自社や自社製品・サービスのファンを獲得する取り組みは精神論に陥りやすくなりがちです。しかし、これでは結果を残せません。大切なのは科学的なアプローチを構築することです。とりわけ、「心理ロイヤルティ」と呼ぶ、顧客が自社製品やブランドに愛着を持つ気持ちを見える化する取り組みが重要です。そこで今回は前回に引き続き、心理ロイヤルティを構造化する上で必要な6つの法則を解説します。前回解説した3つの法則に続き、残りの3つの法則に切り込みます。なお、本連載はリックテレコム『ファンをつくる顧客体験の科学「顧客ロイヤルティ」丸わかり読本』の内容をもとに編集しております。
<法則4>ロイヤルティドライバーの満足は、複数のポジティブ・ネガティブ体験から形成される:体験頻度
前回解説したように、心理ロイヤルティを構造化するには、ロイヤルティドライバーを定義し、かつ定量化することが必要です。さらに深く構造化すれば、より深く考察できるようになります。そのためには、ドライバーの満足度を決定する要因を定義することが欠かせません。
ドライバー満足度は、ドライバーごとのポジティブ体験とネガティブ体験で決まります。例えば、アパレルショップで試着するとき(試着ドライバー)、試着室の良い設備や素晴らしい店員の接客などのポジティブ体験をしたお客様は、試着ドライバーに対する満足度が高くなります。一方、支払い時に長時間待たされ、クレジットカード以外のキャッシュレス決済に対応していないことに失望したなどのネガティブ体験は、決済ドライバーの満足度が低くなります。したがって、ポジティブ体験はドライバー満足度に対して好影響を与えます。ネガティブ体験はドライバー満足度に対して悪影響を与えることになります。お客様の満足度に起因するドライバーを洗い出すとともに、お客様は体験したことをポジティブに受け止めるのか、ネガティブに受け止めるのかを見極めるようにすることが、心理ロイヤルティを構造化するためには不可欠となります。
こうしたお客様の満足度に起因する体験を定量化するには、ポジティブ・ネガティブ体験ごとのお客様の「体験頻度(率)」を算出してスコア化するのが望ましいでしょう。
<法則5>ポジティブ・ネガティブ体験は、体験ごとに心理ロイヤルティへの影響度が異なる:体験琴線感度
前回触れた「法則2」では、各ロイヤルティドライバーの満足度がドライバーごとに心理ロイヤルティへの影響度合いが異なることを説明しました。同様に、ポジティブ・ネガティブ体験も、体験内容によって心理ロイヤルティへの影響度合いが異なります。
アパレルショップの試着場面(「試着」ドライバー)では、「試着部屋が明るくて気持ち良かった」という体験と、「店員の以前購入した服とのコーディネートアドバイスが親身で良かった」という体験は、後者の方が心に響き、次回の来店意欲が高まると考えられます。一方で、「フロアが汚れていて嫌だった」という体験と「店舗内が混雑していて嫌だった」という体験では、前者の方が落胆度合いは高く、次回の来店意欲を削ぐことになると考えられます。
つまり、各体験による心理ロイヤルティへの影響度合いは異なるわけです。こうした各体験による心理ロイヤルティへの影響度合いを定量化したものが「体験琴線感度」となります。
さらに、心理ロイヤルティへの影響度合いは、ポジティブ体験では感動度合い、ネガティブ体験では落胆度合いと解釈できます。さらに、体験琴線感度が高いポジティブ体験を感動体験、体験琴線感度が低いネガティブ体験を落胆体験と呼びます。これらは例えば、「あの時の店員の気配りは神対応で感動体験だったよね」といった日常の会話を定量化し、可視化する試みです。
この体験琴線感度は、「法則2」で定義したドライバー琴線感度に影響を与えると解釈できます。高い体験琴線感度を持つポジティブ体験はドライバー琴線感度に好影響を与え、低い体験琴線感度を持つネガティブ体験はドライバー琴線感度に悪影響を与えると考えられます。
「法則4」と「法則5」を踏まえて、ロイヤルティドライバーとポジティブ・ネガティブ体験の関係性を整理しました(図表7-1)。
<法則6>定量化された心理ロイヤルティ関連スコアは、顧客セグメントごとに異なる
「法則1」から「法則5」では、心理ロイヤルティを最上位のKGI(Key Goal Indicator)と位置づけ、ロイヤルティドライバーおよび顧客体験を構造化し、それらのスコアの因果関係を解説しました。これらのスコアは、顧客セグメントによって異なります。
例えば、小売事業者の場合、性別、年齢層、ライフスタイルなどによって、心理ロイヤルティや各ドライバーの満足度が異なります。SaaS 事業者の場合、利用するプロダクト、業界、企業規模、利用開始からの経過年数などによって、心理ロイヤルティや各ドライバーの満足度が異なります。全顧客を母数とした各スコアを出すとともに、顧客セグメントごとのスコアを算出して比較することで、現在の心理ロイヤルティを支えているのはどの顧客セグメントなのか、今後全体の心理ロイヤルティを向上させるには、どの顧客セグメントを狙うべきか、あるいはどの顧客セグメントのどのロイヤルティドライバーに注力すべきかなどの考察が容易になります。
顧客セグメントの設定方法は、一般的にマーケティングのセグメント決定と同様に、地理学的属性(ジオグラフィック)、人口統計学的属性(デモグラフィック)、心理学的属性(サイコグラフィック)、行動学的属性(ビヘイビアル)で決定します。
3階層で構造化し、定量化する(まとめ)
図7-2 は、「法則1」から「法則6」をまとめたものです。
心理ロイヤルティを頂点とし、ロイヤルティドライバーと顧客体験の3階層で構造化します。心理ロイヤルティ、ドライバー満足度、ドライバー琴線感度、ドライバー体験率、体験頻度、体験琴線感度の6つのスコアで定量化し、それらのスコアを顧客セグメントで比較します。
この基本的なフレームワークに従って、各定義を実施し、お客様アンケートを設計し、分析できれば、科学的なファンづくりに対する施策が立案できることになります。
次回以降は、本フレームワークに従って作成した分析レポートの事例について解説します。
著者プロフィール
渡部 弘毅 (わたなべ ひろき)
ISラボ 代表 〈www.is-lab.org〉
一般社団法人 地域マーケティング経営推進協議会 理事
日本ユニシス(現 BIPROGY)、日本IBM、日本テレネットを経て、2012年にISラボ設立。一貫してCRM分野の営業、商品企画、事業企画、戦略・業務改革コンサルティングに携わる。現在は心理ロイヤルティマネジメントのコンサルティングを中心に活動。お客様の心理ロイヤルティアセスメントに関する独自の方法論を提唱し、ファンづくりの科学的かつ実践的なコンサルティング手法を展開する。業界団体や学術団体での研究活動、啓蒙活動にも積極的に取り組む。
〈著書〉
ファンをつくる顧客体験の科学 「顧客ロイヤルティ」丸わかり読本/リックテレコム(2023/11)
お客様の心をつかむ 心理ロイヤルティマーケティング/翔泳社( 2019/12)
営業変革 しくみを変えるとこんなに売れる/メディアセレクト( 2005/1)
本連載は、リックテレコム刊行の『ファンをつくる顧客体験の科学 「顧客ロイヤルティ」丸わかり読本』の内容を一部編集したものです。
ファンをつくる顧客体験の科学 「顧客ロイヤルティ」丸わかり読本
出版社:リックテレコム
発売:2023年11月27日
<内容紹介>
多くの企業は「ファンづくり」の重要性を認めているものの、日常は「購買者づくり」のマネジメントに終始しています。これはファンづくりの科学的なマネジメントができていないからです。本書では、顧客ロイヤルティの定義からはじまり、構造化、定量化、分析、考察するロイヤルティアセスメント手法を、事例を交えながら解説しています。ファンづくりを、「思いのマネジメント」から「科学的なマネジメント」に変革するための知見が凝縮しています。
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