イスラエルのテルアビブ大学(TAU)で行われた研究によって、政治に関心の高い21人に「同じ政治動画」を2年半ぶりに見せ直すと、脳の奥のほうにある回路の活動パターンが、同じ人とは思えないくらい違っているケースが多いことがわかりました。
しかも、その変化と強く結びついていたのは「この政党やこの政治家は味方か敵か」といったレベルでの『推し相手』の見方の変化のような、人間臭い要素でした。
一方で、政治理念の変化と結びついた脳活動パターンの変化は、ごく一部の領域にしか見られず、その数は「この政党や政治家を味方かどうか」と見る評価と結びついた領域のおよそ百分の一程度にとどまりました。
この結果は、脳が政治的立場を決めているというより、「誰を味方とみなしてきたか」という経験の変化にあわせて、脳の反応パターン自体があとから育っていくのかもしれない、という可能性を示しています。
あなたが今日見ているニュースも、気づかないうちに“味方判定”の回路を塗り替えてはいないでしょうか?
研究内容の詳細は2026年1月26日に『Communications Psychology』にて発表されました。
目次
- 政治的な考えは何が動かしているのか?
- 崇高な「政治理念」より単純な「敵・味方」が政治的な考えの背後に潜んでいる
- 政治理念より単純な「敵味方判定」が強いのはなぜか?
政治的な考えは何が動かしているのか?

「昔はなんとも思わなかった動画が、数年後に見たらやけに刺さる」。
あるいはその逆で、「前は感動したのに、今見ると寒い」。
そんな経験、けっこうありませんか。
動画そのものは同じなのに、見ている自分のほうが少し変わっただけで、心の反応はあっさり別物になります。
まして政治ニュースとなると、同じ見出しを読んでも「なるほど」とうなずく人と「いや、それは違う!」と怒る人が同時に生まれる。
しかも本人たちはわりと本気で、「私は冷静に事実を見ているのに、相手が偏っている」と思いがちです。
ここに、政治がやたら熱くなる“やっかいな魅力”があります。
こうした「受け取り方の違い」は、心理学ではよく“解釈のレンズ”にたとえられます。
何が正しいかを決める前に、私たちはまず世界を“どういう意味の出来事として見るか”を、頭の中で組み立てているからです。
論文の導入でも、作家マーク・トウェインの有名な言葉が引かれています。
十四歳のころは父親が信じられないほど無知に見えたのに、二十一歳になったら「父が七年でずいぶん学んだ」と驚いた、という話です。
でも本当は、父が急に賢くなったわけではなく、見ている側のレンズが変わった。
政治もこれと似ています。
政策の文章を読んで判断しているようで、じつはその前に「この人は信用できる?」「こっち側の人?」という、人間関係のフィルターが先に動いてしまうことがあるのです。
ここ数年、少なくともイスラエルのこの時期では政治の世界でこの“フィルター問題”がさらに強まっている、と研究者たちは見ています。
ポイントは二つあります。
ひとつは「分断が強まる」こと。
もうひとつは「政治が人物中心になりやすい」ことです。
昔は、政治の立ち位置をざっくり「右か左か」で語ることが多かったのに、最近は「誰を支持するか/誰に反対するか」が前に出る場面が増えました。
すると議論の中心は「どんな政策がよいか」から、「あなたは味方?それとも敵?」にすり替わりやすくなります。
すると不思議なことに、政策の細かい中身を読んでいなくても、感情だけは一瞬で燃え上がる。
これは現代の政治が持つ、ちょっと怖いけれど強力な特徴です。
では、この“レンズの変化”は脳の中ではどう扱われているのでしょう。
実はこれまでの脳研究でも、「政治的に同じ立場の人同士は、政治コンテンツを見たときの脳の反応が似やすい」といった報告はありました。
ただ、そうした研究の多くは「右派の人」と「左派の人」を同じ時点で比べる、いわば横並びの比較です。
これだと、どうしても残る大問題があります。
「脳の性質が先にあって政治の考えが決まるのか」、それとも「政治の経験が積み重なって脳の反応の型が作られるのか」。
ニワトリと卵のように、どちらが先かが見えにくいのです。
しかももうひとつ、研究者を悩ませる現実があります。
人の世界観や政治的な好みは、ふつうはそんなに簡単には変わりません。
これは変化を調べるチャンスそのものが低く研究データが得られにくいことを意味します。
ところが研究者たちは、都合のよい(ただし社会としては大変な)出来事に出会います。
2019年から2021年にかけて、イスラエルでは政治が不安定になり、選挙が繰り返され、政党の組み合わせやリーダーの立ち位置が目まぐるしく変わりました。
昔の「右・左」だけでは説明しにくい、奇妙な再編が起きたのです。
とくに象徴的なのは、「同じ右派」とされていた政治家同士でも、ある時期からは“同じ陣営”に見えなくなったり、逆に理念が遠いはずの相手と手を組んだりした点です。
こうなると、有権者の頭の中で起きるのは単なる政策の再評価というより、「裏切られた」「こっち側に来た」「あっちはもう敵だ」といった、仲間分けの揺れです。
研究者たちは、この政治の大きな揺れが、個人の解釈を動かす“自然の実験場”になると考えました。
もし本当に、推し政党や推し政治家への見方の変化に伴って、脳の反応パターンまで大きく変わってしまうのだとしたら、私たちの世界の見え方はどこまで自由で、どこまで過去の経験に縛られていると言えるのでしょうか。
崇高な「政治理念」より単純な「敵・味方」が政治的な考えの背後に潜んでいる

本当に「推し政党や推し政治家の変化」で脳まで変わるのか?
答えを得るため研究者たちはまず2019年の春、イスラエルの総選挙の少し前に、政治に関心の高い若い大人たちを集めて、脳の活動を測るMRIのトンネルに入ってもらいます。
参加者は合計41人で、彼らには、右派・左派・中道の政党CMや政治家の演説など6本の政治動画と、政治とは関係ない1本の中立的なミニドキュメンタリーなど(他短いもの1本)を見てもらいました。
政治動画の方には、どれもかなり強い主張や「自分たちの味方 vs あいつら」という対立構図が盛り込まれていました。
一方で、中立動画は、古いバスを自宅に改造して暮らしている男性を紹介する、のどかな内容です。
そして参加者に対しては「動画の主張にどれくらい賛成した?」や「この表現は民主主義にとって危険だと思う?」そしてそれぞれの政治家に対して「信頼できるか」「誇りに思うか」「腹が立つか」「嫌悪感があるか」など、細かな感情をたずねる合計で100以上の質問を行いました。
これにより各個人の脳活動データと「この政党をどう見ているのか」「誰を味方だと感じているのか」が、かなり細かく数値として記録されました。
そしてこれとほぼ同じことを、政治的大騒動をはさんだ2年半後の2021年に、もう一度やり直します。
また今回はそれに加えて、「2019年に比べて、この政党への意見はどれくらい変わったと思う?」といった“振り返り”の質問も追加されました。
こうして研究者たちは、「2年半でどれくらい見方が変わったか」と「その間に脳の反応がどれくらい変わったか」を、同じ人についてペアでそろえることに成功したのです。
では、そのあいだに脳の中では何が起きていたのでしょうか。
ここからが、いよいよ脳科学の出番です。
研究者たちは、脳全体を細かい立方体の点に区切り、それぞれの点について「2019年にこの動画を見たときの活動の波」と「2021年に同じ動画を見たときの活動の波」を比べました。
その結果、変化が最も小さかったのは後頭葉などの視覚野で、画面の明るさや動きといった「見た目そのもの」を処理する領域でした。
つまり、カメラマンのように映像を受け取る担当の脳は、2年半たってもほぼ同じ反応をしていたことになります。
一方で、変化が大きかったのは、扁桃体、海馬、線条体など、感情・記憶・報酬や「自分ごととしてどれくらい感じるか」に関わる領域でした。
言い換えれば、画面の情報をどう味つけし、どんな物語として解釈するかを決める“脚本・演出チーム”の脳が、大きく組み替わっていたのです。
最後に研究者たちは、「脳の変わり度」と「見方の変わり度」を対応させて調べました。
21人×政治動画6本と中立動画1本=147通りの組み合わせについて、それぞれの脳の区画ごとに、変化量とスコアの関連を計算していったのです。
その結果、「敵・味方の評価の変化」と結びついた区画は1133か所もありました。
それに対して、「政治理念の変化」と結びついた区画は、わずか9か所にとどまりました。
この差はかなり極端です。
(※なお、政治理念と敵味方判定を両方まとめた「総合的な見方の変化」と有意に結びついた脳の区画は703か所でした)
ある意味でこの結果は、「政治ニュースを見ているとき、脳がいちばん敏感に追いかけているのは『何を主張しているか』より『この人は自分側かどうか』なのかもしれない」という、少し怖くて、でもどこか納得してしまう事実を示しています。
政治理念より単純な「敵味方判定」が強いのはなぜか?

今回の研究により、私たちが同じ映像に異なる反応を示すようになる背景には、脳の中の感情や記憶、報酬に関わるネットワークがじわじわと組み替わっていく可能性が示されました。
とくに扁桃体や海馬、線条体といった領域では、2年半前とくらべて活動パターンが大きく変わっており、その変化の大きさは「この政党は味方か敵か」という評価の揺れと強く結びついていました。
一方で、「右派寄りか左派寄りか」といった政治理念の位置の変化と、脳の変化のつながりはごく小さく、研究者たちは「政治的な世界観の違いよりも、仲間意識や『うち側/そと側』の評価の方が脳には濃く刻まれている」と示唆しています。
政治に熱心な人々は「政治理念」よりも遥かに「敵・味方の感覚」を重視して脳を働かせていたと言えるかもしれません。
これは、人類の歴史を振り返ってみると、ある意味で当然の結果なのかもしれません。
人間が誕生してからの長い長い時間のほとんどは、国家や議会もなければ、「保守」や「リベラル」といったいまの意味での抽象的な政治理念もほとんど存在しない、狩猟採集の時代でした。
せいぜい数十人から数百人ほどの小さな集団で暮らし、日々の生き残りをかけて動物を追い、木の実を探し、他の集団とときには協力し、ときには争っていたと考えられています。
そうした世界でいちばん重要だった政治情報は、「この人は味方か?それとも自分たちを傷つけるかもしれない相手か?」という、ごくシンプルな線引きだった可能性があります。
誰が親族で、誰が同盟者で、誰が危険な相手か──その見きわめを間違えると、食料を分けてもらえなかったり、争いに巻き込まれたり、最悪の場合は命を落としてしまいます。
逆に、抽象的な政治理念の違いをいくら議論しても、明日のごはんや身の安全にはほとんど影響しにくいことが多いでしょう。
もちろん、当時の人びとにも「こう生きるべきだ」「この精霊や神さまを大事にすべきだ」といった価値観や物語はあったと考えられており、「まったく理念が無かった」と言い切ることはできません。
ただ、現在のように「左派・右派」や「保守・リベラル」といった抽象的で全国規模の政治理念がはっきり形になるのは、農耕社会の発展や都市国家・近代国家の誕生、さらにフランス革命以降の議会政治の広がりといった、かなり最近の歴史の話です。
人類の進化のスケールで見れば、ごくごく新しい“オプション”にすぎません。
論文において研究チームも、過去のさまざまな研究をふまえながら、「脳が政治的立場を決める」というよりも、「長い時間をかけて積もった社会経験や心理的なプロセスが、脳の反応のクセを作っていくのではないか」と考察しています。
実際、他の研究でも、あるグループと一緒に行動したり、共通の敵を持ったりすると、そのグループへの好悪に応じて扁桃体や線条体の働きが変わることが知られており、今回の結果はそれが一人の人の中で長期的にも起きうることを示した、と位置づけられています。
また、物語理解に関わる「デフォルトモードネットワーク」と呼ばれる広いネットワークには予想ほど強い効果が見られなかったことから、「今回変わっていたのは物語の骨組みというより、その物語にどんな感情をくっつけるか、という部分だったのかもしれない」とも考察しています。
もちろん、この研究にもいくつかの限界があります。
まず、参加者はたった21人で、しかもイスラエルの政治に強い関心を持つ若い大人たちに限られていました。
そのため、日本をふくむ他の国や、政治にあまり興味がない人でも同じようなことが言えるかは調べなければなりません。
また政治的な考えの変化と脳の活動パターンの変化ついても、生物学的な変化が根底から解明されたというより、観察研究から導かれた関係に由来するものです。
それでもなお、この研究が投げかけるメッセージはかなり大きいものです。
この成果を応用できれば、ニュース番組やSNSの情報が、人々の脳をどのように「うち対あいつら」というモードとどう関係しているのかを、感情・記憶・報酬ネットワークのレベルで理解できるようになるかもしれません。
対立するグループの若者同士を交流させるプログラムや、偏見を減らす授業の効果を、「本当に脳の中で敵→元敵→仲間へと変わっているのか」という観点から評価することだって、将来的には可能になるでしょう。
また、私たち自身がニュースを見るとき、「これは政策の話なのか、それとも“どのチームに入るか”をあおられているだけなのか」を意識するきっかけにもなります。
政治が熱くなりやすいのは、私たちが論理を捨てているからではなく、脳がそもそも“仲間分け”に強く反応する作りを持っているから――今回の結果は、その見方にかなり現実味を与えています。
元論文
Changes in political attitudes are associated with changes in neural responses to political content
https://doi.org/10.1038/s44271-026-00395-x
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
