古代メソポタミアの王族がかぶっていたとされる、世界最古級の黄金の兜(カブト)。
波打つ髪と耳を忠実に再現したその形状。
さらに後頭部には「お団子ヘア」の結び目までが精巧に刻まれています。
この黄金カブトは約4600年前のウル第一王朝の王族の墓から発掘されました。
一見すると奇抜な装飾品に見えるかもしれませんが、そこには当時の王権思想や政治的野望が巧みに編み込まれていたのです。
目次
- 王族の墓から現れた「金の髪型」
- 「キシュの王」だけに許された黄金カブト
王族の墓から現れた「金の髪型」

1927年、イギリスの考古学者レナード・ウーリー卿は、イラク南部にある古代都市ウルの王墓地で、一つの不思議な兜を発見しました。
墓の番号はPG 755。
中に埋葬されていたのは「良き土地の英雄」を意味する名を持つ「メスカラムドゥグ(Meskalamdug)」という人物でした。
この兜は15カラットの金で作られており、その表面には緻密な彫刻が施されていました。
波打つ髪の束がリボンで結ばれ、後頭部では小さなお団子となって後ろに丸く膨らんでいます。
さらに耳の形も再現されており、聴覚を確保するための穴が開けられていました。
あご紐を通すための小さな穴も確認されています。
つまりこの兜は、単に金属製の防具ではなく、着用者の髪型や顔のパーツまでも模した、きわめて個人的かつ象徴的なアイテムだったのです。
しかも兜の内側には布製の内張りがあった痕跡も見つかっており、実際に被られていた可能性が高いと考えられています。
では、この奇妙な兜は、果たして誰のためのものだったのでしょうか。
「キシュの王」だけに許された黄金カブト
ウルの王墓PG 755の被葬者メスカラムドゥグは、金の短剣やラピスラズリのビーズ、金の椀など豪華な副葬品とともに葬られていました。
しかし同時代の王墓と比べると規模は控えめであり、考古学者ウーリーは「彼はウルの王ではなく、王子であった可能性が高い」と推定しています。
一方で、別の印章(PG 1054)には「キシュの王メスカラムドゥグ」という称号が刻まれており、彼が実際に王として君臨していたことを示す証拠とされる場合もあります。
キシュとはメソポタミアの北方に位置した有力都市で、「キシュの王」とは単なる地元の支配者ではなく、広域支配を象徴する称号でもありました。
この黄金の兜には、そうした「キシュの王」だけが身に着けることを許された特殊な意匠が施されていると見られています。

後頭部のお団子ヘア、リボン状の髪飾り、頭頂部の織帯(ヘッドバンド)など、王権を象徴する髪型がそのまま再現されているのです。
実際、同様の髪型や兜は、後の時代に登場するエアンナトゥム(ラガシュ王)やサルゴン大王(アッカド王)など、いずれも「キシュの王」を名乗った支配者の像にも共通しています。
つまり、この黄金の兜は単なる副葬品ではなく、「王であること」を可視化するための象徴装置だったと考えられるのです。
約4600年前のこの黄金の兜は、現代の目から見れば一種の芸術作品のようにすら映ります。
しかし、それは単なる美術品ではありませんでした。
兜に彫られた髪型や装飾には、王としての資格、都市国家を超えた支配権、そして神と交信する者としての特別な地位が刻み込まれていたのです。
参考文献
Meskalamdug’s Helmet: One of the world’s oldest helmets depicts a Mesopotamian prince’s man bun
https://www.livescience.com/archaeology/meskalamdugs-helmet-one-of-the-worlds-oldest-helmets-depicts-a-mesopotamian-princes-man-bun
The war helmet of the King of Kish
https://www.sumerianshakespeare.com/helmet-king-of-kish
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部