生成AIの普及に伴い、実在する企業を装ったフィッシングメールは日々進化を続けています。文面の違和感だけでは見抜くことが難しい時代、攻撃者が狙うのはシステムの穴ではなく“人の隙”です。
今回は、日本人起業家とイスラエル国防軍のサイバー部隊「ユニット8200」出身者が日本で創業し、研究開発をイスラエルで行う、1,400社以上の導入実績を持つ「AironWorks(アイロンワークス)」を取材。AIを活用した最新の訓練プラットフォームと、現場に負担をかけない防衛策の考え方についてお話を伺いました。
システムよりも「人を騙す」方が簡単——ハッカーが狙う「人的脆弱性」

AironWorks共同創業者兼CEOの寺田彼日(てらだ・あに)氏は、こう切り出します。
「実は今、ハッカーが一番狙っているのはシステムの穴ではなく『人的な脆弱性』なんです。どれだけ高度なセキュリティを構築しても、言葉巧みに人を騙して鍵(ID・パスワード)を開けさせる方が、ハッカーにとってはるかに簡単で効率的だということが明らかになってきています」
警察庁の資料等を見ても、多くのサイバー被害は漏えいした認証情報(ID・パスワード)の悪用から始まっています。その盗難の起点となっているのが、まさにメールなどを介したフィッシング攻撃です。さらに生成AIの登場により、その精度は飛躍的に向上しました。
「MicrosoftやAmazonなどを装ったメールも、AIを活用すれば本物と見分けがつかない完璧な文面が作れてしまいます。特に巧妙なのが、オープンソースインテリジェンス(OSINT)で収集した実在の情報を悪用する手口です。過去の社内イベントやプレスリリースなど、社員しか知り得ないような文脈をAIで組み立て、『本日中』と焦らせる心理学的な攻撃が増えています」

また最近では、社長の名を騙り「至急LINEグループを作成してください」と指示を出し、1,900万円もの被害が出た中小企業の事例もあります。メールフィルターをすり抜ける巧妙な文面で隙を突いてくるのが、現代のサイバー攻撃のリアルです。
意外な落とし穴? 新卒・若手と「ベテラン決裁者層」のリスク
ターゲットとして特に注意が必要なのが、新卒などの若手社員と、50代以上のベテラン・決裁者層です。
若手世代は一見ITリテラシーが高そうですが、特有の盲点があると寺田氏は指摘します。
「今の若い世代はSNSでのやり取りが中心で、ビジネスのEメール文化に慣れていません。そのため、メールをチェックする際のポイントや基本的な注意点が身についていないケースがあるのです」
一方で、ベテランや決裁者層が引っかかる最大の理由は「業務量と油断」です。
「決裁者層は日常的に受信する連絡が非常に多く、多忙を極めています。その繁忙期を狙われたり、個別最適化されたプレスリリース風のメールが届いたりすると、確認を怠ってつい引っかかってしまうのです」
「仕事が止まる」を防ぐUIの工夫と、AIによる自動判定

同社が提供する同名のプラットフォーム「AironWorks」は、AIを活用して従業員のセキュリティ意識を高める“訓練・教育”と、実際に届く悪意あるメールを検知・遮断する“防御”を一体化させた「次世代型サイバーセキュリティ訓練プラットフォーム」です。

最大の特徴は、イスラエル国防軍のサイバー部隊「ユニット8200」出身のエンジニアらが、イスラエルの開発拠点で開発を担っている点です。公開情報などから最新の手口を収集し、本物のハッカーが行うような本番さながらの疑似攻撃メールをAIが自動生成して標的型メール訓練を行います。
しかし、あまりにリアルな訓練を行うと「全社員が疑心暗鬼になり、確認作業で業務のスピードが落ちてしまうのでは?」という疑問も湧きます。この点について、同社は現場の負担を最小限に抑える仕組みを構築しています。

「メール画面に『スキャンボタン』を用意しており、少しでも『怪しい』と迷ったらボタンを押すだけで、10〜20秒ほどでAIエージェントがリスクを判定してくれます」
ワンクリックでAIがメールを分析するため、現場の業務を止める心配もありません。
「訓練でクリック率を下げることも重要ですが、ゼロにするのは難しい。だからこそ、違和感を覚えた時にすぐ報告できる『報告率』を高める2段構えの対策が重要なのです」
従来のようにメールの転送や電話で報告していた手間を自動化できたことで、導入企業からは「管理者の負担が劇的に減った」と高い評価を得ているそうです。
単なる訓練で終わらない。AIエージェントによる未来の防衛策

AironWorksを導入している企業では、初期の訓練では30~50%近くの従業員が疑似攻撃メールに引っかかってしまうケースもあると言います。しかし、継続的な訓練を行うことで、このクリック率は5%未満、時には0~2%にまで低減した事例も。
「今後はAIエージェントが普及し、人を騙す手法がそのまま『AIエージェントを騙す手法』として悪用される時代が来ます。我々は人を守る技術をAIエージェントにも適用し、防御力を強化していきます」

同社は今後、従来の訓練・教育分野で培ったデータを基盤に、AIによるリアルタイム防御や、企業全体のリスク管理を支援する『バーチャルCISO』機能の提供・拡張を本格化させていく構想です。
さらに、サイバーセキュリティの枠組みを越え、今後は地震や台風などの自然災害に対する事業継続計画(BCP/BCM)領域へのAI活用や、サイバー保険付きパッケージの提供を通じて、企業の総合的なリスク低減を支援するプラットフォームへと進化させる計画も視野に入れているとのことでした。
日から実践できるサイバー攻撃対策のポイント
最後に、寺田氏に私たちが日常の業務で「AIを悪用した攻撃」に直感的に気づくためのポイントを伺いました。
1. 送信元ドメインとヘッダー情報を必ず確認する(表示名だけでなく、アドレスの詳細をチェック)
2. 公式の「認証バッジ」がついているか確認する
3. メール内のURLは直接クリックせず、正規ルートからアクセスする
「メールのセキュリティレベルは上がっていますが、最近ではLINEなどを悪用した攻撃も増えています。あらゆるチャネルで注意を払うとともに、会社が提供するセキュリティ研修などをしっかりと受講し、組織全体の防衛力を高めていくことが大切です」
「責める教育」から「すぐに共有できる組織風土」へ――。AIが攻撃にも防御にも使われる時代だからこそ、人と組織の両方が継続して学び続ける姿勢が、これまで以上に重要になっていくでしょう。
<取材・撮影・文/櫻井れき>
