私たちの太陽系には、いま8つの惑星があります。 水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星——学校で習った、おなじみの顔ぶれです。
けれど、ずっと昔には、もう1つ、いたかもしれないのです。
アメリカのジョンズ・ホプキンス大学(JHU)でおこなわれた研究により、かつて太陽系にあったとされる”もう一つの氷の巨大惑星”が大暴れして太陽系の外へはじき出され、その動乱のさなかに、木星や天王星の衛星があやうく失われかけていた可能性が示されました。
しかも研究ではこの過程で木星と天王星の衛星が両方そろって無事に残れた確率は、わずか1%ほどにすぎないことが示されました。
太陽系の惑星たちが豊富な衛星を抱えているのは、奇跡的なことだったのです。
また現在の衛星にも、動乱の痕跡は残っている可能性り、その最有力候補として天王星の衛星「ミランダ」を上げています。
さらに研究者たちは「天王星の衛星は、少なくとも2回、衝突に至るほど激しく乱された可能性が高い」と述べています。
かつての太陽系で、いったい何があったのでしょうか?
研究内容の詳細は、2026年3月25日『Icarus』て発表されました。
目次
- 太陽系の家族写真に、ひとつだけ空席がある
- 太陽系の進化は「失われた巨大惑星」がないと説明できない
- 私たちの太陽系の衛星は奇跡の1%をくぐっていた
- 宇宙規模の「ひき逃げ」が衛星ミランダを作った
- 太陽系から追放された惑星はどこにいるのか?
太陽系の家族写真に、ひとつだけ空席がある

生まれたばかりの太陽系では、巨大な惑星たちが、いまよりずっと内側にぎゅっと寄り集まっていたと考えられています。
ガスでできた大きな惑星、木星と土星や氷を多く含む大きな惑星、天王星と海王星(氷の巨大惑星)たちは初期の太陽系で互いの重力でリズムよく手をつなぐように、窮屈に並んでいました。
ところが、あるとき、その均衡がくずれます。 惑星たちの通り道(軌道)が乱れ、木星は少し内側へ、ほかの3つは外側へと移動していきました。 なかでも海王星は、いちばん大きく外側へ旅をしたとみられています。
これが太陽系の「大引っ越し」とも言える出来事で、専門的には惑星不安定性、通称「ニースモデル」と呼ばれています。
この引っ越しは穏やかなものではなく、無数の氷の小天体を太陽系じゅうにばらまくほど激しいものでした。
コラム:大引っ越しはいつ起きた?
かつては、この引っ越しが約39億年前に起き、地球や月に隕石が集中的に降り注いだ「後期重爆撃」を引き起こした、とも考えられていました。しかし近年では、もっと大昔——太陽系ができてまもない時期(約45億年前ごろ)に起きたという説が有力になっています。というのも、もし引っ越しが39億年前と「遅く」起きていたら、地球にとっては大惨事だったからです。地球や金星、火星がすでに今の軌道に落ち着いたあとで巨大惑星が暴れれば、その強烈な重力に振り回されて、地球が金星と衝突したり、火星が地球にぶつかったりしかねません。ところが引っ越しが45億年前と「早く」起きた場合、それは今の私たちからみて恩恵にもなりました。約45億年前の地球の位置には、大量の岩石のかけら(微惑星)や複数の原始惑星が存在し、衝突しながら惑星へと成長する途中だったからです。原始地球に火星ほどの天体「テイア」が衝突し、月を生んだ事件も、時期的にはこの頃に近いと考えられています。近年の研究では、巨大惑星たちの「引っ越し」が岩石の塊を内側へと次々に投げつけていた、とも指摘されています。巨大惑星の引っ越しは、今の地球や月の成り立ちとも関連が議論されているのです。
ところが、この「大引っ越し」には計算上、おかしな点があることが知られていました。
たとえば、ある研究(NM12)は、引っ越しの当事者である4つの巨大惑星(木星・土星・天王星・海王星)から始めるパターンで、2670回ものシミュレーションを行いました。 ところが、いまの太陽系の特徴をすべて満たせた”成功例”は、ひとつも見つからなかったのです。
同じような計算は別の研究でもくり返されましたが、現在のメンバーだけで大引っ越しが今の形に収まる見込みは、やはり極めて低い——そう判定されました。
そこで現在では、この「大引っ越し」が起きる前の太陽系には、いまはもう存在しない「余分な惑星」がいたはずだ、という考えが広く受け入れられています。
つまり、昔の太陽系を撮影した”家族写真”には、いまはいない惑星が映っていたことになります。
そして、この消えた惑星は、大引っ越しの最中に太陽系の外へと永久に弾き飛ばされてしまったと考えられています。
というのも、「大引っ越し」は単に軌道がズレるような穏やかなものではなかったからです。
主要な研究の多くでは、大引っ越しの際に巨大な惑星同士が至近距離をかすめ合い、強烈な重力で互いを振り回す乱暴な接近が何度もくり返されたことが示されています。
探査機ボイジャーが惑星のすぐ近くを通ることで太陽系の外へ飛び出す力を得たように、初期の太陽系メンバーのいくつかも、こうして家から弾き出されていったわけです。
この大引っ越しの大暴れ——惑星たちが軌道を激しく組み替え、ある惑星が太陽系の外へ弾き飛ばされていく。
その一部始終を、静かに目撃していた存在がありました。
巨大惑星の周りを巡る衛星たちです。
太陽系の進化は「失われた巨大惑星」がないと説明できない

木星には、ガリレオが望遠鏡で見つけたことで知られる4つの大きな衛星——イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト——があります。 天王星にも、ミランダをはじめとする衛星たちが寄り添っています。
これらの衛星の多くは、惑星が生まれたのとほぼ同じ頃に、そのすぐそばで一緒に生まれた”古参の衛星”です。
できたときから、惑星のすぐそばで長い歳月をともにしてきた——いわば、事件の一部始終を間近で見ていた”目撃者”なのです。
もし大昔、惑星のすぐ近くを別の巨大惑星が暴れながら通り過ぎたなら、その強烈な重力に振り回されて、衛星たちの並びや姿には何らかの”傷あと”が残っているはず。
逃げた容疑者は去ってしまったけれど、現場には証人が残っていた——というわけです。
そこで研究者たちは、ある問いに挑みました。 あの大引っ越しの混乱を、木星と天王星の衛星たちは、はたして生き延びられたのか?
とはいえ、数十億年前の出来事を、巻き戻して眺めることはできません。 そこでチームが選んだのが、コンピュータの中に”もしもの太陽系”を作り、時間を早送りで再生してみる、という方法でした。
まず、惑星の数や初期配置を少しずつ変えた約1万通りのシナリオを用意します。
ただ、さきほど見たように、いまの4つの巨大惑星だけで計算しても、本物の太陽系をうまく再現できる見込みはほぼゼロです。
そこで今回は、最初から”追放される余計な惑星”を1つか2つ加えた状態でスタートさせています。
そのうえで、最後にいまの太陽系とそっくりな並びに落ち着いた筋書きだけを、122通りえり抜きました。
じつは、衛星が生き延びられたかを問うこと自体は、過去にも挑んだ研究はありました。
ただし、そこで調べられた筋書きは、せいぜい3通りほど。
本物の太陽系を生む道筋は無数にあり得るのに、ごく一部しか確かめられていなかったのです。
今回の研究は、この検証の幅を一気に122通りへと広げ、ようやく統計として語れる規模で問いに向き合いました。
研究者たちは、この122通りをベースに、巨大惑星の衛星たちに何が起きたかを1,400回以上くり返し計算しました。 多くは約2か月、長いものでは3か月近くもかかる膨大な計算です。
そうして描き出された光景は——なかなか衝撃的なものでした。
衛星たちは、無事ではいられなかったのです。
私たちの太陽系の衛星は奇跡の1%をくぐっていた

今回の研究で新たに浮かびあがったのは——ほとんどの筋書きで、衛星たちが壊されてしまう、という現実でした。
すぐ近くを巨大な惑星がかすめるたびに、衛星たちの軌道は大きく揺さぶられます。
それまで穏やかに回っていた衛星は、たがいの軌道が乱れてぶつかり合い、あるいは軌道からはじき出されて、宇宙の闇へと消えていきました。
木星でも天王星でも、衛星が壊されずに残れたのは、1回の計算あたり15%にも届きません。
試した筋書きの大半で、衛星たちは無残に失われてしまいました。
なかでも、いちばん激しく壊されたのが天王星の衛星たちです。
天王星では、えり抜いた122通りの筋書きのうち、衛星が一度も壊れずに済んだものは、ごくわずかしかありませんでした。
理由は、その”立ち位置”にあります。
巨大惑星が窮屈に並んでいた時代、天王星はちょうど真ん中あたりにいました。
内側には木星と土星、外側には海王星、そして並びのどこかには、あの”余分な惑星”。
つまり天王星は、どの方向から巨大惑星が暴れ込んできても、まきぞえを食ってしまう場所だったのです。
研究者の言葉を借りれば、天王星はまさに「間の悪い場所に、間の悪いタイミングで」居合わせてしまった——というわけです。
とはいえ、いまの木星には4つの大きな衛星が、天王星にも5つの衛星が、ちゃんと寄り添っています。
では、私たちの太陽系は、どうやってこの破壊をくぐり抜けたのでしょう。
その答えを探るうちに、研究者たちは意外な事実に行き当たりました。
鍵をにぎっていたのは、あの”余分な惑星”の数でした。
シミュレーションには、最初に余分な氷惑星を「1つだけ」置いた筋書きと、「2つ」置いた筋書きがあります。
そして面白いことに、木星の衛星と天王星の衛星とでは、生き残りやすい筋書きがちょうど正反対でした。
木星の衛星は、余分な惑星が「2つ」あった筋書きで生き残りやすく、天王星の衛星は「1つだけ」の筋書きで生き残りやすい。
一方を立てれば、もう一方が倒れる——衛星たちの生存条件は、そんな「皮肉な綱引き」状態にあったのです。
だからこそ、木星と天王星の衛星が”両方そろって”無事に残った筋書きは、122通りの中でもほんの1〜2例——全体の1%ほどしか見つかりませんでした。
ありえたはずの組み合わせのほとんどで、どちらかの衛星が犠牲になっていたのです。
そして、その”両方無事”の1%には、興味深い捻れがありました。
2例とも、「余分な惑星が1つ」の筋書きだったのです。
これは本来、天王星の衛星に有利な条件——つまり天王星に味方する筋書きの中で、木星までもがたまたま運よく生き延びた、例外的なケースでした。
(研究チーム自身は、全体としてはむしろ”余分な惑星は2つ”だった可能性のほうを支持しています。そのほうが、木星にとっていちばん穏やかに済むからです。)
では、私たちの太陽系では、実際にはどちらが起きたのでしょう。
その決め手になるのが、木星の衛星たちのいまの姿です。
木星の内側の3つの衛星——イオ、エウロパ、ガニメデ——は、いまもきれいなリズムをそろえて回り続けています(ラプラス共鳴)。
この精巧な”足並み”は、いったん大きく乱れると、そろえ直すのは簡単ではありません。
だからこそ、それがいまも保たれていること自体が、「木星は深い接近を受けず、衛星を壊さずに済んだ」何よりの証拠になります。
いわば私たちは、すでに答えの半分を知っているのです——木星の衛星は、ほぼ無事だった、と。
そして木星が無事だったのなら、さきほどの綱引きの理屈からいって、しわ寄せは天王星に向かいます。
ここで知っておきたいのが、天王星という惑星そのものの”変わり者”ぶりです。
天王星は、自転軸がほぼ真横に倒れた「横倒しの惑星」として知られています。
その原因は、はるか昔、天王星に巨大な天体が激突し、惑星ごと横倒しにしてしまった——という大事件だと考えられています。
じつは、この”横倒しの衝突”のときにも、天王星の衛星たちは激しく揺さぶられたはずだ、と以前から指摘されてきました。
そこへ、別件となる大引っ越しの影響が、もう一撃を加えます。
こうして研究者たちは、ひとつの新しい見立てにたどり着きました。
天王星の衛星たちは、二つの大事件——はるか昔に惑星を横倒しにした巨大衝突と、今回見てきた大引っ越し——のそれぞれで、ばらばらに壊れかけるほど激しく揺さぶられた可能性が高い、というのです。
この惑星が太陽系の中で不遇ならば、そのまわりを回る小さな衛星たちは、もっと不遇でしょう。
そこで研究者たちは考えました。天王星の衛星のどこかに、この二度の大惨事の記録が刻まれているはずだ、と。
宇宙規模の「ひき逃げ」が衛星ミランダを作った

大混乱をくぐり抜けた”生き証人”——研究チームがそう注目したのが、天王星をめぐる小さな衛星、ミランダです。
ミランダは、天王星の主な5つの衛星のうち、いちばん内側を回る末っ子のような存在です。
直径はわずか470kmほど。私たちの月の7分の1にも満たない、小さな氷の世界です。
この衛星には、昔から不思議な点がありました。
ひとつは、その中身。
ミランダは、ほかの大きな衛星たちに比べて岩石の割合がおよそ2割しかなく(ほかの衛星は5割ほど)、その分、たっぷりと氷を含んでいます。
なぜこの子だけ、こんなに”氷っぽい”のか。
もうひとつは、その姿。 表面は、まるでいくつものかけらを無理やり継ぎ接ぎしたような、ちぐはぐで傷だらけの地形に覆われているのです。
実際、ミランダには太陽系でいちばん高いとされる崖「ヴェローナ断崖」があります。
高さの見積もりには幅がありますが、最大で20km級——地球のグランドキャニオンのおよそ10倍、エベレストよりも高い断崖です。
では、この”傷だらけの末っ子”は、どうやって生まれたのでしょうか。
研究チームの計算で見えてきたのは、少し意外な”ぶつかり方”でした。
衛星どうしの衝突といっても、その多くは、正面からまともに激突して一つに潰れるような派手なものではありません。
車の事故でたとえるなら、真正面から突っ込んで大破するのではなく、すれ違いざまに車体をこすりつけ合い、そのまま別々の方向へ走り去っていく、というものです。
衛星どうしも、そんな”かすめるような体当たり”を何度もくり返していたと考えられています。
そして、削れたり混ざり合ったりした材料の多くは、宇宙へ散らばるのではなく、やがて再び集まって衛星へと作り直されたのではないか、と研究チームはみています。
そのうえで研究者たちは、新しい仮説を提案しました。
この激しい”もみくちゃ”の連鎖こそが、ミランダの小ささや、風変わりな氷の多さを説明する鍵かもしれない、と。
あの大引っ越しの余波をまともに浴びながら、それでもなんとか姿をとどめた——ミランダは、その生き証人なのかもしれないのです。
現在これは研究者が提唱した仮説の段階ですが、もしこの見立てが当たっているなら——ミランダの傷だらけの姿そのものが、あの大事件の”手がかり”だということになります。
太陽系から追放された惑星はどこにいるのか?

これまで見てきたように、あの「大引っ越し」は、木星や天王星の衛星たちにとって、まさに生きるか死ぬかの瀬戸際でした。
いま私たちが望遠鏡で目にする衛星たちは、その大混乱を運よくすり抜けた”生き残り”か、それとも一度こわされ、作りかえられた末の”二代目”か——。
どちらにしても、なに食わぬ顔で惑星のまわりを回るその姿の裏には、想像を絶する激動の歴史が隠れています。
もちろん、ここまでの話はまだ、コンピュータの計算が描き出した”もっともらしい筋書き”にすぎません。
衛星たちが本当はどんな運命をたどったのか、それをいま直接たしかめる手立てはありません。
その答えは、将来の探査や、より精密な計算に委ねられています。
それでも、一つだけ、はっきりと言えることがあります。
いま私たちが当たり前のように見上げている、この穏やかで整った太陽系は——惑星も、衛星も、そして私たちが立つこの地球も——宇宙が何度サイコロを振っても、めったに出ないような”当たりくじ”の上に成り立っている、ということです。
そして、大引っ越しの際に太陽系からはじき出された”消えた惑星”が、いまどこにいるのかはわかっていません。
2023年、ニュージーランドの望遠鏡(MOA)にもとづく研究では、天の川銀河には恒星の約20倍もの”浮遊惑星”があり、その数は数兆個に達すると見積もられています(浮遊惑星の多くは、元の星系から弾き飛ばされたものと考えられています)。
45億年前の大引っ越しの余波で太陽系を追われた惑星も、これら数兆個の漂流者に混じって、いまも銀河をさまよっているのかもしれません。
それでも、浮遊惑星の観測がこの先進めば——惑星が”家族”からはじき出されるしくみが見えてきて、あの”ひとつだけ空いた家族写真”の謎に、また一歩近づけるのかもしれません。
元論文
The fragility of the Uranian moons during the giant planet instability
https://doi.org/10.1016/j.icarus.2026.117056
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
