2011年頃、世界最大の携帯電話端末メーカーだったNokiaは、スマートフォンの到来により一気にシェアを失い、2013年に端末部門をMicrosoftに売却。一時はその勢いを失い、表舞台から姿を消していたNokiaが昨年、VRカメラ市場に参入した。
2013年に端末部門を売却した際、残された開発部門では「新しい技術」を開発中だと発言していたが、その新しい技術こそプロ向け全天球型VRカメラ「OZO」だ。
では、なぜNokiaがこのタイミングでVRカメラ市場に新たに参入したのか?その真意を確かめるため、Nokia日本法人の広報担当者にお話を伺ってきた。
シナジーが生まれる事業のみ展開
—-「OZO」の開発経緯からお教えください。
広報:まずNokiaは2013年に端末部門を売却後、通信インフラをメインに事業を展開してきました。通信インフラと言っても固定と無線がありますが、当初は無線インフラ、いわゆる携帯電話の言う基地局装置・関連設備を世界中の通信事業者様に提供していて、第4世代と言われるLTEでは世界トップ3まで到達しました。
また、今年の1月に固定インフラが強いフランスの「アルカテル・ルーセント」を統合し、無線・固定双方のインフラで世界最大規模の企業にまで成長することができました。
一時は大変な赤字でしたが、見事生まれ変わったのが今のNokiaです。
ただ、端末部門売却後も残った開発部門ではNokia端末の開発で培ったカメラ技術や音声の再合成技術などの知見を元に、粛々と研究を行っていて、遂に製品化にこぎつけたのが「OZO」です。
ですので、ゼロから製品化したというよりは、携帯電話時代に蓄積した技術を今の市場に合わせて磨き直したというのが正しい経緯ですね。
—-なぜ、今カメラ市場へ参入しようと考えたのでしょうか?
広報:現状のVR動画はオフラインで見られているのがほとんどだと思いますが、今後はリアルタイムでのストリーミング配信が増えてくる感じております。そうなると、今の無線帯域だとコンテンツの解像度にもよりますが、全く足りていないんですね。
VRコンテンツが増え、市場が活性化すればコンテンツを生配信したい!という企業、見たい!というユーザが自ずと増えてくるので、既存の通信インフラの増強や5Gと言われる第5世代の通信インフラへの投資が必要になってくるはずです。そこのソリューションまでサポートできるのが世界最大の通信機器メーカーであるNokiaになってきます。
ですので、最終的に自社のメイン事業であるインフラ事業に結び付くと考えるからこそ、この市場へ参入しました。
今のNokiaはいきなり全く関係性のない市場に参入する事はなく、当社のビジョンである「Expanding the human possibilities of the connected world」の実現に寄与し、本業とシナジーがある分野で展開していくつもりです。
—-ありがとうございます。次に「OZO」の製品に関してお伺いしたいのですが、「OZO」で撮影された動画を拝見したのですが、かなり”音声”にこだわりを感じました。
広報:おっしゃる通り、”音”にはかなりこだわりをもっていて、Nokiaが保有する技術・ノウハウを余すとこなく盛り込んでおり、より人間の耳に近づくよう作られています。例えば、人間が正面を向いている時、右側から話しかけられれば、右側が大きく、逆が小さく聞こえるじゃないですか? より現実的な音声認識に近づけるよう製作しました。
特に音声は臨場感を演出する上で欠かせない要素だと思いますし、先ほど申し上げたライブストリーミングなどでも特に重要になってくると思っておりますので。
—-ライブストリーミング配信を行う予定が具体的にあるのでしょうか?
広報:具体的なことは申し上げにくいのですが、今年中にとあるスポーツ大会で、VRのライブストリーミング中継を行う予定はあります。ただ、電源ケーブルなしで最大40分程度撮影が可能なカメラですので、恐らく大会全体ではなく、例えば開会式のみなど部分的に配信する形になるかもしれませんね。
もちろん、現在販売中の国が対象なので、おのずとアメリカもしくはヨーロッパで開催される大会になります。
「OZO」はカメラアングルの変更ができませんが、リモートで再生・停止ができるだけでなく、リアルタイムで撮影している映像を専用のソフトウェアで確認できるので、いちいち撮影場所を再セッティングする必要がなく、効率がいいという点もライブストリーミング配信には向いていると思います。
“バラまき”から “ターゲット・マーケティング”へ
—-ターゲットはプロ向けということですが、今後廉価版の発売などセミプロなどをターゲットにされることはないのでしょうか?
広報:現在の所、考えておりません。あくまでもハイクオリティのVRコンテンツを製作されるプロクリエイター向けに提供していきます。その中でもターゲット層が3つあります。
- 映画会社、TV局、大手広告代理店など映像コンテンツそのもので収益を生み出している企業がファーストターゲット。アメリカだとディズニーと提携していて、ディズニーは今後VR使ったプロジェクトやコンテンツなどを新規で制作する際に「OZO」を使用することになっている。
- ブランドエンゲージメントと呼んでいます。ルーブル美術館やトルコのカッパドキア、三ツ星レストランなど行ける人が限られている場所にVRを通じて疑似体験させることで、その場所のブランド価値を上げ、結果的に観光客や来場者の集客につなげる、そのような場所を保有する企業がセカンドターゲット。
- バーティカル呼んでいる、いわゆる産業向け。用途は様々考えられますが、例えばNASAの宇宙飛行士や航空パイロットのシュミレーショントレーニングなどです。具体的にはこれから検討・議論が進んでいく分野です。
このようにターゲット層を明確にするのは、Nokiaの過去の教訓からです。端末事業を推進していた時代、たった一つの地殻変動で一気に市場が脅かされる。あの時の教訓から良くも悪くもコンシューマにばらまくビジネスモデルからターゲットを絞り、そこでの地位・評価をきちっと固めていくというような戦略に変化しました。
—-なるほど、過去の経験から生まれた戦略という事なのですね。
広報:はい。少し話はそれますが、少し前「Nokiaがスマートフォン事業に復活!」という報道がありましたが、実際はブランドライセンス契約であり、自社でモノづくりをまた行おうというものではありません。今のNokiaはリスクを最小限に抑えながら、ターゲットを絞り、その領域でNo.1を目指していく。どの事業もブレずこの軸で動いております。
Slush Asiaはアジア展開のメッセージ
—-ありがとうございます。続いて、日本での販売予定はあるのでしょうか?
広報:先日、Slush Asiaに「OZO」を出展したのですが、まさにこの出展こそがアジア展開が近いという一つのメッセージでした。
ただ、高額な商品で且つサポートなしだとクオリティも出ないと思いますし、お客様にご迷惑がかかるといけないので、まずは弊社でサポートチームを作り、体制が構築できてからの販売になるので、もうしばらく時間はかかるかもしれません。
また高額な商品のため、日本企業の中でも対象になるターゲット企業様が少ないという点も、販売時期が伸びるネックになっています。ぜひ、購入したい!という方に加え、日本国内でのOZOの事業化に興味がある方がいましたら、お声掛けいただけると嬉しいですね。
Nokiaはこの5年で大きな変貌を遂げた。大いなる挫折を経験し、自社の強みを生かしたバーティカル企業に生まれ変わった結果、通信インフラ企業として最大手にまで登り詰めた。
私が今回のインタビューで特に印象に残ったのは「Nokiaはあの悔しさを忘れていない」という言葉だった。
一度、倒された巨人がこの想いを胸に見事なまでの復活を遂げ、より強くなって帰ってきた。まさにスーパーサイア人だ。
今後もNokiaは通信インフラという根幹事業を中心にしながら、シナジーが生まれる関連市場へと手を伸ばしていくことだろう。
「OZO」だけでなく、最近ではデジタル・ヘルスケア企業の「Withings」の買収も完了した、今後のNokiaの展開がどうなるか、期待して続報を待ちたいと思う。
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