子供の頃の憧れ「運転手さん」を職業として実現させた人も多いですが、中にはバスを「自家用車」として所有し、自由に運転するという究極の趣味として実現させた人たちがいます。
そんな「自家用バス」のオーナーさんが集まるオフ会が開催される、という話を聞き、取材させてもらえないかと打診したところ、快諾が得られました。みなさん、どのようなバスライフを送っているのでしょうか。
待ち合わせ場所である、道の駅の大型車用駐車場に3台のバスが入ってきました。街中でよく見かけるタイプの路線バス、高速バス、そしてやや小型の観光バス……これらのバス、すべて個人所有の「自家用車」です。
今回のオフ会開催を知らせてくれたのは、大型夜行高速バス仕様の「いすゞ・ガーラ」を自家用車としている「ほい」さん。以前、記事でもご紹介した方で、現在所有するガーラは2代目です。
このほか、関東から「あつし」さん、そして「八良(はちよし)」さんが参加。3台のバスを連ねて、筆者の前へとやってきたのでした。それぞれのバスについて、話をうかがってみましょう。
■ バスの「スバリスト」幼い頃の夢を叶えた「八良」さん(富士重工・8Eボディ)
SUBARU(旧社名:富士重工業)の車を愛する人たちを「スバリスト」と呼びますが、八良さんはバスのスバリスト。バスは、シャーシ(エンジン)のメーカーと架装する車体のメーカーが異なることは当たり前で、富士重工は群馬県の伊勢崎製作所で各メーカーの車体を作っていました。
八良さんは青森県八戸市出身。小さい頃に見ていた富士重工製の車体を持つ八戸市営バスが、バス好きの原点なんだとか。
ユニークなところは、小さい頃から「バスを所有する」ことを将来の夢としていたこと。小学5年生の頃の作文で「将来の夢はバスを買うこと」と書いていたそうですから、早くからバスオーナーを意識していたんですね。
お金を貯め、免許も取得した八良さん。いよいよ憧れの富士重工製車体のバスを入手しようとしましたが、大きな問題が立ちはだかりました。
というのも、富士重工は2003年にバス車体製造を終えてしまい、バス事業から撤退していたのです。最後に作られた車体でも20年近く経過しており、現在の排ガス規制にも適合していないことから、ほとんどのバス事業者から引退していたんだそう。
八方手をつくし、まずは排ガス規制に適合させるNOx(窒素酸化物)・PM(粉塵)低減装置「スモークバスター」を入手。そして、バス事業者から引退するバスが出るのを1年半ほど待ち続けたといいます。
ツテをたどり、ようやく引退(廃車)するバスが見つかったのですが、長年走り続けたため、フロントアクセルやミッションに不具合が。この修理に半年あまりを費やし、ついに念願の富士重工製車体のバスオーナーになったそうです。
バスは富士重工製のR18型E車体(8E)を架装した、日産ディーゼル(現:UDトラックス)・スペースランナー(KC-RM211ESN:全長8.46m)。架空のバス会社「千城バス」という形にしています。「購入した以上の金額が修理にかかってしまったんですが、もうすでに廃車が進んでいて、ほかの個体の入手は難しいだろうと思い、購入を決断しました」と話してくれました。
車内を拝見すると、八良さんの出身地である八戸市営バスの路線図など、広告などは完全に八戸仕様。郷土愛あふれる内装となっています。
古い車両ということもあり、運転席は古くからの直結式マニュアルミッション仕様。「教習所ではフィンガーシフト(ジョイスティック状のシフトレバーで、電気信号により油圧や空気圧でギアチェンジする装置)だったので、よりエンジンの振動など『機械を動かしてる』という感じです」。
街中を走る路線バスということもあり、ギア比も低速寄りになっているそうで、あまりスピードは出ないんだとか。エンジン出力も控えめ(4トントラック用195PSのものを約6.8トンのバスに使用)で、市街地をゆっくり走ることに特化しているようです。
■ 奥様からバス購入を勧められた「あつし」さん(日野・リエッセ)
バスを自家用車にするのは、独身であればフットワーク軽く動けますが、家庭を持っているとなかなか難しいもの。ところが、あつしさんは奥様からバス購入を勧められた、という珍しい自家用バスオーナーです。
小さい頃から大型車が好きで、中でもバスなど「働く車」が好きだったこともあり、学生時代に免許を取得したというあつしさん。しかし色々あって、職業運転手の道には進まなかったんだとか。
そんな中、バスへの縁がつながったのは、週末だけアルバイトでバスの運転手をしている方と知り合ったこと。大型2種免許を保有していることを知り「バイトしてみる?」と誘われたんだそうです。
すでに結婚し、家庭を持っているあつしさん。大きな決断でもあるので、奥様に相談したところ「バスを運転したいなら、買えば?」と、まさかの展開になったといいます。
バスを自家用車にする、という形で「バスの運転手」になる幼い頃の夢が実現することになったあつしさん。自身で4台の車を所有していたところ、バスの駐車スペースを捻出するため2台を手放し、小型の観光バスにターゲットを絞って物色しはじめました。
巡り会えたのが、バス専門のレンタカー会社で使われていたという日野・リエッセ(RX系)。2000年式にもかかわらず、走行距離が平均よりずっと少ないこともあり、購入に至ったんだとか。
車内は小型の観光バス仕様。はじめから全席にシートベルトが付き、窓にはカーテンがあります。
コンパクトに機能が詰め込まれた運転席。リエッセはこのサイズでは珍しいリヤエンジン・リヤドライブ車なので「この大きさでも、ちゃんと運転感覚は『バス』なんですよ」とあつしさんは語ります。
■ ほいさんの「走るカプセルホテル」クルーレストを見学(いすゞ・ガーラ)
大型の夜行高速バスを自家用車にしている、と以前に記事でご紹介したほいさん。今回は車内を詳しく案内してもらいました。
いわゆる「フルサイズ」とされる、国内では最大級(連接バスを除く)の全長約12m。はじめからフルサイズにこだわった理由は「小さいバスから始めても、きっと『もっと大きなバスがいいな』となるような気がして。それならば最初からフルサイズにしようと」という、ある意味シンプルなものだそうです。
車内は30席未満にしやすい、3列シートの夜行高速バス仕様。高速バスということもあり、客席には3点式シートベルトも装備されています。
客席は大きくリクライニングできるとともに、フットレスト・レッグレストも装備。座ってみると、学生時代にお世話になった夜行高速バスを思い出します。
肘掛けの下にはAC100Vのコンセントもついています。スマホの充電などに便利ですね。
夜行高速バスといえど「路線バス」ですから、乗客が押す「降車ボタン」も装備。通常の路線バスではみだりに押すことはできませんが、自家用バスなら気軽に押せそうです。
ハイデッカー車体の中間部には、トイレとクルーレストにつながる階段が。トイレは、し尿を処理するのが個人では困難なため、使用禁止となっています。
トイレの横にある小さな「STAFF ONLY」と書かれている扉が、クルーレストの車内側出入り口。夜行高速便は長時間の乗務となるため、途中で交代する運転手がここで仮眠をとります。
車内側の入り口は狭いので、車外側出入り口からクルーレスト内部を見せてもらいました。雰囲気はカプセルホテルのようで、シングルサイズの布団を敷いてもなお余裕があるため、かなり居心地は良さそうです。車中泊も楽そうですね。
■ 自家用バスならではの苦労は?
維持費が高いなど、色々苦労もある自家用バスライフですが、遠出する際の苦労を2点、うかがいました。まずは「高速料金が高い」こと。
一般の軽自動車や普通車では、ETCを使った「休日割引」があり、お休みに出かける際は便利なのですが、自家用バスは「中型車」以上となるため適用外。特にほいさんが乗っているフルサイズ(全長約12m)は、一番高い「特大車」となるため、高速道路料金の負担は大きいとのこと。
休日割引は使えないものの、全車種対象の「深夜割引」は使えることもあり、高速道路は割引時間帯の0時〜4時に通行するよう心がけているそうです。深夜に移動するので、朝になってからの仮眠は必須ですね。
また、サイズが大きいため車中泊は楽なのですが、気軽に銭湯や日帰り温泉に立ち寄りにくい、というのは悩ましいところ。これは長距離トラックのドライバーが利用するような施設など、事前の下調べが大事かもしれません。
とはいえ、自家用車としてバスを所有するのは、大勢で出かけると修学旅行気分になったり、楽しいこともたくさんあります。今回のオフ会は平日開催だったので少なめの参加者でしたが、いずれ自家用バスがずらりと並ぶ「自家用バス祭り」のようなことが実現すると楽しそう。ほいさんはYouTubeに自身のチャンネル「ほいちゃんねる」を開設しており、日頃の自家用バスライフを動画でも紹介しています。
<取材協力>
ほいさん(@a82x6V8Sx1jEekG)
八良さん(@ilove7e/ホームページ:http://fuji8e.ko-me.com/)
あつしさん
(取材・撮影:咲村珠樹)