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2019年もノーベル生理学・医学賞を楽しもう! ~かゆい!じゃ済まない、蚊とノーベル賞の話~(日本科学未来館科学コミュニケーションブログ)



今回は『日本科学未来館科学コミュニケーションブログ』より科学コミュニケーター 小林 望さんの記事からご寄稿いただきました。


2019年もノーベル生理学・医学賞を楽しもう! ~かゆい!じゃ済まない、蚊とノーベル賞の話~(日本科学未来館科学コミュニケーションブログ)


ノーベル賞と私たち、関係あります


こんにちは!科学コミュニケーターの小林です。

大学での研究をしていました。

血を吸いにきた蚊は、はたき落とす前にとりあえず種類を知りたい派です。


ところで、ノーベル賞の季節がやってきましたね。

今年の生理学・医学賞の受賞者発表は10月7日(月)18時30分から!


……え?

ノーベル賞生理学・医学賞って”何かすごい研究をした人がもらうもの”じゃないの?

自分には関係ないんじゃないの?


それがね、すごく関係あるんです。


あたりまえのような私たちの生活は、多くの研究者たちの研究成果の上になりたっています。ノーベル生理学・医学賞は、そんな”私たちの生活を変えたすごい研究”に対して贈られているのです。


感染症のケース


たとえば感染症。

私たちは、生きているうちに何かしらの感染症にかかります。


現代を生きる私たちは、病院に行けば多くの感染症の原因を特定してもらえますし、何らかの治療も受けられます。

感染症の種類によっては、感染拡大の防止対策がとられることもあります。


なんともありがたい世の中です。


でも実はこれって、感染症の正体がわかっていて、感染の仕組みがわかっていて、発症時に体内で何が起きているのかわかっているからできること。


では、これらが明らかになる前は?

ノーベル賞を受賞した研究が、いかに私たちの生活を変えたのか。


今回は、私が研究していた「蚊が媒介する感染症」について、いろいろある中でも、マラリアに注目してご紹介していきます。


おっと。マラリアと聞くと、日本とは縁遠い感染症のように感じますか?

あとでご紹介しますが、実はそうでもないんです。



これからご紹介するノーベル賞受賞者たち

(イラスト:科学コミュニケーター 三澤和樹)


マラリアとノーベル賞


マラリアは発症すると高熱、頭痛、吐き気などの症状が出て、重症になると意識障害などを引き起こし、死に至る感染症です。

病原体は「マラリア原虫」という単細胞生物で、蚊によって人から人へと運ばれます。



複雑なマラリア原虫の生活史。ここではとりあえず、マラリア原虫が蚊によって人から人へと運ばれることをお伝えしたい


人間はもう50万年くらいマラリアと闘っていて、世界中で多くの人間が犠牲となってきました。


歴史の教科書に載っているあんな人こんな人(平清盛とか、一休さんとか。ツタンカーメンのミイラからもマラリア原虫のDNAが採れて、感染履歴が明らかになりました。実在しないけど光源氏も物語中でマラリアらしき病になっています)もマラリアになったと言われています。


日本でも昔から土着の病気として流行していて、国内の流行がなくなったのは1960年代。意外と最近の話です。


現在行われているマラリア対策は大きく2つ。

早期治療:感染者を早く見つけて薬で治療する

媒介蚊対策:マラリア原虫を運んでくる蚊を退治するか、蚊に刺されないようにする


最近ではワクチンが試験的に導入されていて、ひょっとすると今後は

・ワクチンで予防する

という選択肢が増えるかもしれません。


人間とマラリアの長い長い闘いの中から出てきた研究、例えばマラリア原虫が人の体内に侵入するしくみや、治療法、そして蚊を大規模に防除する方法に対しては、人類に貢献した業績としてノーベル賞が贈られています。


<1902年受賞:ロナルド・ロス>

マラリア原虫がどうやって体内に侵入するのかわからなかった時代に、蚊の体内でマラリア原虫が生きていることを発見。さらに感染実験を行って、マラリア原虫が蚊によって媒介されることを証明した。



マラリアを媒介するのハマダラカ属の蚊(写真:国立感染症研究所 提供)


<1907年受賞:シャルル・ラヴェラン>

マラリア患者の内臓や血液をつぶさに調べ、患者さんに共通する特徴を見出した。それがマラリア原虫という生物で、赤血球内で成長することを発見した。



ツブツブが赤血球。紫色に染まっているのがマラリア原虫(写真:筆者撮影)


<1948年受賞:パウル・ミュラー>

DDTという化学物質が、蚊をはじめとする節足動物(昆虫やクモ、ムカデなど)に対して強力な接触毒性を持つことを発見。1940年代に行われた「マラリア撲滅計画」において、DDTは蚊に対する強力な武器として使用された。(:DDTはその後、環境への負荷が指摘され、現在は多くの国で製造・使用が禁止されている。WHOは、マラリア対策のために、他に使える効果的な殺虫剤がないときに限ってDDTの使用を認める、としている。)


<2015年受賞:トゥ・ヨウヨウ>

クソニンジンという植物から、抗マラリア作用をもつアルテミシニンという成分を発見。それまでの治療薬にくらべ副作用が少なく、現在もマラリア治療薬として大活躍。



クソニンジンはこんな植物(写真:古澤輝由氏 提供)


マラリアに関係するものだけでも、これだけノーベル賞受賞研究があるんですね。


でもこれは、マラリアがそれだけ脅威であることの裏返し。


1901年が第1回だったノーベル賞の歴史を考えると、ごく初期からつい最近まで受賞者が出ていることにも注目してください。

マラリアを抑えようとした研究には長い長い歴史があるのです。

もちろん、その研究はノーベル賞が設立される前から始まっていました。


マラリアの正体は蚊が運ぶ寄生虫だと明らかになる前の対策や治療法って、どんなものだったのでしょう?


当時、マラリアは湿地の「瘴気(悪い空気)」を原因とする空気感染の病気だと考えられていたので、対処法は瘴気対策でした。

瘴気が届かないような高い場所に逃げたり、瘴気を追い払うために香気を放つ植物(ユーカリなど)を植えたりしていたそうです。


さらに、マラリアの典型的な症状である高熱や頭痛は、血液のバランスが悪くなったせいで起こると考えて、瀉血(しゃけつ:傷をつけたしして、血液を出させること)やヒルに血を吸わせたりして治療をしていた、という資料もあります。



瀉血する人の様子(資料:Egbert van Heemskerck)


きっと、流行地の湿地ではたくさんの蚊が発生していたのでしょう。

蚊がわんさかいる場所って、いやーな感じがしそうだし、「悪い空気」という表現もわかる気がします。

でもね、瀉血はちょっと……。


ヨーロッパでは、1820年にマラリアの特効薬「キニーネ」が製剤化されました。しかしキニーネは強い副作用がある薬。頭痛や吐き気、不安感が生じるなど、人体にも大きな影響がありました。



キニーネはキナノキの樹皮から抽出した薬。写真はアカキナノキ。(写真:東京都薬用植物園ふれあいガーデン 草星舎)


やっぱり、ノーベル賞を受賞した研究によって私たちの生活は変わってきたのです。


病原体がわかったから、治療薬がある。

感染経路がわかったから、予防対策がある。


現代の医療、ありがたい。


めでたし、めでたし。


……と、話が終わればよかったのですが。


闘いはまだまだつづく


4つものノーベル賞受賞研究をはじめ、数々の研究がありました。


それを踏まえた21世紀の医学をもってしても、マラリアを完全制圧することはできていません。

2017年のデータだと、世界で2億人以上がマラリアに感染し、43万人が犠牲となっています。


マラリアは、病原体のマラリア原虫、媒介者の蚊、そして人間の三者が複雑に関わり合う感染症です。


感染者の早期発見と媒介蚊防除を徹底して、感染サイクルを断ち切りたいところですが、私たちが生きているのは人やモノが激しく移動する時代。それは、病原体を保有した人間や蚊も活発に移動する時代であり、感染サイクルを断ち切ることは簡単ではありません。


また、最近は殺虫剤に抵抗性を持った蚊や、抗マラリア薬(治療薬)に抵抗性を持ったマラリア原虫もいて、その闘いは混迷を極めています。


冒頭で少し紹介しましたが、ワクチンの開発も進められています。


マラリア原虫は、その生活史の中で人間や蚊の体内を移動し、場所によって姿かたちが変化していくので、ワクチンにごとに、どの段階のマラリア原虫を標的にするかが異なります。


現在、ワクチン候補としてWHOから承認を受けているものはひとつ。このワクチンは肝臓で増殖するマラリア原虫を狙ったもので、一定の効果が認められているものの、感染を防げるのはワクチンを受けた人の4割程度にとどまっています。


その原因はマラリア原虫の多様性。ひとくちにマラリア原虫といっても、遺伝子的にちょっと違う個体が混ざっていて、それらの個体にはワクチンが効かないのです。


開発段階のワクチンには、人間に侵入するときのマラリア原虫(スポロゾイト)を標的としたものもあります。


スポロゾイトを狙うメリットは、体内で増殖する前に対処できること。

ただ、このワクチンをつくるにはスポロゾイトを大量に培養する必要がありますが、その技術はまだ確立できていません。


ほかにも、ゲノム編集という登場したばかりの技術を使って、遺伝子を改変した蚊をつくり、だんだんと蚊が次世代を残せなくするような研究も試みられています。


そうした蚊を野外に放つことの是非やその効果のほどが議論になっていますが、こうした先端技術を駆使して、アクロバティックな手法を考えなければならないほどの相手がマラリアなのだとも言えるでしょう。


マラリアと蚊と人間の三つ巴の闘いは、もう少し続きそうです。


つながる世界、感染症はすぐそこに


マラリア以外にも、蚊が運ぶ感染症はいろいろ。


私たちが生活している日本も、グローバル化が進み、人の移動が活発になっている以上、日本だけ感染症フリーということにはならないでしょう。


今まさにラグビーワールドカップが開催中で、世界中の人が日本に来ています。そして、来年はオリンピック・パラリンピック。もっと大勢の方をお迎えすることになるでしょう。


個人レベル、地域レベルでできる予防対策などを考えながら、日本が感染症との戦いのメイン舞台にならないようにしたいものです。


ノーベルの窓から世界をのぞく


今回は「マラリア」というキーワードでノーベル賞を眺めてみましたが、私たちの”当たり前”の中には、ノーベル賞が関わっているものが他にもたくさんあります。


科学技術がどのように世界を変えてきたのか、この機会にノーベル賞という窓からのぞいてみませんか?


小林 望

蚊をとりまく世界を探求する先生たちの生き方やお話が面白くて、先生たちの後ろにくっついてあちこち行った大学・大学院生時代。院生仲間とはじめた活動の中で、蚊や感染症についてたくさんの人と話す機会があり、科学コミュニケーションに興味をもちました。どうしたらみんなで健康に生きていけるのかを考えるために、2018年10月より未来館へ。


 

執筆: この記事は『日本科学未来館科学コミュニケーションブログ』より科学コミュニケーター 小林 望さんの記事からご寄稿いただきました。


寄稿いただいた記事は2019年10月16日時点のものです。


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