない時に、私の場合、兄はやっぱり話しやすいんですよね。
――遠慮せずに話せるというか、自分の思ったことをしっかりと話せることが出来るのは大切なことですよね。実際にはどの様に脚本を作っていきましたか?
鈴幸:ざっくりとした検討稿というものをもらって、最初は群像劇にしたいというのがあって。『桐島、部活やめるってよ』を例に出したんですけど、あの様な感じで原作に出てきた色々なキャラクターの人生をかなり並列的に描いて2時間半ぐらいになるボリュームでした。
由里奈:そうですね。この作品は「話をする」、「話を聞く」、「優しさってなんだろう」という軸はあるのですが、それに留まらず様々な社会問題を描いています。言いたいことがたくさんあるんですね。原作は家父長性や性差の問題など、網羅的に描いていてすごいと思います。でも、それを映画でやるとたっぷりになっちゃう。なので、言いたいことを明瞭化していく作業をしました。
――そこから、主人公の七森が軸になるような今の形になったんですか?
鈴幸:そうです。原作を脚色する時に、書きながら読み込んでいくっていう部分もあると思うんですね。だから最初は“俺が思う『ぬいしゃべ』”みたいな、原作からはわりとズレている部分があったりして、監督にも“私が思う『ぬいしゃべ』”みたいなところがあったので、「なぜ原作はこういう表現なんだろう」とか、「なぜ原作はこういう流れなんだろう」と、照らし合わせていくうちに、「あ!」って気付いて。結果、どんどん原作に近づいていくというか。「だから、こうなんだ」って、どんどん原作の良さみたいなものに気付く作業だったと思います。
由里奈:本当にそうで、最終的にかなり原作に近い感じになりましたね。
――私は映画を拝見した後に原作を読んで、近い形での映画化だなと感じて、それが素敵たなと感じました。最初は本当に全然違う、二人それぞれの『ぬいしゃべ』感というのがあったんですね。
鈴幸:それが良かったと思いますね。原作そのままみたいな台本をパッと出すよりも、自分の解釈からすり合わせていって、結果原作に近くなった脚本は、ただ単に原作の流れに沿っているだけではないものになったっていう感じ。
由里奈:この原作について兄の解釈に救われたのは、白城とぬいぐるみの距離感について。原作で白城は文化祭時に「わたわた」という名前のぬいぐるみを作るのですが、「自分の作ったぬいぐるみを抱えた白城」を映像で見ると、白城のぬいサーに対する客観的視点が揺らいでしまう可能性があるから、白城はもうひとつのサークルで原作には登場しない「ラビ」という着ぐるみを作るという設定を考えてくれたんです。その距離感の方が白城の視点が活きるなと思いました。
鈴幸:あと、監督が七森側に立ってくれて、僕が白城側で、「七森としてはこう、白城としてはこう」みたいなそういう会話もしていました。
――なるほど、面白いですね。
由里奈:登場人物みんなに共感出来る部分はあるんですけど、七森ってとても繊細に物事を考えているがゆえに、目の前の人に反射的にまずいことを言っちゃったりとか。すごく私なんですよ。そういう七森の無自覚の暴力性に共感し内省していました。兄はすごく最初から白城に共感していて。
――鈴幸さんから見て、由里奈監督の解釈のここがすごくよかったというところはありますか?
鈴幸:セリフ回しですかね。僕が書くと割と論理的でトゲのあるディスカッションになっちゃうのですが、監督が書くと、詩的だったりとか、他人同士をいたわるような丸い感じのセリフ回しになるところがあって。そのバランスがすごく面白かった部分ですではあると思います。白城が七森と言い合うシーンがあるのですが、強くてキツイシーンになりそうな所を監督のセリフ回しでそうさせていない。
鈴幸:ト書きやセリフ回しもそうですけど、『眠る虫』でも、虫、自然、人間、動物全部を同じく扱うような視点は独特のものだなという感じはありました。
由里奈:今回の台本にはぬいぐるみのセリフもあって、一登場人物としてぬいぐるみがいる感覚でした。ただ独り言を言うんじゃなくて、ぬいぐるみに喋りかけているということは、ぬいぐるみの存在という反応を踏まえて喋っているということだから。脚本上で“ぬいぐるみ「…………」”みたいなのが登場しましたね。
――映像化したことによって、ぬいぐるみからの視点も加わっているじゃないですか。ふわふわ、という。
由里奈:カメラマンの平見優子さんと打ち合わせをしている時に、自然と「ぬい視点どうする?」という会話は出ていました。平見さんがカメラがついたぬいぐるみを作ってくれて、現場では“スタッフさん”って呼ばれてました。俳優さんがスタッフさんを抱えて撮影していたので、実際にぬいぐるみに触れる手触りを感じたりしながら芝居をしてくれました。
――キャスティングについてお伺いします。まずは七森役ってすごく難しかったと思うんですけど、細田佳央太さんはイメージされていたんですか?
由里奈:そうですね。夢物語で「七森は細田さんが良いな」と言っていたら、現実になっていたみたいな感じで(笑)。本当に驚きというか、ご一緒出来て本当に光栄です。細田さんは七森を理解するために考え続けてくれるし、自分が傷つく勢いで演じてくださって。本当はそうすることを避けれるよう監督が演出でカバーしないといけない部分かもしれないのですが。七森と細田さんが連動しているような感じで演じられていて、細田さんが体現する七森はとても説得力がありました。
――以前、細田さんに取材させていただいた時に、ちょうど映画業界のハラスメントが問題になっていて。細田さんが「自分もそういう環境は変えられるようにコミットしていきたい」ということをおっしゃっていて、20歳なのにすごいなとその時は純粋に思ったんですけど。その後にこの映画の主演について知ったので、もともと考えていることが七森に通じる部分もあったのかなと、映画を観ながら考えていました。
由里奈:そうですね。最初にお会いしたとき、ぬいしゃべが現代を生きる人に喫緊に届けるべき映画であることに共鳴してくださって、とても心強かったです。細田さんは、自分の中にある違和感を無視しない、聡明な方という印象があります。違和感に向き合おうとする七森と重なる部分はあったのかもしれません。
鈴幸:七森って大学に入ったばっかりの男の子じゃないですか。僕が彼と同じ時期にはこんなことは多分1ミリも考えていなかったはず。でも、人権についての考え方がどんどん進んでいって。原作を読んだ人やこの映画を観た人の中にはもしかして七森に対する厳しい意見を持つ人もいるかもしれません。僕自身にもその部分があったのですが、七森に対する優しい目線も大事だなと、後半はすごく思いましたね。
由里奈:脚本について話し合っている時に、七森が告白する流れを削るのはどうかと提案したことがあります。男性の加害性に怯えつつ、女性に対して告白というアクションをしてしまう。その行為が、白城や観客を傷つける可能性もあるからです。原作では地の文で七森の葛藤が細かく描写されていますが、文章と映像は観客の「対峙」の在り方が違うため、鑑賞者が七森に反感を覚えやすいと考えました。でも、兄と話し合いを重ね、共感できない主人公でもいいと思えたんです。
七森はまだアセクシャル・アロマンティックという言葉にも出会っていないし、別にそうじゃないのかもしれない。恋愛のコンテンツが溢れている中で、そこから疎外されているように感じてしまう人だっているだろうし、七森のモヤモヤを無視しちゃいけないなと思いました。
――素晴らしいお話をありがとうございます。駒井さんと、新谷さんのキャスティングについても教えてください。
由里奈:原作では、七森と麦戸ちゃんは「双子みたい」とぬいサーの部員から言われています。細田さんだったら双子感があるのは誰だろとうと考え、駒井さんが浮かびました。駒井さんは『いとみち』での演技や、表情の機微が素晴らしかったですし。ぜひお願いしたいなと思いました。
新谷さんに関しては、プロデューサーの髭野さんから推薦いただきました。まず白城という存在をイメージするのが難しかったんですよ。女性性を内在している感じなのか、大人っぽいのか、ちょっと威圧的な感じなのか……。新谷さんとは何度も話し合いを重ねて、一緒に白城を作っていきました。新谷さんのお芝居には本当に驚かされることが多かったです。
鈴幸:皆さん本当に素晴らしいですよね。試写を観た時に、ちょっとびっくりして、俳優ってもうアーティストだな、すげー!みたいな。僕は脚本を書いた立場ではありますけど、原作もあるし監督の目線もあるし、皆さんがすごすぎて、「俺は一体何が出来たんだろう」みたいな気持ちになりました(笑)。あんまりそういう経験を人生でしたことがなかったので、ちょっとびっくりしました。エキストラの方も素晴らしいんですよ。みんな生きている感じがありましたね。
由里奈:いや、もうみんながやってくれている。私、本当に何もしていなくて、みなさんが一緒に考えてくれたので。ああいう生き生きとした映像になったんだなと思います。
鈴幸:究極の共同作業なんだなってことですかね。
由里奈:本当に、みんなの力で出来た映画ですね。
――完成した時は、とても感慨深かったのではないでしょうか。
由里奈:そうですね。まず、ちょっとホッとしました。この物語は考えることが多すぎて、スタッフさんも俳優さんもそうかもしれないですが、心の体力が持つか不安なところもありました。でも最終的には楽しく、精一杯みんなとコミュニケーションとって完成しました。
――原作者の大前さんはもう作品をご覧になっているのですか?
由里奈:ご覧いただきました。好感触のご意見をいただいて、「緊張感と温かさが同居している」みたいなことを言ってくださって、それがとてもうれしかったです。素晴らしい原作に鋭意取り組んだ結果、原作者の大前さんに「金子さんが監督でよかった」と言ってくださったことが心から嬉しく安堵しました。
――これから公開されて、特に若い方が観たら、ビックリするかもしれないですね。自分と近いって。
由里奈:そうかもしれないですね。若い方を対象にした邦画って恋愛映画が多いじゃないですか。この映画を観て「そういう違和感あったかも」みたいに気付いたり、考えるきっかけになればいいかなと思います。今まで、映画を観た時に「自分がいないな」と思っていた方って、めちゃくちゃいると思うんですけど、そういう方にやっぱり観てほしいです。そして、もしこの映画に自分がいないと思う人も、映画と語り合い、その会話の隙間にきっと自分を見つけられる、そんな映画だと思っています。
鈴幸:老若男女問わずに観ていただきたくて。例えば、会社で管理職についていて周りから時代遅れだと言われているおじさんにも、もしかしたら、七森や白城に似ている部分があるかもしれない。ありとあらゆる人に、こういう部分って多分あるはずなんですよね。みんなの心の中にいる、白城や七森に気付いてほしいです。
由里奈:まとまる!すごい!そうです。そのとおりです。
――今日お話を伺って、本当に楽しい時間を過ごさせていただきましたが、兄弟、家族で脚本と監督をやられている方ってあまりいないですよね。
由里奈:楽な部分もあるのに不思議ですよね。
鈴幸:絶対やったほうがいいと思います(笑)。初めましての方とすり合わせていくのって、結構時間がかかるので。
由里奈:映画って初めましての人と、内面の話をしないといけない場面もあって。それがやっぱりハラスメントと紙一重な部分があると考えています。その点で兄の場合、共通言語が多いから合理的だと思いますね。
鈴幸:海外だと結構いるんですけどね。
由里奈:“合理的なこと”に気付いている(笑)。
――またお二人がタッグを組んだ作品を拝見したいです!
由里奈:ぜひやりたいです。癒着で(笑)。今回の反省点もあって、兄が脚本に書いてくれた説明的な台詞やト書きを映像で削っていってしまったんです。それで分かりやすさがそがれていった部分があると思っているので、次は気をつけようと思っています。頑張りましょう。
鈴幸:頑張りましょう。
――今日は本当に素敵なお話、貴重なお時間をありがとうございました!
由里奈・鈴幸:ありがとうございました!
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