私たちの体をつくる細胞は、内部に核を持つ複雑な細胞で、こうした生き物は真核生物と呼ばれます。
真核生物は、古細菌(アーキア)という微生物の一群から生まれたと考えられています。
その起源にかかわるとされるのが、かつて「アスガルド古細菌」と呼ばれた仲間です。
今はプロメテアーキオータ(Promethearchaeota)という名前で呼ばれています。
ただ、これまで実験室で育てられたこの仲間は、真核生物から見るとまだ遠い親戚でした。
そのため、私たちの細胞の成り立ちには、分からないことが多く残っていました。
今回、真核生物に最も近い枝の古細菌が、千葉県のガス井から見つかり、実験室で育てられました。
人間の細胞の「いちばん近い親戚」は、どんな体で、どんな暮らしをしていたのでしょうか?
研究の詳細は、2026年10月28日付で学術誌『Nature』に掲載されました。
噴き出す塩水の下、ガス井の壁に暮らす微生物

研究チームが目を付けたのは、千葉県・房総半島にある天然ガスの井戸でした。
井戸にはメタンを含む塩辛い地下水が湧き、壁には微生物の膜(バイオフィルム)ができています。
この塩水は間欠泉のように時おり噴き出し、そのたびに水位が一時的に下がります。
そのため、ふだんは酸素のない地下由来の塩水に沈んでいる壁のバイオフィルムも、1時間おきに空気、つまり酸素にさらされていました。
そこに少しだけ混じっていたのが、ヘイムダルアーキア(Heimdallarchaeia)と呼ばれる古細菌です。
古細菌の中で、真核生物に最も近い所で枝分かれしたグループにあたります。

チームは井戸の塩水をろ過して培養液の土台にし、酸素を取り除く薬をあえて入れずに育て始めました。
わずかな酸素にさらされる、自然に近い条件を残すためです。
約3か月後に目当ての古細菌の遺伝子が見つかると、餌として粉ミルクとカザミノ酸(分解したタンパク質)を加えました。
同時に5種類の抗生物質を加え、ほかの細菌を減らしていきました。
最後まで残った細菌も1種ずつ取り出し、効く抗生物質を調べて追い出しています。
こうして最初の採取から3年後、メタンをつくる微生物1種とだけ暮らす状態で、目当ての古細菌が取り出されました。
この株はHC1株と名付けられ、同じ仲間のSC1株も別に得られました。
HC1株は、30℃で育てても数が2倍になるのに7〜12日かかる、とても気の長い微生物でした。
増えるのに1週間以上、その間に細胞は何を伸ばしていた?

では、HC1株はどんな姿をしていたのでしょうか。
顕微鏡でのぞくと、細胞は丸い粒の形をしていました。
直径は平均1.3マイクロメートルで、1ミリの約770分の1ほどです。
その表面からは、何本もの細長い突起が伸びていました。
突起の太さは約370ナノメートルとそろっていますが、長さはまちまちで、枝分かれや膨らみもありました。
目を引くのは、その量です。
突起を合わせた体積は、平均で細胞本体の142%に達していました。
本体より突起の方が大きく、細胞全体の半分以上を突起が占めていた計算です。
また、細胞の中や突起の中には、アクチン繊維(細胞の形を支える骨組みの一つ)に似た構造も見つかりました。

一方で、細胞の内側には、ずっと残り続ける膜の仕切りが見られませんでした。
私たちの細胞のように、膜で区切った部屋をいつも中に備えているつくりではなかったのです。
袋のような構造がまれに細胞の中に見られることはありましたが、研究チームは一時的なものとみています。
さらに興味深いのは、分裂している最中の細胞です。
電子顕微鏡で見ると、形から2つに分かれかけているとみられる細胞には、どれも突起がありませんでした。

研究チームはここから、突起づくりと分裂は同時には起こらないと考えています。
これまでに分離されたこの仲間の株はみな、分裂よりも体や膜づくりに力を注ぐようにふるまうといいます。
これは、ふつうの細菌や古細菌とは対照的なふるまいです。
この仲間は、これまでに分離された株でも、ほかの微生物を減らして割合を大きく高めた状態で育てられたものでも、いずれも突起が助け合う相手の微生物にくっつく様子が観察されています。
HC1株とSC1株でも、相手と接する所に、らせん状の細い繊維がよく見られました。

突起も細胞もしなやかで、水の中でゆらゆら揺れる様子も記録されています。
ただし、ホルムアルデヒドで細胞を固定する(薬で細胞の形をそのまま保つ)と突起が外れやすいため、固定した細胞で形を決めるには注意が要るといいます。
遺伝情報の全体(ゲノム)も読み取られました。
HC1株のゲノムは791万塩基対で、これまで報告された、環境中のDNAから組み立てたヘイムダルアーキアのゲノム(MAG)のどれよりも大きなものでした。
また、HC1株とSC1株は、真核生物に特徴的なタンパク質(ESP)をそれぞれ27種類と29種類持っていて、ヘイムダルアーキアの中で上位4分の1に入る多さでした。
HC1株には「マーギュリスアーキウム」という仮の名前が提案されています。
つまり人間の細胞にいちばん近い親戚は、突起で相手とつながる一方、中身には長く残る膜の仕切りを持たない単純なつくりの微生物だったのです。
酸素を使う酵素を、酸素を嫌う微生物が持つのはなぜか

HC1株のゲノムには、もう1つ気になる遺伝子がありました。
酸素を使う生き物が呼吸に使う酵素、シトクロムcオキシダーゼ(Cox)の遺伝子です。
素直に考えれば、酸素を吸って生きる力があるように思えます。
ところが、酸素がある条件でも、わずかにある条件でも、HC1株の培養は育ちませんでした。
HC1株もSC1株も、酸素を嫌う「偏性嫌気性」の微生物で、タンパク質のかけらを分解し、相手と助け合って暮らしていたのです。
一方で、酸素を使う生き物が一緒にいる時には、わずかな酸素があってもHC1株は育ちました。

研究チームはここから、Coxは呼吸のためではなく、酸素の害を消す「解毒」に使われていると見ています。
ゲノムを比べると、これまで調べられたCoxを持つ仲間も、酸素で呼吸していない可能性が高いといいます。
では、この発見は私たちの細胞の起源について、何を語るのでしょうか。
酸素を嫌うこと、中に長く残る膜の仕切りを持たないこと、膜の突起を持つことは、この仲間に広く共通していました。
そこで研究チームは、真核生物の祖先となった古細菌も、同じような特徴を持っていた可能性があると考えています。
もしそうなら、古細菌から真核生物へ移る間に、細胞のつくりは急激に変わったことになります。

暮らし方も、酸素を嫌う生活から、酸素も使える生活へと大きく切り替わったことになります。
さらにこの筋書きでは、祖先の古細菌と、ミトコンドリア(細胞の中でエネルギーをつくる小器官)の祖先との初期の付き合いは、酸素の少ない環境で起きた可能性が高いといいます。
その付き合いの少なくとも一部は、酸素の解毒によって支えられていたのかもしれません。
ただし、今回育てられたのは今を生きる微生物で、祖先そのものではありません。
示されたのは、培養で分かった性質をもとに描いた、細胞の誕生の一つの筋書きです。
突起で相手にしがみつき、酸素の害をかわして暮らす小さな粒に、私たちの細胞の始まりが重なるのかもしれません。
写真で見る、突起を伸ばす古細菌たち




参考文献
Eukaryotes’ closest relatives are internally simple syntrophic peptidotrophic archaea (Nature)
https://doi.org/10.1038/s41586-026-11170-7
元論文
Eukaryotes’ closest relatives are internally simple syntrophic peptidotrophic archaea
https://doi.org/10.1038/s41586-026-11170-7
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
