ハグは、言葉を使わずに気持ちを伝えられる、ごく身近な触れ合いです。
やさしく抱きしめ合うと、肌でやさしい触れ合いを感じ取る神経(C触覚線維)が刺激され、ストレスへの体の反応が和らいだり、心拍が落ち着いたりするとされています。
人と人との結びつきに関わるホルモン「オキシトシン」が出ることもいわれています。
ところが、ハグの受け止め方は人によって大きく違います。
ある人には深い安らぎになる抱擁が、別の人には体のこわばりや気まずさを生むこともあります。
では、ハグを心に残る良い思い出として覚えている人と、そうでない人は、何によって分かれるのでしょうか。
英国の1万5000人を超える大人の回答から、その手がかりが見えてきました。
研究の詳細は、英ブリストル大学らにより、2026年10月28日付で学術誌『PLOS One』に掲載されました。
1万5000人に「心に残ったハグ」を尋ねた調査

人との触れ合いが体と心の健康に役立つことは、これまでも知られてきました。
しかし、どんな人がハグを良い記憶として残しやすいのかは、ほとんど分かっていませんでした。
そこで英ブリストル大学のアンナ・レナ・デューレン氏らは、大規模な調査のデータを分析しました。
使ったのは、触れ合いへの考え方や行動を尋ねるオンライン調査「タッチテスト(Touch Test)」です。
BBCの番組などで参加を呼びかけたこの調査には、謝礼なしで4万人を超える人が答えました。
研究チームはこのうち、英国の大人1万5049人の回答を分析の対象にしました。
回答者は、気持ちに良い影響を受けたハグを覚えているかどうかに答えました。
覚えている人は、そのハグが心に残った理由も選びました。
選択肢は「安心させてくれた」「支えになった」「体が高ぶった」「親しみを感じた」「幸せな気持ちになった」「触れ合いが足りなかった後だった」「分かってもらえた感じがした」などです。

あわせて、ハグの頻度や、あいさつでハグをするか、ハグが嫌いかどうかも尋ねています。
さらに、共感する力や、体についての感じ方が触れ合いとどれだけ結びついているか(服を肌触りで選ぶ、触れられ方で体への自信が変わる、など)も測りました。
人との距離の取り方のくせ(愛着スタイル)も、質問で調べています。
子どもの頃については、「両親が毎晩ベッドに寝かしつけ、おやすみのハグとキスをしてくれた」という一文で尋ねました。

「人をどれくらいの強さでハグすればいいのか分かりにくい」という文に、5段階で答える質問もありました。
調査が行われたのは、2020年1月下旬から3月末にかけてです。
ちょうど英国で新型コロナの流行が広がった時期で、人々の触れ合い方が変わった可能性がありました。
そのため研究チームは、回答を終えた日付も分析に加え、その影響を考えに入れました。
こうして、ハグの記憶と人の特徴の関係を、1万5000人規模で見比べられるようになったのです。
1万人を超える人が思い出したハグ、その決め手は何?

結果から言うと、気持ちに良い影響を受けたハグを覚えていたのは、1万457人でした。
全体の69.5%にあたり、およそ10人に7人が「良いハグの記憶」を持っていたことになります。
覚えていないと答えたのは4589人で、覚えている人はその2倍を超えていました。
では、そのハグはなぜ心に残ったのでしょうか。
心に残った理由として選ばれた答えには、はっきりした偏りがありました。
最も多かったのは、「安心させてくれた(comfort)」という理由です。
反対に、最も少なかったのは、「体が高ぶった(arousal)」という理由でした。
記憶に残るハグとして最も多く挙がったのは、体が高ぶるハグではなく、安らぎをくれたハグだったのです。
研究チームはこの結果から、ハグは主に安心や支え、理解を伝えるものとして記憶されていると考えています。

一方で、理由の選び方には男女の違いも見られました。
女性は男性より、「安心」を理由に挙げやすい傾向がありました。
なお過去の研究では、ハグでストレスが和らぐ効果が女性には見られ、男性には見られなかったという報告もあります。
男性は女性より、「体の高ぶり」「親しみ」「分かってもらえた感じ(理解)」を挙げやすい傾向がありました。
中でも差が大きかったのが、体の高ぶりです。
「安心」ではなく「体の高ぶり」を理由に挙げる見込み(オッズ)は、男性が女性のおよそ6倍でした。
親しみについても、男性の見込みは女性のおよそ2.8倍でした。
ただし、男女の違いそのものの大きさは、全体として見れば小さいものでした。
また、男性で目立つとはいえ、体の高ぶりが全体で最も少ない理由だった点は変わりません。
ハグの記憶の中身には、男女で少しずつ違う色合いがあったのです。
共感力や「人との距離の取り方」と結びついていたハグの記憶

では、良いハグを覚えている人と覚えていない人では、何が違ったのでしょうか。
研究チームは、調べた特徴をまとめて分析に入れ、どれが記憶と結びつくかを調べました。
まず、共感する力が高い人ほど、良いハグを覚えている見込みが高くなっていました。
相手の気持ちを頭で理解する力と、心で感じ取る力の、どちらでも同じ傾向が見られました。
体についての感じ方が触れ合いと強く結びついている人も、良いハグを覚えている傾向がありました。
興味深いのは、人との距離の取り方(愛着スタイル)で、正反対の結果が出たことです。
人に頼らず心の距離を取りたがる「回避型」の傾向が強い人は、良いハグを思い出しにくくなっていました。
反対に、見捨てられないかと心配しがちな「不安型」の傾向が強い人は、良いハグを思い出しやすくなっていました。
安心を強く求める人ほど、抱きしめられた瞬間が支えとして心に残りやすいのかもしれません。

ハグそのものへの苦手意識も関わっていました。
「どれくらいの強さでハグすればいいか分からない」と感じる人ほど、良いハグを覚えている見込みが低い傾向がありました。

ハグが嫌いな人も同じで、逆にあいさつでハグをする人は、良いハグを覚えている傾向がありました。
一方で、はっきりした関係が見られなかったものもあります。
子どもの頃に毎晩おやすみのハグをしてもらっていたかどうかと、良いハグを覚えている見込みの間には、統計的にはっきりした関係は見られませんでした。
ふだんどれくらいハグをするかや、年齢、性別、回答した日付にも、関係は見られませんでした。
研究チームは、子どもの頃の質問で寝かしつけ・ハグ・キスを1問にまとめた点を、測り方の限界として挙げています。

そのため、この結果は探索的なもの(手がかりを探る段階のもの)で、さらに確かめる必要があるとしています。
また、見つかった結びつきは、どれも大きさとしては小さなものでした。
回答者の4分の3は女性で、西洋社会に住む人たちだったことにも注意が要ります。
さらに一度きりの調査なので、性格がハグの記憶を生んだという因果関係までは分かりません。
研究チームは今後、性格やこれまでの経験、ハグが起きた場面が、受け止め方をどう形づくるのかを調べたいとしています。
それによって、いつ、誰にとってハグが慰めや支えになるのかを理解できるかもしれない、と述べています。
多くの人が覚えていたのは、体が高ぶるハグよりも、安心をくれたハグでした。
そしてその温もりがどれだけ心に残るかは、相手の気持ちを感じ取る力や、人との距離の取り方と結びついていたのです。
写真で見る人と人との触れ合い




参考文献
Why Some People Love Hugs While Others Hate Them (Neuroscience News)
https://neurosciencenews.com/hugs-emotion-empathy-psychology-32356/
元論文
Why we hug: Individual differences predict emotional touch memories
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0359868
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部
