私たちの世界には、前後・左右・上下という3つの空間の向きと、1つの時間の向きがあります。
物理学では、この時間と空間をひとまとめにして「時空」と呼びます。
では、なぜ時間は0本でも2本でもなく、ちょうど1本なのでしょうか?
重力を量子の言葉で説明しようとする理論(量子重力理論)の多くは、時間と空間の本数を最初から決めたうえで作られてきました。
この問いには答えを出さずに、脇に置いてきたとも言えます。
そこで今回、時空を小さな平らな積み木の集まりとみなし、時間の本数を前提にせず計算から導こうとする研究が行われました。
積み木をでたらめに何億個も作ってみたとき、時間はいったい何本になったのでしょうか?
研究の詳細は、2026年10月22日付で『arXiv』に公開されました。
「三角形にならない3本」が三角形になる場所

話の出発点は、誰もが学校で習う三角形です。
3本の棒で三角形を作るには、どの2本を足しても、残る1本より長くなければなりません。
この決まりを「三角不等式」と呼びます。
研究チームが例に挙げるのは、約1.73と約2.23という短い2本に、長い1本を組み合わせた3本の辺です。
短い2本を足しても約3.96ですが、長い1本は約4.89もあります。
ふつうに考えれば、これでは三角形は閉じません。
ところが研究チームは論文の冒頭で、「3本の辺はいつでも三角形を作れる」と言い切ります。
三角不等式を満たす3本は、私たちが紙に描く平らな面(ユークリッド平面)に収まります。
満たさない3本は、時間の向きを1本含んだ平面(ミンコフスキー平面)の上でなら、きちんと三角形になるのです。

この平面では、時間方向のずれが距離を伸ばすのではなく、逆に縮める向きに数えられます。
そのため、ふつうの感覚では「長すぎる」辺を含む3本でも、角をうまく置けば三角形が閉じます。
つまり、三角不等式を満たすかどうかを見れば、その三角形がどんな空間に住んでいるかが分かるのです。
さらに研究チームは、0から1までの長さをでたらめに選んで三角形を作ったとき、ふつうの三角形とミンコフスキー三角形がそれぞれどれくらいの割合でできるかも調べています。
辺の長さをすべて空間方向に限ると、両者はちょうど半々(50%ずつ)になります。
辺に時間方向の長さも混ぜてよいことにすると、ミンコフスキー三角形は87.5%まで増えます。
研究チームの狙いは、この三角形の考え方を、私たちの住む4次元の時空にまで広げることでした。
宇宙の「積み木」をでたらめに作ったら、時間は何本になった?

量子重力理論には、時空をなめらかな布のように扱う理論があります。
一方で、平らな小さな積み木をつなぎ合わせたものとして扱う理論もあります。
なめらかな布の理論では、時間と空間の本数は時空全体で1つに決まっています。
本数を変えたければ、本数の違う時空どうしを境目で貼り合わせるしかありません。
これに対して積み木の理論では、積み木の一つひとつが、自分の辺の長さに応じて別々の本数を持てます。
時間の本数が、辺の長さで決まる「変数」になるわけです。
ここで使う積み木は、三角形を4次元に広げた図形で、4単体と呼ばれます。

研究チームは、こうした理論の一つ(量子レッジェ計算)を土台に、ごく簡単な「おもちゃのモデル」を用意しました。
そして時空がどう動くか(力学)はあえて無視し、辺の長さが取りうる値の広がりだけに注目しました。
具体的には、決めた範囲から辺の長さを均等にでたらめに選び、できた積み木ごとに時間と空間の本数を数えます。
本数の判定には独立した2つの計算方法を使い、両者の答えが一致することも確かめています。
積み木の形は、時間が0本のものから4本のものまで、全部で5通りありえます。
まず研究チームは、すべての辺を空間方向の長さに限って計算しました。
そして、辺の長さに「これより短い辺は考えない」という下限を設け、その値を何通りにも変えて調べました。時間1本の形が最も多くなったのは、この下限をプランク長と呼ばれるきわめて小さな長さに当てはめた条件です。

各辺の長さは、プランク長の1倍から5倍の範囲で選びます。
その結果、約85%の積み木が、私たちの宇宙と同じ「時間1本」の形になったのです。
積み木を100個作れば、そのうち85個ほどが私たちと同じ時間の本数を持つ計算です。
残る約15%は、時間のない形と時間2本の形が、ほぼ半々で分け合いました。
時間が3本や4本になる形は、この条件では1つも現れませんでした。
一方で、下限を大きく取ると、辺の長さがほぼ1つの値に集まり、どの辺もほぼ同じ長さの積み木ばかりになります。そうした積み木は時間のない空間にしか収まらないため、時間0本の形が最も多くなりました。
しかも、この約85%という割合は、時空の動きを一切考えず、辺の長さの選び方だけから出てきたものです。
研究チームは、時間の本数は理論の前提として必ずしも決め打ちする必要はなく、理論から予測できるものだと述べています。
時間が1本であることは、積み木の数え上げから自然ににじみ出る性質なのかもしれません。
時間方向の辺を混ぜると、多数派は「時間2本」に

では、辺の長さに時間方向のものも混ぜると、どうなるのでしょうか。
三角形では、混ぜることでミンコフスキー三角形が87.5%まで増えたのでした。
ところが4次元の積み木では話が逆転し、時間2本の形が72〜81%を占めて最多になりました。
この割合は、調べた範囲では、下限の長さをどこに置いてもこの幅に収まっていました。
少なくともこのモデルでは、辺の長さをどの範囲から選ぶかが、時間の本数の分布を大きく左右するのです。
研究チームは、この結果が一つの目安になると考えています。時間1本の宇宙を高い確率で予測するには、理論がどんな下限と長さの範囲を備えるべきか、という目安です。
なお、辺をすべて時間方向に限ると、空間方向の辺だけの場合と比べて、時間と空間の本数をそっくり入れ替えた結果になりました。
空間方向の辺だけで作った積み木の中には、意外な少数派もいました。
時間が3本で空間が1本という、私たちの宇宙を裏返したような形です。

研究チームが作った空間方向の辺だけの積み木は、データ全体で2.1億個にのぼります。
その中で裏返しの形はごくわずかで、ある下限の条件では10万個に3個ほどの割合でした。
研究チーム自身も、これはかなり直感に反する結果だと書いています。
一方で時間4本の形は、辺がすべて空間方向だと原理的に作れず、ちょうど0%でした。
これらの結果は、時空全体のつながり方(位相)や積み木の組み方を変えても、ほとんど変わりませんでした。
試したのは、積み木をつながずにばらばらに置いた場合と、積み木を組んで4次元の球体(中身の詰まった球)や4次元の球面(球の表面)にした場合の3つです。
隣り合う積み木は辺を共有するので、互いの形が無関係とは限りません。
それでも今回のデータでは、その影響で割合が目立って変わることはありませんでした。
研究チームは、時間の本数が積み木ごとに、その辺の長さによってその場その場で決まる、という見方と合う結果だと説明しています。

ただし、この計算には大きな前提があります。
時空の動きを決める部分(作用)をゼロと置き、辺の長さを均等にでたらめに選んでいる点です。
そのため研究チームは、得られた割合を現実の宇宙の確率や、完成した理論の予測として受け取るべきではないと強調しています。
その代わり、平らな積み木で時空を組む多くの理論に共通する「出発点」になる結果だとも述べています。
時空の動きを加えたとき、この割合が保たれるのか、下がるのか、高まるのかは、これからの課題です。
研究チームは、時間1本の形の割合をさらに押し上げられる可能性もあるとみています。
少なくともこのおもちゃのモデルでは、辺をすべて空間方向に限り、長さの範囲と下限をうまく選ぶと、時間1本の形が最も出やすくなりました。これは現実の宇宙の確率ではありませんが、時間の本数を前提に置かず、理論から予測しようとする道筋を示した結果といえます。
参考文献
Minkowski metric signature as a statistical prediction of piecewise-flat quantum gravity (arXiv (Cornell University))
https://doi.org/10.48550/arxiv.2610.31776
元論文
Minkowski metric signature as a statistical prediction of piecewise-flat quantum gravity
https://doi.org/10.48550/arxiv.2610.31776
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
