日本の東京大学で行われた研究によって、女性が排卵期に発する体臭の中に、男性の心理や生理にポジティブな影響を与える特別な3つの成分が含まれていることが明らかになりました。
研究では、女性の体から自然に放たれるこの“香り”が、男性のストレスを和らげるだけでなく、女性への印象までも良くすることが証明されています。
この成分を上手く化粧品や香水に組み込み目当ての男性に届けることができれば、人間関係にプラスの影響を与えることができるでしょう。
この“見えないメッセージ”ともいえる香りは、どのようにして私たちの心と体に影響を与えているのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年7月28日に『iScience』にて発表されました。
目次
- なぜ排卵期はいい匂い?
- 排卵期の香りの正体を突き止めた
- 匂いが変える人間関係
なぜ排卵期はいい匂い?

動物の世界では、フェロモンという「におい物質」が異性へのメッセージとして重要です。
特に、動物が相手と仲良くなったり、赤ちゃんを産んだりする時期には、このフェロモンが大きな役割を果たします。
例えばサルの仲間は、相手が妊娠できる時期をにおいで感じ取り、仲間同士でコミュニケーションを取っています。
人間にも同じような仕組みがあるのではないかと考える研究者は以前からいました。
実際、男性は女性のにおいを、排卵期(妊娠しやすい時期)に一番魅力的だと感じやすいことが分かっています。
特に、女性がホルモンを使った避妊薬を飲んでいると、その魅力的なにおいが消えてしまうことも知られています。これは、女性ホルモンがにおいの魅力に深く関係している証拠です。
なぜ排卵期に女性からいい匂いがするのか?
理由のひとつは「生殖の効率」を高めるためだと考えられています。排卵期は、女性が最も妊娠しやすい時期。このタイミングで「魅力的な匂い」を発することで、より良いパートナーに出会い、妊娠の可能性を最大化するという仕組みです。言い換えれば、匂いは「いまがベストタイミング」という無意識のサインとして、進化の過程で自然と組み込まれてきたのです。
しかし、これまでの研究では「女性のどんな成分が、男性にとって魅力的な匂いを生み出しているか」がはっきりしていませんでした。
つまり、排卵期の女性からどんな物質が出ていて、それが男性の気分や体にどんな影響を与えるのかは謎のままでした。
そこで東京大学の研究チームは、この謎に挑戦しました。
「排卵期の女性の体から出る匂いにはどんな成分が含まれているのか?」
「その成分が男性の気持ちにどう影響するのか?」
を明らかにすることが目的でした。
この謎が解ければ、将来的にその成分を活かした香水やリラックス製品ができるかもしれません。
排卵期の香りの正体を突き止めた

排卵期の女性の体から出る匂いにはどんな成分が含まれているのか?
謎を解明するために東京大学の研究チームまず21名の女性たちの月経周期のそれぞれの時期(生理中、卵胞期、排卵期、黄体期)に、わきの下から出る匂いを丁寧に採取しました。
そしてその匂いにどんな物質が含まれているのかを詳しく調べ、排卵期に特に増えている化学物質があるかを詳しく分析しました。
その結果、「ゲラニルアセトン」「テトラデカン酸」「ヘキサデセン酸」という3つの物質が排卵期に大きく増えていることを見つけました。
ただこの段階では、これら3つの成分が本当に男性に「良い匂い」と感じさせる原因なのかは、まだはっきりしていませんでした。
そこで次の実験でこれらの成分を人工的に混ぜて再現し、実際に男性に嗅いでもらうことで、その効果を確かめることにしました。

実験では、まず汗の嫌な臭いだけを再現した「汗臭い匂い(ベース匂い)」を作りました。
次に、排卵期に増える3つの成分だけを混ぜた「排卵期の匂い」を準備しました。
そして、この2つを合わせて「汗臭さ+排卵期の匂い」というサンプルも用意しました。
男性にはこれらを嗅いでもらい、それぞれがどのように感じられるか評価してもらいました。
すると、排卵期の3つの成分を混ぜた匂いは、男性にとってとても良い印象を与え「化粧品や香水のような匂い」「柑橘系(シトラス)のような爽やかな香り」「気分が落ち着く香り」と評価されました。
一方、単に汗臭いだけの匂いは「汗臭い」「脂っぽい」「生乾き臭」「生臭い」など、不快に感じられてしまいました。
しかし、汗臭さに3つの成分を少し混ぜるだけで嫌な臭いが薄まり、全体として良い香りに変化しました。
また、汗臭さが減ったことで「女性らしい匂い」という評価も高まりました。
さらに、この3つの成分をバラバラに1つだけ混ぜても多少の効果はありましたが、3つ同時に混ぜた場合が最も強い効果を示しました。
比較のために別の時期(卵胞期)に増える他の物質を混ぜて試してみましたが、それらでは排卵期の3つの成分ほど良い効果は出ませんでした。
つまり、この3つの成分こそが排卵期の匂いの「いい香り」の正体である可能性が高いことがわかったのです。
ですが最も興味深かったのはその効果です。

研究チームは、この排卵期の香りが男性の心や体にどのように影響するのかを調べました。
具体的には、男性たちに匂いを嗅ぎながら女性の顔写真を見てもらい、その印象を評価してもらいました。
同時に、男性の唾液に含まれるα-アミラーゼという物質も測りました。このα-アミラーゼは、人がストレスを感じると唾液に増えるため、ストレスの指標になります。
実験の結果、単に汗臭い匂いだけを嗅いだとき、男性はリラックスできず、唾液のα-アミラーゼの量も増えてしまいました。
さらにそのストレスの影響か、一緒に見た女性の写真への評価も下がりました。
ところが排卵期の3つの成分を加えた良い匂いを嗅いだ場合、男性はリラックスし、α-アミラーゼも増えませんでした。
そして女性の写真に対する印象も良くなったのです。
これらの結果から、排卵期に増える3つの成分は、汗臭さを消すだけでなく、男性のストレスを抑え、気持ちを落ち着かせ、さらに女性への印象を良くするという一石三鳥の効果をもつことが明らかになりました。
ただ写真に対する印象の上昇は一定ではなく、写真に写る顔の評価が低かった場合には特に印象改善の効果が大きかったものの、顔の評価が元から高かった場合にはほぼ変化がみられませんでした。
研究者たちはこの点について論文で「高い魅力度を持つ顔立ちの女性は視覚的に十分ポジティブな印象を与えるため、嗅覚情報による影響は小さいが、魅力度の低い顔立ちの女性は、排卵期に増加する体臭と他の身体的特徴を相乗的に利用して、異性の関心を引きやすくしている可能性がある」と述べています。
匂いが変える人間関係

今回の研究でわかったことは、人がコミュニケーションをとるときに「匂い」が意外と重要だということです。
これまでは、人は表情や言葉、声のトーンなど、目や耳からの情報を中心にコミュニケーションをとっていると考えられていました。
しかし今回の研究では、ふだんあまり意識されていない「匂い」が、人の気持ちや行動に大きな影響を与えていることを分子レベルで明らかにしました。
具体的には、女性が赤ちゃんを妊娠しやすい排卵期に発する特別な体臭が、男性にリラックスした気持ちを与え、その女性への印象まで良くしていることがわかりました。
女性の体は、言葉や態度だけではなく、匂いという目に見えない「隠れたメッセージ」を通じても男性に情報を伝えているのかもしれません。
この仕組みは動物の世界ではよく知られていて、異性への気持ちを伝えるフェロモンという匂い物質が重要な役割を果たしています。
ただし注意したいのは、今回見つかった3つの成分をすぐに「人間のフェロモン」だと結論づけることはまだできないということです。
フェロモンとは、そもそも動物が特定の行動や反応を起こすときに使う特別な物質のことです。
研究チームは、この3つの成分が人間にとって本当に「フェロモン」と呼べるほどはっきりした効果があるかどうかについては、さらに詳しい研究が必要だと慎重に考えています。
ただ、これらが人間の行動や気持ちに変化を起こすという点では、「フェロモンのような物質」としての役割を持っている可能性がある、とも指摘しています。
研究で特定された3つの成分は、いずれも人間の体の中で自然に作られるもので、化学的に合成された香料ではありません。
そのため、体に優しく安全に使える可能性があります。
今後は、これらの成分が持つリラックス効果や良い気分にさせる働きを活かして、さまざまな製品に応用できるかもしれません。
例えば、この匂いを取り入れた香水や、リラックス効果を高める商品ができることも考えられます。
また、人間関係を良くするために使われることも期待できます。
もちろん、実際に製品化するためには、安全性をしっかり確認したり、人によって効果に違いがないかを確かめたりする必要があります。
しかし、この研究が明らかにした「匂いが人間関係に与える影響」の大切さは、将来的に多くの新しい発見やアイデアを生み出すきっかけになるでしょう。
参考文献
女性の排卵期に増加して、男性にポジティブな生理・心理効果を与える体臭成分を特定
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20250729-1.html
元論文
Human ovulatory phase-increasing odors cause positive emotions and stress-suppressive effects in males
https://doi.org/10.1016/j.isci.2025.113087
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部