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「近くにいるのに名乗れない」愛し合う2人の偶然の再会!のはずが……見て聞いて思い知った辛い現実 ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~



別れて約1年、縁ある住吉神社で偶然の出会い


源氏が明石を去ってはや1年。明石の君は住吉大社(大阪市住吉区)にお詣りに行きました。父の入道がずっと願をかけ、彼女自身も毎年、春と秋に欠かさず参詣していましたが、ちい姫出産でここ1年はお詣りできず。そのお詫びも兼ねての参詣です。


船を降りようとすると、物々しい大行列が社の方に向かっていきます。奉納するらしい立派な宝物、華やかな衣装を身につけた美しい舞人、殿上人らしい貴族たち、それぞれの従者、警備の侍など、人が多すぎて浜辺がパンク寸前です。


誰の行列か聞いてみると、「今日は源氏の大臣さまのお詣りよ。そんなことも知らないのかね」。身分の低い男は小馬鹿にしたように言います。全くの偶然ですが、2人は同じ日に住吉詣でに来たのです。


須磨で困難に見舞われた時、源氏を導いた住吉の神。帰京する際にしっかりお詣りできなかったのを気にしていた源氏は、時間を取ってやっとお礼詣りに来たました。大臣のお出かけに我も我もと貴族たちがついてきて、気がつけば大変な人数に…。これも現代とあまりかわりませんね。


好きな人とばったり出くわすのは、普通なら嬉しいケースが多いですが、明石の君の胸中は複雑です。「どうして同じ日にお詣りに来てしまったのかしら。今日いらっしゃることすら、私は知らなかった…」。派手で立派な行列に圧倒され、船から遠巻きに見つめることしかできません。


「あの頃とぜんぜん違う」見て聞いて初めてわかった源氏の権威


行列の中には、かつて源氏とともに明石に来ていた右近将監や、良清の姿も見えます。身につけている衣の色や装いから、彼らの出世がひと目でわかります。明石にいた時はうらぶれて見栄えもしなかったのに、今は威儀を正し、従者を連れて晴れがましそうです。


「本当にご出世なされたのねえ。見違えるようだわ」「馬具や鞍も凝っていて素敵。すごいわねえ」。明石一行が目を見張っていると、ついに源氏の乗った牛車が到着。帝から賜った美少年10名を引き連れて、目の覚めるような美しさです。


近年には例を見ない特別の格式で、愛しい人がやってきたというのに、明石は胸が詰まって、よく見ることができません。堂々と「ここですよ」とも言えず、なにも知らずに行ってしまう姿を目で追うだけ。


その後から、馬に乗った可愛い男の子が、少年従者を連れて登場。葵の上が産んだ夕霧です。源氏が須磨明石にいた間は、左大臣家でおばあちゃんの大宮に育てられました。顔が源氏にソックリです。


明石の君は「ああ、これが本当の貴族のご子息というものなんだわ。本当は兄妹なのに、ちい姫は…」。大勢ににうやうやしく扱われ、丁重にかしずかれている夕霧と、世間に知られぬまま明石で育つちい姫。源氏がいくら認知していても、世間の人が「源氏の子」として扱ってくれないとどうしようもないのです。


見ると聞くとは大違いですが、明石の君はこの日初めて、源氏の権威というのを目の当たりにしました。頭ではわかっていたけど、全身でそれを理解したというべきでしょうか。あまりのショックに打ちのめされ「今日は中止にしましょう。こんな華やかなお詣りがあった日に、私達がささやかな捧げ物をしても、神様も気がついてくださらないわ…」。


近くに来ていながら、ろくに名乗れもしない自分が惨めでたまらない。プライドを傷つけられ、娘の将来が改めて心配になった明石は、住吉を静かに去り、難波へ向かいました。


「いつもながら気が利く!」惟光、すれ違いの穴埋めに一役買う


こっそり去っていった船を見て、ピンときた人物がいました。惟光です。源氏は夜通し続く神事や奉納舞楽などで忙しくしていましたが、惟光はちょっと外に出てきた時を捕まえて「どうやら明石の君のご一行も参詣に来ていたようですよ」


源氏は何も知らなかったので「本当か。全く気が付かなかった。こちらの行列に圧されてしまったのだろう。かわいそうなことをした」。嵐や雷雨に遭いつつ、入道の助けによって明石に出向いたのも、そこで彼女と出会ったのも、全ては住吉の神がキーワード。これも偶然ではなく必然だ、自然と神の導く運命を信じる気持ちになります。


源氏一行も参詣のあと、難波や淀川のあたりを観光しつつ帰京。難波あたりで「今はた同じ浪速なる(身を尽くしても逢わむとぞ思ふ)」と源氏が言ったのを聞いて、惟光はささっと懐から携帯用筆セットを取り出します(いつも持っているらしい)。迅速かつ的確な対応!仕事ができる男、惟光。


「いつもながら気が利くなあ」と源氏自身も感心しつつ、手紙には「あなたに身を尽くして逢いたがっていたおかげで、こうして巡り会えた。私たちはやはり深い縁で結ばれているんだね」。


源氏が自分に気がついてくれるとは思わず、凹んでいた明石の君に、この手紙は大変なサプライズでした。「数ならでなにはのこともかひなきに などみをつくし思ひ初めけむ」。どうしてあなたのことを身を尽くして愛してしまったのでしょう、取るに足らない私なのに…。


2人の歌は文字通り”身を尽くす”と、水路の航路標識の”澪標(みをつくし)”にかかっており、帖タイトルにもなっています。これは源氏の引いた「わびぬれば 今はたおなじ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ(小倉百人一首20番)」などにも歌われていて、大阪が古くから水の都だったことを示しています。現在も、澪標を記号化したシンボルマークが、大阪市旗などに使われているそうです。


川を彩る花の船、男を誘う遊女たちの一行


明石とのやりとりをした夕方、源氏は人目を気にせず逢いに行きたい衝動に駆られますが、多くのお供がいるのでそれも無理。くっついてきた貴族たちは、遊女たちを乗せた船に興味津々。作中でも遊女が出てくるシーンはここだけです。


きれいなお姉ちゃんに釘付けになっているお供をよそに、源氏は「中身のない相手と遊びの関係をもつのには全く興味がない。相手の中身があって初めて、尊敬や思慕が生まれ、恋の喜びや楽しみ、面白さが感じられるのだから」と、一時の快楽だけの関係には否定的。まあ、源氏であれば女を買う必要がそもそもないのですが…。


これは源氏が今まで貫いてきた「複雑な条件や面倒な相手にこそ燃える」「手近な相手で間に合わせない」という恋のルールであるとともに、作者の源氏への思い入れ、恋愛への意識も感じられる一言です。でも、旅先のアバンチュールが目的で、源氏のお供をした貴族も結構いそうですね。


余談ですが、大阪の川と船と遊女といえば宮本輝の小説『泥の河』を思い出します。決して明るい未来はないであろう母子を乗せたボロ船が、おばけ鯉に付きまとわれるように川を去っていく最後は、いつ読んでもいたたまれません。


水の都・大阪を舞台に繰り広げられた、源氏と明石のすれ違い劇。手紙のやり取りはできたけれど、直接手を取ることが叶わなかった2人の気持ちは、切なくも盛り上がったことでしょう。源氏はその後、改めて上京するようにと明石へ使いを出しますが、明石の君は「京の貴婦人方に混じってやっていける自信がありません」と返事をします。


ちい姫のためには一刻も早く上京しないといけないとわかりつつ、自身のプライドとコンプレックスが邪魔をする。彼女の苦悩は続きます。


簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。

3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html

源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/


(画像は筆者作成)


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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか


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