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肥満には11種類あった――原因もそれぞれ別


アメリカのハーバード大学医学大学院(Harvard Medical School)およびMIT(マサチューセッツ工科大学)などがが共同運営するブロード研究所で行われた研究により、「肥満」という現象は、実は11種類もの遺伝的なタイプ(エンドタイプ)に分けられることが明らかになりました。

また研究では世界各国から200万人以上の遺伝子データが解析されており、その結果、これまで知られていなかった新規86か所を含む743か所の遺伝子領域が肥満と関連していることが判明しました。

こうした発見は、肥満の治療や予防を、タイプごとに個別化できる可能性を示しています。

「なぜ同じ食生活や運動習慣でも、太りやすさが人によって違うのか?」という疑問の答えは、遺伝子の中にあるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月2日に『medRxiv』にて発表されました。

目次

  • なぜ同じBMIでも健康度が違うのか──肥満の遺伝子研究最前線
  • 肥満の常識が崩れた──ゲノム解析で見えた11の新分類
  • 肥満治療が画一的だった時代は終わり

なぜ同じBMIでも健康度が違うのか──肥満の遺伝子研究最前線

なぜ同じBMIでも健康度が違うのか──肥満の遺伝子研究最前線
なぜ同じBMIでも健康度が違うのか──肥満の遺伝子研究最前線 / Credit:Canva

「同じように食べているのに、どうして私はすぐ太るのだろう?」

「運動をがんばっているのに、なぜか痩せられない。」

そんな悩みを持つ人は少なくありません。

実際、過去30年で子どもから大人まで世界的に肥満が急増しており、多くの人が自分の体型や体重に悩んでいます。

肥満の指標として広く使われているBMI(体格指数)は、体重と身長から簡単に計算できるため非常に便利ですが、実は大きな欠点があります。

例えば、同じBMIでも脂肪が多い人もいれば、筋肉が多い人もいます。

脂肪のつき方にも個人差があり、同じBMIでもリンゴのようにお腹まわりに脂肪がつくタイプは健康リスクが高い一方、洋ナシのように腰まわりや太ももに脂肪がつくタイプは比較的健康リスクが低いことが知られています。

さらに興味深いことに、太っているのに血糖値や血圧が正常な「健康的な肥満」と、肥満に加えて糖尿病や高血圧を伴う「不健康な肥満」が存在します。

こうした現象は経験的に知られていましたが、その理由について明確な答えは出ていませんでした。

一体、同じ「肥満」という言葉で表されるこれらのタイプの違いは、何が原因で生まれるのでしょうか?

実は近年、この謎を解く重要なカギとして「遺伝子」が注目され始めています。

2007年に肥満と関連する遺伝子変異が初めて『FTO』遺伝子内で発見されました。

【コラム】肥満に関連するFTO遺伝子変異とは?

2007年に発見された「FTO遺伝子」とは、人の食欲やエネルギーの使い方に深く関係する遺伝子の一つで、脳の視床下部という部分で特に活発に働いています。この視床下部は、私たちがどのくらい食べるか、いつお腹が空くかといった「食欲」や「満腹感」を調整する司令塔のような役割をしています。このFTO遺伝子に変異(通常と異なる小さな違い)があると、脳での食欲調整が少しだけうまくいかなくなります。具体的には、満腹感を感じるまでにより多く食べてしまったり、高カロリーな食べ物を無意識に好むようになったりする傾向があります。そのため、この変異を持つ人は持たない人に比べて体重が増えやすく、肥満になる可能性が高いことが分かったのです。重要なのは、このFTO遺伝子の変異はごくありふれたもので、実は多くの人が持っているとされています。たとえば日本人を含む東アジア人では約20~30%、欧米人では約40~45%もの人がこの変異を少なくとも1つ持っていると言われています。また、この変異を2つ(両親から1つずつ)受け継いだ人は、1つだけ受け継いだ人よりもさらに太りやすく、持っていない人に比べると平均で約3kgほど体重が増えやすいというデータもあります。このように、FTO遺伝子の変異は決して珍しいものではなく、多くの人が「肥満リスクを高める変異」を持ちながら生活していることがわかっています。この発見によって、肥満は単に自己管理不足だけでなく、生まれ持った遺伝子の影響も大きいことが明らかになり、個人の体質に合わせた肥満の予防や治療方法が求められるようになりました。

この発見は肥満研究の大きな転機となり、その後数百もの肥満関連の遺伝子変異が明らかになっています。

しかし、それらの遺伝子の影響は一つひとつが小さく、多くの遺伝子が複雑に絡み合って肥満を引き起こしているため、肥満の本当の原因は長年掴みにくいままでした。

そこで近年では、BMIだけではなく、腹囲やウエスト・ヒップ比(WHR)、体脂肪率、内臓脂肪の画像診断などを組み合わせ、肥満をより深く理解しようという試みが行われるようになりました。

「BMIはもう古い」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、それはまさにこうした新しい肥満研究の動きを表したものなのです。

しかし、さまざまな指標をまとめて解析するには膨大なデータが必要であり、それを実現できる研究はなかなかありませんでした。

このような状況を背景に、研究チームはこれまでの限界を超えるような規模での肥満の遺伝的要因の調査に挑みました。

複数の肥満関連指標を統合して解析すると、肥満の遺伝的な全体像が見えてくるのではないかと考えたのです。

研究チームが取り組んだこの解析で、肥満には私たちが思っている以上に多くの遺伝的要因があり、それが体質や健康リスクにどう影響するかが見えてきました。

肥満を引き起こす「隠れた原因」を遺伝子レベルで特定することができれば、肥満のタイプごとに、より効果的で個別化された予防法や治療法が提供できる可能性があるのです。

肥満の常識が崩れた──ゲノム解析で見えた11の新分類

11種類の肥満の特徴と関連遺伝子をまとめたもの
11種類の肥満の特徴と関連遺伝子をまとめたもの / Credit:Genomics reveals eleven obesity endotypes with distinct biological and phenotypic signatures

どのように肥満をタイプ別に分類したらいいのか?

この疑問に答えを得るため研究者たちはまず、世界中のさまざまな祖先背景を持つ200万人以上という巨大なデータを集めました。

対象となった人々は、欧米・アジア・アフリカなど幅広い地域の祖先を持ち、多様な遺伝情報を代表しています。

研究者は、この大規模なデータからBMI(体格指数)や腹囲、ヒップサイズ、ウエストとヒップの比率(WHR)といった複数の体格指標を集め、これらの指標をひとつの総合的なデータとしてまとめました。

このデータに対して、まず行われたのはゲノム全体をくまなく調べる「ゲノムワイド関連解析(GWAS)」という手法です。

この解析は膨大なゲノム情報の中から、肥満との関連性が強い遺伝子領域(遺伝子座)を探し出すものです。

その結果として743箇所もの肥満に関連する遺伝子領域が見つかり、さらにその中の86箇所は、今回の研究で初めて明らかになった新しい領域でした。

つまり、これまで知られていなかった肥満の原因を遺伝子レベルで約13%も多く見つけ出すことに成功したのです。

しかし、これだけ多くの遺伝子領域が関与しているとなると、肥満のメカニズムはかなり複雑であることが予想されます。

そこで研究者たちは次に、見つかった膨大な遺伝子情報を整理して、肥満を引き起こす原因ごとに分類する作業に取りかかりました。

この段階で活躍したのが機械学習という人工知能(AI)の技術です。イギリスのバイオバンクの約40万人分のデータを使い、遺伝的な特徴が似ているグループを自動的に見つけ出す手法を適用しました。

その結果、驚くことに肥満は遺伝的に11個の明確に異なるグループ(肥満クラスター、エンドタイプ)に分類できることが明らかになりました。

これはつまり、私たちが普段「肥満」とひとことで片付けていた現象が、実際には遺伝的にまったく異なる複数のメカニズムによって引き起こされていることを意味します。

11種類のエンドタイプのうち2つは、実は以前から医療現場でもよく知られていたものでした。

一つ目が「代謝的に健康な肥満」というタイプで、体重は多いものの血糖値や血圧が正常で健康リスクが低い人たちです。

二つ目が「代謝的に不健康な肥満」というタイプで、肥満に加え糖尿病や脂質異常など健康リスクが高い人たちを指しています。

今回の研究によって、これらが単なる臨床的な分類にとどまらず、遺伝子レベルでも異なることが初めて明確に裏付けられたのです。

さらに重要なのは、残りの9種類の肥満エンドタイプが今回初めて発見されたということです。

これらには、インスリンの働きが異常に強いタイプ、インスリンを分泌する膵臓のβ細胞の機能が高まったタイプ、免疫システムに異常があるタイプ、脳やホルモンの調節に問題があるタイプ、脂肪の処理能力が異常なタイプなどがあります。

専門的にはそれぞれ、「インスリンの作用が強いタイプ」「膵臓のβ細胞がよく働くタイプ」「免疫機能が乱れているタイプ」「脳やホルモンの調節に特徴があるタイプ」「脂質の代謝に異常があるタイプ」などと表現できます。

これら11のタイプは、それぞれ異なる健康リスクやバイオマーカー(血液中のホルモンや代謝物質)の特徴を持っており、将来的にどんな健康経過をたどるかも異なります。

加えてあるタイプは糖尿病になりやすく、別のタイプは心臓病になりやすいなど、それぞれが特有の健康リスクを抱えていることが判明しました。

さらに研究チームは、各タイプごとに主に影響を及ぼす遺伝子の働く部位が違うことも突き止めました。

あるタイプの肥満では脳の中枢神経系に関係する遺伝子が多く働き、食欲や代謝のコントロールに関係していました。

また別のタイプでは脂肪組織や免疫系に関係する遺伝子が主役となっていました。

このように、肥満という状態が実に多様で複雑な仕組みを持つことが遺伝子レベルで解明されたのです。

この重要な発見を医療の現場で役立てるため、研究者たちはさらに一歩進めました。11種類のエンドタイプごとに、自分がどのタイプの肥満に当てはまりやすいのかを簡単に判定できるよう、「分割ポリジェニックスコア(pPS)」と呼ばれる遺伝的リスクのスコアを開発しました。

このスコアはマサチューセッツ総合病院のバイオバンク約4万8千人のデータを使って検証され、自分がどの肥満タイプになりやすいか、また将来的な健康リスクをどの程度予測できるかが確認されています。

このスコアは既に公開されており、今後さらに研究や医療で役立てられる予定です。

こうして肥満の遺伝的な謎を大きく解き明かした今回の研究ですが、具体的に各タイプの肥満にはどのような遺伝的なメカニズムが働いているのでしょうか?

肥満治療が画一的だった時代は終わり

肥満治療が画一的だった時代は終わり
肥満治療が画一的だった時代は終わり / Credit:Canva

肥満を「遺伝的に11種類に分類できる」という発見は、医学・健康分野において様々なインパクトをもたらすと期待されます。

最大のポイントは、「肥満は一つではない」という認識が広まることでしょう。

例えるなら、肥満は発熱のような症状であって、その原因は一つとは限らないということです。

風邪なのかインフルエンザなのかで適切な対処が違うように、肥満もタイプごとに適した治療法や予防策が異なる可能性があります。

従来、肥満対策というと食事療法や運動指導が画一的に行われがちでした。

しかし、中には「免疫系の問題で太りやすい人」や「脳の満腹中枢の働き方に特徴がある人」がいるかもしれません。

そうした人々には、それぞれのメカニズムに合わせたアプローチ──例えば抗炎症作用を意識した食事や食欲を調節する薬の活用など──が効果的となる可能性があります。

今回の研究は、肥満治療をより個別化し“オーダーメイド医療”へと近づける科学的基盤を提供したと言えるでしょう。

また、この発見は肥満に対する社会的な見方にも影響を与えるかもしれません。

肥満は往々にして本人の努力不足や自己管理の問題と捉えられがちでした。

しかし、遺伝的タイプの存在が明らかになれば、「太りやすさ」は人それぞれ異なる生物学的背景を持つことへの理解が深まるでしょう。

「肥満だからといって一括りに語れない」という認識は、偏見の軽減やよりきめ細かな健康教育にもつながるはずです。

例えば「遺伝的にインスリン抵抗性が高いタイプ」の人には糖質の摂り方に注意する指導が必要かもしれませんし、「神経内分泌型」の人にはストレス管理が重要になるかもしれません。

このように個人の体質に合わせた対策が講じられるようになれば、肥満に起因する糖尿病や心臓病などの合併症リスクを効率的に下げることが期待できます。

もっとも、今回提示された11種類の分類はスタートラインに立ったばかりです。

今後の研究で各タイプの詳細なメカニズムや効果的な介入方法が解明されていくでしょう。また実際の医療現場でこの分類法を使うには、更なる検証やツール開発が必要です。

しかし専門家たちは、この研究が「肥満という状態そのものが多様であるのと同様に、肥満の予防や管理もまた多様である必要があります」と述べています。

つまり、肥満という“症状”の裏に潜む多彩な原因に目を向け、その人に合った戦略を取ることが重要だというメッセージです。

私たち一人ひとりが自分の「肥満タイプ」を知る日が来るかもしれません。

その時には、減量方法も薬の選択もオーダーメイドで最適化され、「肥満=不健康」という単純な図式は過去のものになっている可能性があります。

今回の発見は、そんな未来への道筋を照らす画期的な一歩と言えるでしょう。

肥満と闘う科学は今、より緻密で優しいアプローチへと進化しつつあるのです。

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元論文

Genomics reveals eleven obesity endotypes with distinct biological and phenotypic signatures
https://doi.org/10.1101/2025.06.30.25330607

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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