猫のためは人のため、人のためは猫のため。一見、言葉遊びのように見えますが、猫と暮らす上で、大変に重要なことだと、猫ジャーナルとしては考えております。人が無理を続けた結果、突然飼育を続けられない状況に陥れば、猫は飼い猫から野良猫になってしまい、まさに死活問題でありますし、その逆であれば、猫はストレスを抱えたまま生活を続けなければなりません。人間にとっても、猫を飼うことがストレスになってしまっては、精神衛生上よくありません。
そーいうときに、「ストレスを感じなければいいじゃない」というフランス王朝調の鈍感なアドバイスはまったく無意味でして、恐らく、もっともよい方法は、「何に対してストレスを感じるのか」を、自ら観察し見極めることであろうと思います。観察の対象は猫だけではありません、人間自身もであります。
さて、観察というもの、簡単なようで一筋縄ではいかないものです。自分自身の観察なんてのは生まれてこの方、物心が付いたときからしているように思えて、灯台下暗しというやつで、近すぎてピントが合わないレンズのように見えないものであります。自分のことは自分が一番よく知らない、というやつです。でも人間には言葉の通じる他人がいます。傍目八目他人の正目とは、よく言ったものです。
猫を観察するには、眺めていればいいわけですから、作業としては簡単です。しかし、人間と違って言葉の説明はありません。鳴き声と爪とぎとスプレーと、猫が行う通常の行動から判断するしかないのです。人間のほうが勝手に分かったつもりになってしまったら、猫の観察は永遠に空振りのままなのです。では、どうしたらいいのか。答えは「先達に学ぶ」ことであります。
以前、「類まれなる観察眼を持った建築家が、猫を観察対象にするとこうなる、という本」を上梓された、建築家の廣瀬慶二さんの新刊『猫がうれしくなる部屋づくり、家づくり』は、”猫と暮らす建築家が本気で考えた”との副題があるとおり、猫と暮らす家の作り方・考え方が紹介されている一冊です。では、新築で家を建てる選択肢のない人、DIYとかリフォームの選択肢を持てない人には関係ない話かというと、まったく違うのであります。
本書では、都市計画家のケヴィン・リンチが著書のなかで提唱した、都市を構成するエレメントとして挙げた「パス」「エッジ」「ディストリクト」「ノード」「ランドマーク」の5つを用いて、「猫の生活空間にとって、それらは何か?」という発想から、猫の家に必要な設計ロジックを解説しています。廣瀬さんの類いまれなる観察眼によって、猫にとって何がどう見えるのかが、感覚値ではなくロジカルに理解できるのです。
それが分かれば、猫のための家をドーンと建てることが、実はゴールではないとすぐに分かります。廣瀬さんという猫観察眼の先達の知見を学び、共に暮らす猫の視点に立って、現在、猫と住んでいる部屋や家が猫にとってどう見えているのか、確かめることから、猫がうれしくなる部屋づくり、家づくりは始まるのであります。ドーンと更地にして、ドドーンとおっ建てるばかりではありません。今の家を猫視点で再度観察することも、立派な”猫のための都市計画”なのです。その視点を持つための指南書と言っても過言ではないように思います。そういえば、本書にもこんなフレーズが載っていました。
猫のために人間が不自由をするのは設計のアプローチとして間違っていると私は思います。
『猫がうれしくなる部屋づくり、家づくり』P31より
猫のためは人のため、人のためは猫のためというのは、住まい作りにも通じる話であるようです。
[猫がうれしくなる部屋づくり、家づくり/プレジデント社]