古代ギリシアの哲学者ピタゴラスは、「三平方の定理」をはじめ現代においても重要となるさまざまな発見をした数学者です。
しかし、同時に彼は優れた発明家でもありました。
彼の発明品の中で、特に多くの人々を魅了しているものが「ピタゴラスのカップ」と呼ばれる盃です。
「貪欲な杯」としても知られるこのカップは、なんとワインを欲張って注ぎすぎると、中身が全部底から流れ出てしまうのです。
なんとも教訓めいたこのカップは、いったい如何なるものなのでしょうか?
目次
- 注ぎすぎると中身がなくなるカップ
- サイフォンの原理ってなに?
注ぎすぎると中身がなくなるカップ
「ピタゴラスのカップ(Pythagorean cup)」あるいは「貪欲なカップ(greedy cup)」と呼ばれる杯は、中心にポールの入った独特の形状をしています。
このカップに水を注ぐと、普通に中に水が満たされていきますが、一度真ん中のポールの高さを超えてしまうと、中身が全部底から流れ出てしまいます。
まったく知らないという人は、まず下のようなカップを紹介している動画を見てもらうと早いでしょう。
確かにカップに注いだ水は、ある高さを超えるとカップの底から流れ出てしまっています。
なぜこのようなことが起きるのでしょう?
この仕組みを理解するため、カップの断面図を見てみましょう。
こうしてみると、このカップの秘密はカップの真ん中に立てられたポールにあることがわかります。
カップはこのように、中央のポールの中をU字型の管が走っており、底にこの管とつながる穴が空いています。
1度カップの中身が、ポールより高い位置まで水位をあげてしまうと、たちまち管を伝って中身がすべて流れ出ていってしまうのです。
しかし、なんで1度管に水が流れ始めると、中身がなくなるまで水は流れ続けるのでしょう?
これはサイフォンの原理と呼ばれるものを利用しています。
サイフォンの原理ってなに?
サイフォンというのは、水槽に溜めた水の中に液体が満たされた管を入れたとき、その管の終端が水面より低い位置にあれば、たとえ途中で出発点より高い位置を通っていたとしても、水を吸い上げるようにして流すことができる装置のことです。
高低差さえ作れば、動力無しで水を押し流すことができるこの仕組は、非常に便利なため現代でも水洗トイレや、灯油のポンプをはじめさまざまな場所で利用されています。
そして単純ながら強力なこの仕組は、紀元前の昔からすでに人々に知られていました。
ローマ水道などもサイフォンの原理を利用して、途中で低い土地を通ったりしても問題なく都市まで水を運んでいました。
日本でも、石川県にある金沢城は、兼六園に溜めた池の水を場内まで引き込む引き込むために、サイフォンの原理を利用しています。
このように古くから知られていたサイフォンは、当然ピタゴラスも知っていました。
そこで彼はこの仕組を利用して「貪欲なカップ」といういたずらを思いついたのでしょう。
ピタゴラスの目的がなんだったのかはよくわかりませんが、おそらくは、人々にほどほどにお酒を飲ませ、節度を教えるためだったと想像されています。
欲張ってしきい値を超えたワインをカップに注いだ者は、たちまち貴重なワインをすべて床にこぼしてしまうのです。
このカップを使った欲張り者の落胆は大きかったでしょう。
これは非常に優れたデザインだったため、その後の時代でも世界各地に同系のカップが伝わっています。
日本の長岡藩では十分盃(じゅうぶんはい)の名で伝わっており、中国でも公道杯という名で同型の盃が存在しています。
こうした発明を見るだけでも、ピタゴラスがいかに優れた人物だったかがうかがい知れます。
※この記事は2021年公開の記事を再編集したものです。
参考文献
The Pythagorean cup – the vessel that spills your booze if you’re too greedy(Zme Science)
https://www.zmescience.com/science/physics/the-pythagorean-greedy-cup-423545/
ライター
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。
編集者
ナゾロジー 編集部