オランダのユトレヒト大学(UU)で行われた研究によって、飛んでも飛ばなくてもご褒美は同じ場合、モモイロインコは平均99.9%の割合で飛び立つことが明らかになりました。
研究を率いた行動生物学者のヨルグ・マッセン氏は「鳥はしばしば明確な目的もなく飛びます。彼らが飛ぶことを楽しんでいるからそうするのかどうかは、私が生涯ずっと疑問に思ってきたことです」と語っています。
では、そこまでして飛び立った鳥の心では、いったい何が起きていたのでしょうか。
研究内容の詳細は2026年6月30日に『Behaviour』にて発表されました。
目次
- 鳥たちはご褒美なしでも99.9%が飛んでいた
- 鳥は飛ぶと前向きな気持ちになる
- 鳥は飛べない日が続くと悲観的になる
鳥たちはご褒美なしでも99.9%が飛んでいた

舞台となったのは、オランダのアルフェン・アン・デン・レインにあるアビファウナ鳥類公園です。
主役は、モモイロインコという名前のオウム。淡いピンクと灰色をまとった、オーストラリア原産の鳥です。
名前に「インコ」とついていますが、分類のうえではオウムの仲間です。
この公園には、毎日開かれるフリーフライトショーがあります。
午後1時40分、鳥小屋の扉が自動で開くと、鳥たちは池の上空へ飛び出し、両側に並んだ観客席の間を舞うのです。
ここで大事なのは、誰も鳥を追い立てないという点です。
扉は自動で開くだけで、飛び出したくない鳥は、そのまま小屋の中にいてもかまいません。
しかも小屋に残った鳥も、ショーが終わったあと、飛んだ鳥とまったく同じ食事をもらえます。飛んでも飛ばなくても、得られるエサは変わらないのです。
こうなると、鳥にとって「飛ぶ」という行動には、少なくとも“飛んだからエサが増える”という得はないわけです。
しかし研究者が調べた結果、飛ぶ機会を与えられたとき、鳥たちが飛ぶことを選んだ割合は平均99.9%にも達しました。
飛ばない自由と飛ぶご褒美がないなかで、この数値は非常に興味深いと言えます。
しかし「鳥が飛ぶのが好きだなんて、わざわざ実験しなくても分かることだ」という人もいるでしょう。
ですが科学の世界では、これが長いあいだ言えなかったのです。
空を舞う鳥を見上げて「楽しそうだな」と思うのは、ごく自然な感想です。
しかしそれをそのまま「人間が見て楽しそうだから、あの動物も楽しいはずだ」と決めつけてしまうことは、動物行動学の教科書では初歩的な間違いであるとされていました。
たとえば「犬の反省顔」の実験が有名でしょう。
いたずらを見つけて叱ると、犬は耳を伏せ、目を逸らし、いかにも申し訳なさそうな顔をします。動画サイトでも定番の光景で、私たちはつい、一番申し訳なさそうな顔をした犬こそ犯人だと読み取ってしまいがちです。
ところが2009年、アメリカのバーナード大学のアレクサンドラ・ホロウィッツ氏が、この表情の正体を確かめる実験を行いました。
飼い主が「食べてはいけない」と命じたおやつを部屋に残し、犬を1頭だけにします。
そして飼い主が戻ってきたあと、犬が実際に食べたかどうかとは関係なく、叱ったり叱らなかったりしました。
その結果、「反省顔」が出るかどうかを決めていたのは、犬が食べたかどうかではなく、飼い主が叱ったかどうかでした。
しかも、何も食べていない濡れ衣の犬を叱ったときのほうが、その表情はむしろ強く現れたのです。
人間は「悪さをしたこと」「𠮟られたこと」「反省をすること」「反省を顔に出すこと」を勝手に繋げて「犬の反省顔」という名前をつけていましたが、実情はそれとは程遠いものだったのです。
人間の直感をそのまま当てはめることが、如何に危険かがわかるでしょう。
では逆に人間との一致点を全て無視すればいいかというと、そうでもありません。
犬の反省顔は人間の直感と解離がありましたが、犬の嬉しい気持ちについては、人間もわりあい正確に読み取れることが知られています。
実際、霊長類学者のフランス・ドゥ・ヴァールは、こうした決めつけを「擬人否定」と名づけ、これもまた同じくらい研究を歪めると指摘しています。
「動物にも感情がある」と勝手に重ねるのも危ういが、「動物に感情などない」と頭から否定するのも同じくらい危うい。
この板挟みが、動物の感情研究をずっと足踏みさせてきました。
この行き詰まりに突破口を開いたのが、1970年代後半に心理学から生まれた考え方でした。
感情というものを、目に見えない一枚岩のかたまりとして扱うのをやめて、いくつかの部品の組み合わせとして考える——そういう発想の転換です。
人が感情を経験すると、その痕跡は3つの場所に現れます。
まず行動が変わる。
次に、物事の判断が楽観的になったり悲観的になったりする。
そして体内ではホルモンが変動する。
主観的な気持ちそのものは覗けなくても、この3つの部品なら動物でも測れます。
今回の研究チームは、この3方向から同時にモモイロインコを包囲することにしました。
鳥は飛ぶと前向きな気持ちになる

調査に当たってはまず17羽のモモイロインコを対象に、「飛べた日」と「飛べなかった日」を意図的に用意し、鳥たちに見られる15種類の行動がこの2つの日でどう変わるか調べられました。
結果、飛べた日と飛べなかった日で15種類のうち3つに変化が現れました。
1つ目は、頭の羽を立てる回数。
2つ目は、頭を掻く回数。
3つ目が、エサを探す行動でした。
1つ目の、頭の羽を持ち上げるあの動作は「テンションが上がっている」サインとされています。
ただこの動作は嬉しくても、腹が立っていても出ます。
ところが今回は、そこを切り分ける材料がありました。観察期間中、鳥どうしの争いはほとんど記録されていないのです。喧嘩がないのに冠羽が立ち、しかもそれが飛行の直後に集中していたのです。
そのため研究者たちは、頭の羽を持ち上げる頻度の増加は、飛行による前向きな興奮によるものだと考えました。
2つ目の頭を掻く回数は、判断が割れました。
落ち着いている証拠とも、逆にストレスの表れとも読めますし、そもそも飛んで羽が乱れたので整えていただけかもしれません。今回は切り分けられませんでした。
しかし3つ目のエサを探す行動ははっきりした手掛かりがみられました。
飛んだあとの鳥は、地面をつついて種を探す時間が明らかに長くなっていたのです。
空腹のせいではありません。この実験では、飛んでも飛ばなくても、直後に同じ食事がたっぷり出ます。つまり彼らは、満腹のまま種を探していたことになります。
これは腹の話ではなく、余裕の話です。
人間でいえば、夕食を終えたあとに、なんとなく棚を拭いたり、明日の支度をしたりする、あの時間に近いかもしれません。やらなくても困らないし、切羽詰まった日にはまず最初にやらなくなる種類の行動です。
動物行動学でも、同じことが知られています。環境が悪化すると、動物はその種本来のふるまいをしなくなっていくのです。地面をほじくって種を取り出すのは、モモイロインコの暮らしの中核。それが増えたということは、少なくともそれを抑え込むものが何もなかった、ということになります。
ご褒美がなくても、鳥はほぼ100%の機会で飛ぶ。
飛んだあとは、前向きな興奮のサインが出る。
そして、余裕のあるふるまいが増える。
どちらも、飛ぶことが前向きな気持ちと結びついている可能性を示す手がかりです。
ですが今回研究者たちは「自分から飛ぶ」という選択と、その後の心の状態を「楽観と悲観」というもう1つの尺度で調べることにしました。
鳥は飛べない日が続くと悲観的になる

楽観と悲観をどう区別したのか?
研究チームは11羽のモモイロインコに、あるルールを覚えてもらいました。
たとえば黒い背景のときは、片方のカップにクルミが入っている。白い背景のときは、もう片方のカップに、ヒマワリの種が入っている。
クルミはごちそうです。種は、まあ悪くはない、という程度。
鳥たちはこれをほぼ完璧に覚えました。
黒が出ればクルミのカップへ、白が出れば種のカップへ。ほぼ百発百中です。
さて、ここからが本題です。
そして本番では、鳥の前に灰色の背景が出されます。
黒でもなく、白でもない。どっちつかずです。
このとき鳥がクルミ側のカップへ向かえば、「もしかしたらクルミかもしれない」と楽観的な期待を持った証拠になります。
一方で種側へ向かえば、「どうせ種だろう」と悲観的な期待を持ったことになります。
なお、灰色のときはどちらを選んでも必ず何も出ません。ごほうびで学習させてしまっては、心の状態ではなく記憶を測ることになってしまうからです。
そうしておいて、飛んだ時と飛ばなかった時の差を調べました。
ところが、三種類の灰色すべてで、統計的に意味のある差は出ませんでした。 飛んだ日の鳥も、飛べなかった日の鳥も、同じくらいの割合でクルミに賭けていたのです。
これでは、飛んでも飛ばなくても楽観・悲観のレベルは変わらない、という結論で終わってしまいます。
しかし「その日飛んだか」ではなく「何日続けて飛べているか」をもとに調べると、大きな変化が見えてきました。
連続して飛べた日が長い鳥ほど、灰色を見てクルミに賭ける楽観的な傾向が強まる。
連続して飛べない日が長い鳥ほど、灰色を見て「どうせ種だ」と諦める悲観的な傾向が強まる。
という結果が現れたのです。
私たちが「感情」と呼んでいるものには、実は速さの違う二種類が混ざっています。
ひとつは、瞬間的に立ち上がってすぐ消えるもの。驚き、怒り、一瞬の喜び。これは天気です。朝は晴れていたのに昼には降り出す。
もうひとつは、もっとゆっくりしていて、輪郭がぼんやりしていて、しかし何日も居座るもの。「なんとなく最近調子がいい」「どうも最近ものごとが億劫だ」といった、あれです。これは気候にあたります。
そして今回のテストで捉えられたのは、より長いスパンでの気候のほうでした。
では残る三人目、体の中はどうだったのでしょうか。
糞に含まれるストレスホルモンの分解産物を測った結果は、飛んだ日も飛ばなかった日もほとんど同じでした。
飛行は、心が安らげば数値を下げるはずですが、運動としては数値を上げてもしまいます。
研究者たちはホルモンレベルで差が生まれなかったのは、この両方が同時に起きて、打ち消し合った可能性があるというわけです。
こうして三人の証人のうち、行動と判断の二人が同じ方向を指しました。
得が無くても飛ぶことを、ほぼ例外なく選ぶ。
飛んだあとに、余裕のあるふるまいが増える。
そして飛べる日が続けば、世界を明るいほうに解釈するようになる。
研究チームを率いたヨルグ・マッセン氏は、この結果について「これら三つの視点からの知見を合わせると、動物に感情があるのかという問いに、かなり説得力のある答えが得られます」と述べています。
ただし彼は、そのすぐあとに「しかし、動物が実際にその感情を経験しているのか──つまり動物に『感じ』があるのかどうかは、はるかに答えにくい問題です」と付け加えています。
今回見えてきたのは、鳥の中で、感情の一部といえる部品が動いているらしい、ということでした。判断が揺れ、ふるまいが変わり、飛べない日が続けば世界が少し暗く見える。その仕組みは、確かにそこにあります。
しかし、それが私たちが「楽しい」と呼ぶあの手ざわりと同じものを味わっているのかどうか。そこは、まだ誰も知りません。
もっとも、すべての鳥にとって飛ぶことが前向きな気持ちにつながる、と言い切ることはできません。
今回の研究対象となったのは、ある1つの鳥類公園で飼育下に生まれたモモイロインコだけだからです。
そのため研究者たちは今後、他の鳥、とくに暮らし方の違う鳥で同じ実験を行うことが重要だと述べています。
たとえば猛禽類。彼らは獲物を探して捕らえるために飛びます。エネルギーの節約が生死を分ける世界です。
マッセン氏は「エネルギーを節約する必要のある猛禽類は、主に獲物を探して捕らえるために飛ぶのであり、飛ぶこと自体が彼らに特別な利点をもたらすとは限らない、と私は想像しています」と語っています。
同じ「飛ぶ」でも、意味が違う可能性があるわけです。
野生では1日に数十キロを飛ぶモモイロインコにとって、空はおそらく暮らしそのものです。一方、狩りの道具として空を使う鳥にとっての飛行は、もしかすると出勤に近いのかもしれません。
今後の研究が、その違いを明らかにしてくれるでしょう。
元論文
Do birds enjoy flying? An analysis of affect after flight in galah (Eolophus roseicapilla)
https://doi.org/10.1163/1568539X-bja10370
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
