イスラエルのヘブライ大学エルサレム校(HUJI)を中心とする国際研究チームによって行われた研究により、金や銅、アルミニウムなど、一般には「磁石に反応しない」とされてきた金属が実は極めて微弱ながら磁場に反応し、その磁気的性質をレーザー光を使って検出できることが明らかになりました。
研究では可視光範囲の青色レーザーと巧みな磁場変調装置により、これまで観測が不可能だった非磁性金属(金、銅、アルミニウム、タンタル、そして白金)の微弱な磁気信号を初めて捉えたことが示されています。
これまで見過ごされてきた非磁性金属が発する「磁気の囁き」とは、一体どのような現象なのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年7月17日に『Nature Communications』にて発表されました。
目次
- 金や銅が磁石に「反応しない」は本当か?
- 磁石にくっつかない金属も磁場に反応することを実証
- 磁気のささやきがもたらす未来
金や銅が磁石に「反応しない」は本当か?

私たちは日常の中で、無意識のうちに「磁石につく金属」と「磁石につかない金属」を区別しています。
例えば、冷蔵庫にメモや写真を貼る際、磁石がピタッと貼りつくのは、冷蔵庫の表面が鉄でできているからです。
一方で、金や銀、銅やアルミニウムといった金属は磁石を近づけても全く反応しません。
そのため私たちは、こうした金属が磁気とは全く無関係であると思い込んでしまっています。
しかし、本当にそうなのでしょうか?
実は、「磁石につかない」とされる金属でも、磁気に完全に無関係というわけではありません。
磁石につく金属に比べれば非常に微弱ですが、磁場をかけた時にほんのわずかな反応を示すのです。
具体的には、磁場をかけると金属内を流れる電気の流れ方に、非常に微細な変化が生じます。
この現象は、今から140年以上も前の1879年に、アメリカの物理学者エドウィン・ホールによって発見され、「ホール効果」と名付けられました。
以来、この現象は電子機器や半導体デバイスの特性を調べるための基本的な測定方法として、現代のテクノロジーに欠かせない技術となっています。
ただ、このホール効果の強さは、金属の種類によって非常に大きく異なります。
鉄やニッケルのように磁石に強く反応する「強磁性金属」では、磁場により電流の流れ方が劇的に変化するため、「異常ホール効果」と呼ばれるほど強い反応を示します。
これに対して、銅や金、アルミニウムなどの非磁性金属では、磁場をかけても電気の流れが曲がる効果は極めて微弱であり、従来の測定方法では検出することが非常に困難でした。
理論的には、こうした微弱なホール効果も、特別な方法を使えば目に見えるように検出できる可能性があります。
例えば、金属に光を照射し、その反射された光を分析すれば、金属内の電子が磁場によってどのように動いているかを可視化できるのではないかと考えられています。
このように、ホール効果を光によって観察する方法は「光学ホール効果」と呼ばれています。
【コラム】なぜ光でホール効果がわかるのか?
「ホール効果」とは、金属の中を電気が流れているときに磁場をかけると、電気の流れがほんの少しだけ曲がるという現象です。これは、ちょうど川の水が岩にぶつかって流れの向きを変えるように、磁場という見えない「力」が電子の流れを曲げるから起こります。電子はある意味で極小の磁石であるため、磁場の影響を受けます。そして電子が流れる方向が少し曲がると、金属の中にある電子の配置が変わり、わずかな電気の偏りが生じます。この「電子の偏り」が起こると、金属の表面で光を反射したときに、その光がわずかに性質を変えることがあるのです。例えば、鏡を少し傾けると反射した光の向きが変わるように、電子の配置が変わると、反射された光の性質(特に偏光という光の振動の方向)がわずかに変化します。つまり、「光でホール効果がわかる」のは、電子が磁場によって少し曲げられると、金属表面での光の反射のしかたがごくわずかに変化するからなのです。
しかしながら、現実にはこの光学ホール効果を可視光(人間が目にする光の波長)で観測しようとすると、その信号はあまりにも微弱で、これまでどんな高度な装置を用いても捉えることができませんでした。
ちょうど、大勢の人が騒いでいる部屋で、誰かが小声で話しているのを聞き取ろうとするのに似ており、従来の装置ではその小さな声を拾うだけの十分な「耳」が備わっていなかったのです。
ホール効果を発見したエドウィン・ホール自身も銀のホール効果を検出しようとしましたが、残念ながら成功しませんでした。
1881年に彼が論文の最後に書き残した言葉が、この難しさを象徴的に示しています。
「もし銀の効果が鉄の10分の1でもあれば検出できただろうが、そのような効果は観測されなかった」(E. H. Hall, 1881)。
これは単なる失敗の記録ではなく、後世の科学者たちに向けられた重要な課題として残りました。
こうした歴史的背景を持つため、「磁石につかない金属も微かに磁気に反応している可能性がある」という仮説は、物理学の中で150年近く解決されない謎として残り続けてきました。
そこで今回、ヘブライ大学エルサレム校のアミール・カプア教授を中心とする国際的な研究チームは、この長年の課題に挑戦することを決意しました。
研究者たちは次のような仮説を立てました。
「磁石につかない金属であっても、実は極めて微弱なレベルで磁気と相互作用をしているのではないか。そして、その微弱な磁気を、最新のレーザー光学技術を使えば初めて検出できるのではないか。」
この仮説を確かめるためには、これまでにない全く新しい測定技術の開発が不可欠でした。
果たして研究チームは、どのような新しい方法を用いて、この微かな磁気信号を実際に検出することができたのでしょうか?
磁石にくっつかない金属も磁場に反応することを実証

どのようにして、「磁石につかない金属」からの微かな磁気信号をキャッチしたのか?
研究チームはまず、磁気を調べるための「耳」となる観測技術の開発に着手しました。
それにあたりベースとなったのが「磁気光学カー効果(MOKE)」という測定方法です。
磁気光学カー効果とは、磁性体(磁気を持つ物質)の表面にレーザー光を当てたときに、光の反射の仕方や偏光の方向が微妙に変化する現象です。
わかりやすくイメージすると、湖の水面が風で細かな波を立てるように、磁場の影響によって物質表面で反射されるレーザー光にもごくわずかな“偏光の変化”が生じます。
(※「磁場をかける➔磁石にくっつかないはずの金属の表面の電子に揺れ➔レーザー照射➔反射されるレーザーにも揺れ」という感じです)
このレーザー光の「揺らぎ」を詳しく観察することで、磁性体の内部で電子がどのように磁場に反応しているかを知ることができるのです。
しかし、このカー効果は鉄のように強い磁気を持つ物質では観察が容易でしたが、金や銅など磁気を持たないとされる物質ではその変化が小さすぎて、従来の方法では検出できなかったのです。
そこで研究チームが開発したのが、「フェリスMOKE」という新しい手法でした。
この「フェリスMOKE」では、従来のような巨大な電磁石や複雑な配線を使いません。
その代わり、小型の永久磁石を円盤状に並べ、それを高速回転させることによって、小さいながらも強く変化する磁場を作り出しました。
イメージとしては、遊園地の観覧車(英語で「フェリス・ホイール」)のように磁石が回転し、その回転によって磁場が一定の周期で強くなったり弱くなったりします。
さらに、この回転する磁石が生み出す磁場の中に、青色のレーザー光(波長440ナノメートル)を連続的に照射しました。
なぜレーザー光を使うかというと、レーザーは非常に精度が高く、わずかな光の変化も精密に検出できるからです。
つまり、高速回転する磁石で磁場を大きくかつ高速に変化させ、その大きな磁場変動の影響をレーザー光で正確に観察することで、これまで見逃されてきた小さな磁気反応を初めて検出することに成功したのです。
研究チームは、この新しい「フェリスMOKE」を用いて、いくつかの非磁性金属の薄い膜を作り、その表面にレーザーを当てるという実験を行いました。
今回使った金属は、銅、金、アルミニウム、タンタル、そして白金の5種類です。
これらは全て、磁石を近づけてもまったく反応しない、いわゆる「磁気とは無関係な金属」と考えられてきました。
ところが、この新しい測定方法によって、これらの金属の表面からも微弱な磁気信号が確かに検出されたのです。
さらに、この微弱な信号を詳細に調べると、いくつか興味深い特徴が明らかになりました。
最も驚くべきことは、検出された信号の中に、従来は「ただの雑音(ノイズ)」として見逃されてきたような小さな揺らぎが存在していたことです。
そして、このノイズの揺らぎ方が、金属の種類ごとに異なっていることも分かりました。
さらに詳しく分析すると、このノイズの大きさは「スピン軌道相互作用」という量子力学的な性質の強さと関連していることが明らかになりました。
このスピン軌道相互作用というのは、電子が持つ「スピン」という磁石のような性質と、電子が原子のまわりを回転する軌道の運動が互いに影響しあう不思議な現象です。
つまり、これまで実験で捉えられていたわずかなノイズが、実は電子の持つ微小な磁気性質から生まれた「磁気の囁き」そのものであった可能性が明確になったのです。
この驚くべき発見は、「磁石につかない金属」の中にも、これまで見過ごされていた新しい磁気現象が隠れているということを意味しています。
この新たに発見された「磁気の囁き」が私たちに示す、具体的な可能性や影響とはどのようなものでしょうか?
磁気のささやきがもたらす未来

今回の研究により、「磁石につかない」とされる金属でも、実は磁場に対して微かに反応していることが初めて光によって示されました。
私たちが日常で目にする金属、たとえば金や銅、アルミニウムなども、磁石にくっつかないという理由で、長い間「磁気とは無縁」と考えられてきました。
しかし今回の研究結果は、その常識を根底から覆すものとなりました。
ヘブライ大学エルサレム校のアミール・カプア教授は、この成果について「この研究は約150年前からの科学の難題を新たなチャンスに変えるものです」と述べています。
実際に、今回の実験によって初めて観測された微弱な磁気信号の中に、「スピン軌道相互作用」という、極めて興味深い量子力学の現象が関わっていることが明らかになりました。
この「スピン軌道相互作用」とは、電子の持つ「スピン」という磁気的な性質が、その電子が軌道上を動く運動に影響を与え合う現象のことです。
これまで「雑音」として見過ごされてきた小さな揺らぎが、実は電子のスピンの動きを通じて起こる磁気現象そのものである可能性が示されたのです。
この新しい知見がなぜ重要なのでしょうか。
それは、電子が磁場の影響下でどのように動き、エネルギーを失っていくかを理解する手がかりとなるからです。
例えば、磁石にくっつくような強磁性体が隣接する非磁性金属に触れているとき、磁性体からエネルギーが非磁性金属へと流れ出す現象があります。
この現象は専門的には「スピンポンピング」と呼ばれ、その際に磁性体が失うエネルギーを「ギルバート減衰」と言います。
今回の研究成果は、目に見えない磁気のエネルギーが金属の内部でどのように散逸していくかという、物理学の基礎的なメカニズムを解明する上でも重要な一歩となります。
さらに、この発見は未来のテクノロジー開発にも大きな影響を与える可能性があります。
現在、磁気メモリやスピントロニクス素子、そして量子コンピュータといった最先端の技術は、いずれも電子スピンの特性を活用することに重点を置いています。
今回の研究で明らかになったスピン軌道相互作用と磁気ノイズの関係を詳しく理解することで、これまでにない新たなタイプの電子デバイスや、超高性能な材料の開発が可能になるかもしれません。
また、この研究で開発された『フェリスMOKE』という新技術そのものも、実用的な観点から大きな可能性を秘めています。
半導体産業などで広く利用されるホール効果の測定は、従来では試料に微細な配線を直接つなぐ必要があり、非常に手間がかかる作業でした。
特に、電子部品がナノスケールにまで小型化されるにつれ、この方法はますます困難となっていました。
しかし、今回の『フェリスMOKE』技術を使えば、試料に触れることなくレーザー光を照射するだけで、ホール効果を精密かつ簡単に測定することが可能になります。
大型の電磁石や低温の特殊装置を必要としないため、常温での高速測定が可能であり、電子部品の開発や品質管理において画期的な改善をもたらすでしょう。
例えばこの方法を利用することで、ナノデバイス内部での電子の動きをリアルタイムで把握でき、これまで難しかった省エネルギー電子デバイスや、超高感度のセンサー技術の実現に一歩近づくことができます。
カプア教授らの研究チームは、「正しい周波数に耳を傾け、見るべきところが分かれば、これまで見えないと思われていたものを測定できる」と強調しています。
この発見が、私たちの物理学的な理解を深めるだけでなく、未来の量子技術や次世代電子デバイスの開発にも、新たな扉を開くことになるかもしれません。
元論文
A sensitive MOKE and optical Hall effect technique at visible wavelengths: insights into the Gilbert damping
https://doi.org/10.1038/s41467-025-61249-4
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部