「購入金額の多いお客様が、必ずしも真のファンとは限らない」。この視点は、多くの企業が見落としている「顧客ロイヤルティ」の本質を問い直すものです。実際、購買データやアクセス数を指標にファン施策を打ち出しても、思うような成果につながらないケースが少なくありません。では、企業が本当に育むべきファンとはどんな指標に基づく顧客なのか? ここでは、顧客ロイヤルティを「経済」「心理」「行動」の3つの視点から再定義。見落としがちな“隠れたファン”を3つの視点で可視化・育成するための考え方とアプローチを解説します。【ファンをつくる「顧客ロイヤルティ」の科学 #2】
ロイヤルティの定義
「購入金額の多いお客様が必ずしも真のファンではない」という疑問は、ロイヤルティの捉え方そのものを見直す必要性を示唆しています。そこでロイヤルティに求められる要素を洗い出し、3つの異なる視点から捉え直します。
1つ目は、「経済ロイヤルティ」です。これは、これまで一般的だった購入金額や購入回数に基づいて判断されるロイヤルティです。企業の収益に直結するため、もちろん重要な要素です。しかし、これだけに重きを置くことは「企業視点」に陥るので注意が必要です。
2つ目は、もっとも本質的で重要とされる「心理ロイヤルティ」です。これは「経済ロイヤルティ」と対極にある要素で、お客様が企業や商品に「信頼」や「愛着」といった心理的なつながりをどれだけ持っているかで判断されるロイヤルティです。ファンとはまさに、この心理ロイヤルティが高いお客様のことを指します。
3つ目は、「経済ロイヤルティ」と「心理ロイヤルティ」の中間に位置づけられ、施策の焦点になる「行動ロイヤルティ」です。これは、お客様の来店、自社サイトのコンテンツ閲覧、セミナー参加、SNSでの自社商品を投稿するなどの行動に基づくロイヤルティです。
なお、「行動ロイヤルティ」は2つに分解されます。1つは、量的な尺度で測られる「顧客行動」で、これは「経済ロイヤルティ」に強く影響します。もう1つは、質的な尺度で測られる「顧客体験」で、これは「心理ロイヤルティ」に強く影響します。アパレルショップに入店して「試着室を使った」という事実は「顧客行動」で、「試着室が暗くて洋服の色が分かりづらかった」「店員のアドバイスが良かった」などの事実は「顧客体験」に該当します。
この3つのロイヤルティが相互に影響しながら向上させるためのマネジメントが、ファンづくりには不可欠です。(図1)

この定義の重要性を示す象徴的な例を挙げます。学生AさんはBブランドの洋服が大好きで、ブランド公式のインスタグラムは常にチェックしています。購入しないものの店舗にも頻繁に訪れています。新商品を欠かさずチェックし、自分のSNSで発信し、友人にも熱心に勧めています。しかし、お小遣いの都合で年に1回程度しか商品を購入できません。こんなペルソナを想定するとします。
従来の「経済ロイヤルティ」の視点で見れば、Aさんは購入金額が低いためロイヤルティが低いと判断されるでしょう。しかし、ブランドへの強い愛着や推奨行動を見ると、その「行動ロイヤルティ」は高く、結果としての「心理ロイヤルティ」も非常に高いことが分かります。つまり、「経済ロイヤルティ」だけ高くないのです。
Aさんのようなお客様は、企業にとって「隠れたファン」と言える存在です。その存在や熱意を見過ごしてしまうのは、企業にとって大きな機会損失につながりかねません。Aさんの熱意が、将来の購買やポジティブな口コミへと繋がる可能性を秘めているからです。
だからこそ、ロイヤルティの高さは「ブランドや商品に対して、信頼や愛着をもって末永く関係行動し続けたいと思う気持ち」を基に評価、定義すべきです。
この定義に基づくと、「購買」とはお客様が企業や商品、ブランドと関わる数多くの「関係行動」の中の1つに過ぎないと考えられます。購入以外にも商品の情報をチェックしたり、SNSでシェアしたり、イベントに参加したりと、さまざまな「関係行動」があります。これらすべてがお客様のロイヤルティを育む大切な行動なのです。真のロイヤルティを理解するためには、「経済」「心理」「行動」の3つの視点を統合的に捉えることが不可欠です。

筆者プロフィール
渡部 弘毅
ISラボ 代表
日本ユニシス(現 BIPROGY)、日本IBM、日本テレネットを経て、2012年にISラボ設立。一貫してCRM分野の営業、商品企画、事業企画、戦略・業務改革コンサルティングに携わる。現在は心理ロイヤルティマネジメントのコンサルティングを中心に活動。お客様の心理ロイヤルティアセスメントに関する独自の方法論を提唱し、ファンづくりの科学的かつ実践的なコンサルティング手法を展開する。業界団体や学術団体での研究活動、啓蒙活動にも積極的に取り組む。
日本オムニチャネル協会
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