相見積もりでも、見積は通る。受注は取れている。それなのに、決算をしめてみると、思ったほど利益が残っていない。多品種少量で個別受注の加工をしている中小製造業から、こうした声をよく聞きます。
見積の段階で負けていないのなら、問題は「作った後」にあります。その案件が実際にいくらでできたのか、とくに人がどれだけの時間をかけたのかを、拾えていないのです。加工費のもとになる時間あたりの単価も、その根拠になる工数も、何年も前のExcelとベテランの頭の中に置かれたままになっています。
この記事では、賃率(時間あたりの加工費)と工数がなぜ古いまま止まるのかを整理し、それを紙と表計算から離してデータで回せるようにするまでの順序をまとめます。
【本記事の要点】
- 相見積もりで受注は取れるのに利益が残らないのは、賃率も工数もデータになっておらず、案件ごとの採算が締めまで見えないことが多い
- 賃率は何年も前のExcelのまま、工数の見積は一人のベテランの頭の中、というのがよくある状態
- システムを入れる前に、賃率の出し方・原価科目の区分・工数を取る単位を自社で決める。決めずに入れると入力先が変わるだけ
- 現場の工数入力を自動集計につなぎ、案件ごとの実際原価を締めを待たず見られるようにして初めて、見積の前提を直し続けられる
見積の「時間あたり単価」が、何年も止まったまま
製造業のDX(デジタルトランスフォーメーション)というと、設備の稼働の見える化や工場全体のデータ化が話題になります。しかし、多品種少量の加工業にとって切実なのは、「この仕事、結局いくらで作れたのか」が案件ごとに分からないことではないでしょうか。
見積書の加工費は、たいてい「1時間あたり◯◯円 × 見込みの時間」で計算されています。この1時間あたりの単価が賃率です。中身は、その作業をする人の人件費を軸に、設備の償却やリース料、工場の光熱費といった負担を1時間あたりに上乗せしたもの。だから、人件費や電気代が上がれば、賃率も本来は上がっていきます。
ところが、賃率をいつ、どう決めたのかを説明できる工場は多くありません。多くは創業期や大きな設備を入れたときに一度Excelで組み、そのあとは長く手つかずです。その間に最低賃金も社会保険料も電気代も上がっているのに、単価は昔のまま。それでも見積は通り、相見積もりにも勝てます。ただ、その見積には本来乗せるべき利益が入っておらず、受注が増えるほど利益率は下がっていきます。
賃率が工場全体で1本しかないことも、ズレのもとです。汎用機で回せる仕事と、高額な複合加工機を占有する仕事が同じ単価で計算されるため、手のかかる小ロット品ほど実態より安く見積もられてしまいます。
もう一方の「見込みの時間」、つまり工数の見積も、多くは数字になっていません。「この形状なら段取り1時間、加工3時間くらい」というベテランの感覚で決まっています。長年の勘は財産ですが、その中身が一人の頭の中だけにあると、本人が休んだり辞めたりしたときに同じ精度で出せる人がいなくなり、取引先に価格の根拠も説明できません。
賃率も工数も、更新されるデータになっていません。これを紙と表計算から離して、案件ごとに集まり続けるデータに変える。その受け皿が原価管理システムです。ただし、システムを入れる前に自社で決めておくことがあります。次の章で、賃率の出し方から順に整理します。
デジタルにする前に、決めておくこと
賃率も工数も、システムに載せればそのまま数字になる、というものではありません。何を、どの単位で測るかは、自社で決めておくところです。ここが曖昧なままだと、日報の入力先が紙から画面に変わるだけで、出てくる数字の精度は上がりません。決めるのは、次の3つです。
賃率の出し方
賃率は、1年間に加工へかかった費用の合計を、その年に実際に加工へ充てた時間で割ったものです。分子に入れるのは、直接作業をする人の人件費だけではありません。工場長・検査・運搬・生産管理といった間接部門の人件費、設備の償却やリース料、光熱費、消耗品、工場の家賃も、加工を支えている費用です。ここを直接人件費だけで組むと、間接部門のコストがどの見積にも乗らず、会社全体は赤字なのに個々の案件だけが黒字に見えてしまいます。
分母は、就業時間ではなく実加工時間です。就業時間のまま割ると、段取りや手待ち、清掃の時間まで「加工していた時間」に入り、賃率は実態より安く出ます。人件費も電気代も毎年動くもの。決算後などに引き直す時期も、あわせて決めておきます。
原価科目の区分
材料費・外注費・労務費・経費の4つくらいに分け、どの費用をどの科目に入れるかの判断を社内でそろえます。たとえば外注した表面処理を材料費に入れる人と外注費に入れる人が混在すると、集計しても工程ごとの比較になりません。区分をそろえておくと、後で予定と実績を科目別に突き合わせられます。
工数を取る単位
現場に、どこまで細かく時間を記録してもらうか。最初から全工程を秒単位で追うと、現場が入力しきれず形骸化します。まずは「段取り」と「加工」の2区分、対象も金額の大きい案件やリピート品に絞るところから始めれば十分です。
決めた内容の確認リスト
3つが決まったら、次の項目で抜けを確認します。
| 決めること | 確認する内容 |
|---|---|
| 賃率の分子 | 間接部門の人件費、設備費、光熱費、家賃まで含めているか |
| 賃率の分母 | 就業時間ではなく実加工時間で割っているか |
| 賃率の更新 | 毎年見直す時期を決めているか |
| 原価科目 | 材料費・外注費・労務費・経費の振り分け方が社内でそろっているか |
| 工数の単位 | まず「段取り」と「加工」の2区分で始められるか |
これらが決まっていれば、システムは「その形で数字を集める道具」として選べます。決まっていないと、製品の機能に自社の運用を合わせることになります。
賃率と工数を、データで回す
ここまでの賃率の計算と点検は、表計算ソフトでも一度はできます。続かなくなるのは、その次です。
- 案件ごとの工数を毎回集める
- 予定と実績を突き合わせる
- 賃率を毎年引き直す
この繰り返しを紙の日報と転記で回すのは、現実には長続きしません。
起点となるのは、現場での工数入力です。手作業が中心ならタブレットやスマートフォン、繰り返しの多い加工ならバーコードでの開始・終了の打刻、設備が主役なら機械の稼働実績の取り込み。共通するのは、書いた日報を誰かが表計算ソフトへ打ち直す工程をなくすことです。
入力が集まると、案件ごとの実際原価が、月次の締めを待たずに見えるようになります。仕掛かりの段階で「この案件は予定の工数を超えそうだ」と分かれば、手を打てます。完工してから赤字だったと分かる頃には、次の似た案件を、もう同じ単価で見積もってしまっていたということになりかねないのです。
そのうえで、予定(見積の工数 × 賃率)と実績(実際の工数 × 賃率)を案件ごとに並べます。差が大きい工程は、見積の前提が現実と合っていない場所です。
- 段取り時間を短く見ていた
- 手直しの工数を織り込んでいなかった
- 材料の歩留まりが想定より悪かった
など、因が分かれば、次の似た案件の見積で先に直せます。ここで見えたズレは、賃率の年次の見直しにも反映します。
多品種少量で案件数が多いほど、この集計と突き合わせを手作業で回すのは難しくなります。原価管理システムや生産管理システムは、その一連を回すための器です。選ぶときに見るのは、現場が入力に使う時間、スマートフォンでの入力のしやすさ、そして既存の会計ソフトとの連携。連携できないと、原価管理システムから会計へ数字を手で打ち直すことになり、二重入力が残ってしまいます。
なお、見積そのものを速く正確に出すための考え方は、次の記事でも整理しています。あわせて読むと、見積を出す前と後がつながります。
よくある質問
賃率と工数をデータに移していくときに、中小製造業からよく出る質問をまとめます。
Q. Excelのままではだめですか。
初回の賃率の計算と点検なら、Excelで十分です。難しくなるのは、毎案件の工数を集め、予定と実績を突き合わせ、賃率を毎年引き直す、という繰り返しを手作業で続けるところ。案件数が少ないうちはExcelでも回りますが、増えてきたら、現場の入力から集計までをつなぐ道具を考える段階です。
Q. 現場が工数の入力を嫌がります。
全工程を細かく取ろうとしないことです。最初は「段取り」と「加工」の2区分にとどめ、対象も金額の大きい案件やリピート品に絞ります。バーコードの打刻や設備からの実績取り込みなど、手で書かずにすむ方法がある工程は、そちらへ寄せる。入力の手間と、得られる精度のバランスで決めていきます。
Q. 既存の会計ソフトや生産管理システムと連携できますか。
製品によります。連携できるかどうかは、原価管理システムを選ぶうえで大きな判断材料です。連携できなければ、集めた原価データを会計へ手で入力し直すことになり、二重入力もミスも残ったまま。導入前に、自社が使っているソフトとの連携実績を必ず確認しておきます。
Q. 小さい会社でも案件ごとの原価計算は必要ですか。
すべての案件で行う必要はありません。金額の大きい案件、リピートの多い品番、赤字が疑われる案件から始めます。まず一部で実際原価を見て、見積とのズレが分かれば、対象を広げていきます。
まとめ:賃率と工数が「動くデータ」になって、見積は勘から根拠に変わる
相見積もりで受注が取れているのに利益が残らないのは、見積が下手だからではなく、賃率も工数もデータになっておらず、案件ごとの採算が締めるまで見えないからであることが多いものです。賃率の出し方と工数を取る単位を自社で決め、現場の入力から実際原価の集計までをつなぐ。そうして予定と実績を突き合わせられて初めて、見積の前提のどこが現実とずれているかが見え、直し続けられるのです。
まずは、直近で納品した案件を1つ選んでください。見積の加工費が「1時間あたりいくら × 何時間」で組まれていたかを確かめ、その単価をいつ決めたのか、その時間を誰がどう見積もったのかをたどります。そのうえで、実際にかかった時間を分かる範囲で書き出す。予定と実績の差が最も大きい工程が、次にデータで押さえるべき最初の場所です。
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