寄生虫が高齢者の体力を減退させる
米国コロラド大学が601人の高齢者の協力を得て行った研究で、猫が媒介する寄生虫「トキソプラズマ」への血清反応が強く抗体の量が多い人は、疲労や筋肉の減少などの虚弱状態になりやすいことがわかりました。
この寄生虫が体内に取り込まれると、危険な行動を好んだり、精神疾患になりやすくなったりすることはこれまでわかっていましたが、今回の研究では体力の減退も進むことが明らかになったのです。
研究成果は2023年11月6日発行の「Journal of Gerontology: Medical Science」誌上で発表されました。トキソプラズマによる人間の健康への影響を探るため、コロラド大学ボールダー校、メリーランド大学医学部、スペインのア・コルーニャ大学など、国際的な科学者で構成されたチームが共同で研究しました。
「トキソプラズマ症は無症状だと思われがちですが、何年もあとで健康への重大な影響があるかもしれないのです」というのは、研究著者のChristopher Lowry教授(コロラド大学・統合生理学部)です。
年齢が上がると感染率も増加
米国民の11~15%はトキソプラズマに感染しているといわれます。とくに年齢が高くなるほどその率は上がります。世界では国民の65%が感染している国もあるという報告もあります。気づかないままに、人間の体内に寄生虫が潜み続けるのです。
研究では、スペインとポルトガルで65歳以上の601人について血液検査を行うと同時に、心身の老化現象「フレイル」(体重減少、疲労、認識力の低下、体力低下など)について測定を行いました。
その結果、対象者のうち、実に67%の人がトキソプラズマに感染していることがわかりました。さらに、トキソプラズマへの血清反応が強い人や抗体の濃度が高い人のほうが、より衰弱していることがわかったのです。
当初研究チームは、トキソプラズマ感染とフレイルとの因果関係は予想していませんでしたが、「この研究によって、トキソプラズマ症と高齢者のフレイルには関連があると初めてわかりました」と共同著者Blanca Laffon教授(ア・コルーニャ大学・生化学センター)はいいます。
猫の糞便を通じて感染
では、猫はどのようにトキソプラズマを媒介するのでしょうか。
この寄生虫に感染した動物(鳥やネズミなど)を猫が食べると、その腸内に住み着いて増殖を続け、やがて糞便に混じって卵を排出します。人間は猫用トイレにふれたり、汚染水や汚染された野菜・果物を口にしたりして、寄生虫の卵に接して感染することが多いのです。このほか加熱不十分な豚肉や羊肉などで感染することもあります。
感染しても気づかないことが多く、わずか1割の人だけが初期にインフルエンザのような症状を示します。しかしトキソプラズマは体内、とくに筋肉や脳の組織(感情を処理する機能のある領域など)に潜伏し続けます。
トキソプラズマ症のネズミは、猫を恐れなくなってすぐに捕獲されてしまうといいます。野生では、感染したチンパンジーがヒョウの尿の臭いに吸い寄せられ、襲われやすくなることも報告されています。
人間が感染すると、危険な行為を好むようになります。ある研究によると、感染者は衝動的で起業家精神が旺盛で、交通事故に遭う可能性も高いことがわかっています。また統合失調症、特定の気分障害、認知障害になりやすく、自殺未遂をする可能性が高いという専門家もいます。
さらなる解明に期待
研究では、血清反応が高くて虚弱な人は、特定の炎症マーカーの数値も高いことがわかっています。つまり、トキソプラズマの感染が、加齢によって起きている炎症をより悪化させる可能性があるというのです。この寄生虫は筋肉内部に潜む傾向があるため、年齢による筋肉の衰えをさらに進めているのではないかと考えられます。
一方で寄生虫などの微生物は、人間の免疫機能や精神の健康によい影響を与える例も多く見られます。トキソプラズマについても、未知のメリットがあるのかもしれません。時と場合によって、寄生虫はわたしたちの味方になったり、敵になったりするのですね。
Lowry教授によると、トキソプラズマは特定の薬や癌などの免疫不全疾患によって活性化し、体に悪影響が出る可能性があるそう。たとえ健康な免疫力を持っていても、年齢とともに機能が低下するために、体に潜んでいた寄生虫が再び活動することもあるのです。
今回の研究をきっかけに、トキソプラズマとフレイルの関係がより明らかになって、体内の寄生虫が悪さをするのを防ぐ手立てが見つかることが期待されます。
出典:Infection with common cat-borne parasite associated with frailty in older adults
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