「おばあちゃんが亡くなると、おじいちゃんはすぐ亡くなるけど、おじいちゃんが亡くなるとおばあちゃんは腐るほど長生きする」
日本の落語家や漫談家があるあるネタとして、そんな話しをしたりしますが、実際なんとなく、そんな印象を持つ人は一般に多いかも知れません。
長年連れ添ったパートナーとの別れは、人生において極めて大きなストレスを伴う出来事ですが、実際科学的な調査を行うとその影響の現れ方には、どうやら男女で無視できない違いがあるようです。
千葉大学の河口謙二郎(Kenjiro Kawaguchi)氏、ボストン大学公衆衛生大学院の柴浩一郎(Koichiro Shiba)氏(疫学)らの研究チームは、日本の高齢者約2万6000人を対象とした大規模な調査データを分析しました。
その結果、配偶者を亡くした際、男性は認知症や死亡のリスクが上昇し、身体的・認知的な健康に影響が及ぶ傾向が見られたのに対し、女性は一時的に幸福感が低下するものの、数年後にはむしろ幸福感や生活満足度が上昇するという、興味深い傾向が浮かび上がったのです。
なぜ、これほどまでに心身への影響が分かれるのでしょうか。
この研究は、私たちが人生の大きな節目にどう備え、周囲をどう支えていくべきかという問いに対し、統計的なデータに基づいた重要な視点を提供しています。
この研究の詳細は、2026年2月12日付で科学雑誌『Journal of Affective Disorders』にオンライン公開されています。
- パートナーとの死別がもたらす影響:男女で異なる健康の変化
- 社会的な役割と行動の違いがもたらす「回復力」の差
パートナーとの死別がもたらす影響:男女で異なる健康の変化
これまでの研究では、配偶者との死別が健康に与える影響の男女差は、必ずしも明確ではありませんでした。
また、これまでの多くの調査は、死亡率やうつ症状など、限られた項目のみに注目して分析が行われる傾向にありました。
しかし、パートナーを亡くすという出来事は、単なる悲しみだけでなく、生活のあらゆる面に変化を及ぼす非常に大きな人生の転換点です。
そこで研究チームは、より広い視点で心身の健康や生活の質がどのように変化するのかを明らかにする必要があると考えました。
そこでこの研究では、「日本老年学的評価研究(JAGES)」という大規模な調査データが活用されました。
研究チームは、約2万6000人の高齢者を対象に、2013年、2016年、2019年の3つの期間にわたって追跡調査を実施しました。
この期間中に配偶者との死別を経験した1076人のデータを、死別を経験していないグループと比較して分析しています。
分析の対象となった項目は、身体的な健康から心の状態、社会的なつながりまで、37種類もの幅広い健康指標に及びます。
分析の結果、配偶者との死別は、男性と女性で対照的な影響を与える傾向があることがわかりました。
男性の場合、妻を亡くした後は、死亡や認知症のリスクが高まる傾向が確認されました。
これは、食事や入浴といった日常生活の動作が億劫になり、幸福感、周囲からの支えや人とのつながりも低下することで、健康状態が悪化していることが示されています。
一方で、女性の結果は男性とは大きく異なっていました。
夫を亡くした女性は、直後には一時的に幸福感が低下したものの、数年後にはむしろ幸福感や生活満足度が上昇する傾向が見られたのです。
社会的な役割と行動の違いがもたらす「回復力」の差
なぜ、これほどまでに男女で異なる結果が得られたのでしょうか。
研究チームは、この背景にはそれぞれの性別に対する社会的な期待や役割の違いが反映されているのではないかと推察しています。
現在の日本の高齢世代では、現役時代に仕事中心の生活を送ってきた男性が多く、生活面や感情面で配偶者への依存が強い傾向があると指摘されています。
そのため、妻を亡くした男性は、これまで生活や感情面の支えとなっていた存在を失い、孤立感を深めてしまう可能性があると考えられます。
興味深いことに、調査データによれば、男女ともに配偶者を亡くした後は社会参加が増える傾向にありました。
しかし、男性の場合は交流が増えても「社会的支援」、つまり心の支えやつながりを感じているという実感はむしろ低下していました。
これは、社交の場に出向いても、男性が真に必要とする感情的なサポートを得るには至っていない可能性を示唆しています。
また、男性は死別後に飲酒量が増える傾向が見られたのに対し、女性は体を動かす機会が減り、座って過ごす時間が増えるという、健康への影響の出方にも違いがありました。
一方、女性の幸福度が数年後に上昇する理由の一つとして、研究チームは「介護負担」からの解放という側面を挙げています。
日本の高齢世代では、夫のほうが年上である夫婦が多く、体調を崩した配偶者の世話を妻が担うケースが結果として多くなる傾向があると指摘されています。そのため死別が、ある意味では重いケアの役割からの解放をもたらしているのではないかと分析されているのです。
ただし、今回の研究結果はあくまで全体的な統計傾向を示したものであり、夫婦仲の良さや、具体的にどれほど大変な介護を行っていたかといった個別の事情までは考慮されていません。
そのため、この結果をすべての人にそのまま当てはめるのではなく、さらなる詳細な研究が必要であるとされています。
研究チームは、特に男性にとって配偶者と死別した最初の1年間は健康面で注意が必要な時期だと指摘しています。
このため、家族や友人、および医療従事者が、孤独感やアルコール量の増加などの不健康な兆候に注意を払い、積極的に声をかけるといった支援が重要になります。
私たちが互いの違いを理解し、適切なタイミングで支え合うことが、パートナーとの別れという困難な時期を乗り越えるための一助となるかもしれません。
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参考文献
Spousal Loss Linked to Higher Risk of Dementia, Mortality among Men, but Not Women
Spousal Loss Linked to Higher Risk of Dementia, Mortality among Men, but Not Women
https://www.bu.edu/sph/news/articles/2026/spousal-loss-linked-to-higher-risk-of-dementia-mortality-among-men-but-not-women/
元論文
Health and well-being after spousal loss among older men and women
https://doi.org/10.1016/j.jad.2026.121391
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部