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磁場を当てるだけで冷える結晶を発見


ドイツのブラウンシュヴァイク工科大学(TU Braunschweig)などで行われた研究により、緑色の鉱物「アタカマイト」が、磁石の力を与えるだけで自らを劇的に冷却する性質を持つことを明らかにしました。

通常、冷蔵庫などの冷却装置はガスやコンプレッサー(圧縮機)を使って温度を下げていますが、この結晶はそうした機械的な仕組みを一切使わず、磁場を加えるというシンプルな方法だけで急激に冷却されます。

まさに「物理学の常識を破る」ようなこの現象は、将来的に環境に優しい新しい冷却技術を生み出す可能性があります。

しかしこの謎めいた結晶はいったいどんな仕組みで磁場で冷却を起こしているのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年5月27日に『Physical Review Letters』にて発表されました。

目次

  • なぜアタカマイトに注目するのか?
  • 磁石を近づけるだけで冷えていく「磁気冷却」の仕組み
  • 磁場で「秩序を壊して冷やす」—新発見が示す磁気冷却の未来と可能性

なぜアタカマイトに注目するのか?

なぜアタカマイトに注目するのか?
なぜアタカマイトに注目するのか? / チリ産アタカマ石/Credit:Stefan Schorn

暑い夏の日に冷蔵庫を開けて、冷たいジュースやアイスを取り出す瞬間は最高ですよね。

逆に、寒い冬の日に暖かい飲み物を手に取ってホッと安心することもあるでしょう。

私たちが当たり前のように感じている「温度を調整する」という行為は、実はけっこう特別なことです。

冷蔵庫や暖房のような機械を使わずに磁場に晒すだけで物体の温度を変えられるとしたら、まるで魔法みたいで不思議に感じませんか?

ところが、自然界には実際にそんな不思議なことが起きる物質があります。

その一つが「アタカマイト」という美しい緑色の鉱物です。

この鉱物は、南米チリの砂漠(アタカマ砂漠)で発見されました。

きれいなエメラルドグリーンの色をしていますが、その色の秘密は銅イオンというものにあります。

銅イオンは電子をひとつだけ余分に持っていて、この電子が「小さな磁石」のように振る舞います。

つまり、目には見えませんが、銅イオンひとつひとつが小さな磁石として機能しているんです。

アタカマイトがさらに特別なのは、この銅イオンの並び方です。

アタカマイトの中では、銅イオンが「のこぎりの刃」のような特殊な形を作っています。

「のこぎりの刃」の部分は三角形が連なった形になっていて、これがちょっと厄介な問題を引き起こします。

磁石には「N極とS極」という性質があり、二つの磁石はお互いに反対方向を向いて並ぶのが安定です(N極とS極はくっつきやすいですが、同じ極同士は反発しますよね)。

ところが、磁石が三つになって「三角形の頂点」に置かれると、ちょっと困ったことが起こります。

磁石(スピン)には互いに向き合った時に、「反対方向を向きたい」という性質があります。

これはちょうど二つの磁石を近づけた時に、N極とS極が自然に引き合い、N極同士やS極同士が互いに反発するのと似ています。

二つの磁石なら簡単に反対を向き合うことができますが、三つの磁石を三角形の頂点に並べるとどうなるでしょうか?

最初と二つ目の磁石は反対の向きを向けばそれで満足です。

ところが、三つ目の磁石はどうでしょうか?

三つ目の磁石は、両側にいる二つの磁石の「どちらとも」真反対を向きたいと思っています。

しかし、この三つ目の磁石にとっては、両隣の磁石がそれぞれ違う方向を向いているので、「どっちを向いても片方とは真反対になれない」という状況になってしまうのです。

これはちょうど、仲が良くない三人が輪になって手をつなぎ、「お互いが顔を合わせないように後頭部を向け合ってください」と言われたけれども、三人目の後頭部はどちらを向いても後頭部同士が正面から向き合わない…という状態に似ています。

このように、三つの磁石が三角形に並んだときには、必ずどこかにうまく解決できない矛盾が生じてしまいます。

こうした磁石たちが「どう向けばいいのか決められずに困ってしまう状態」のことを、物理学では専門的に「磁気フラストレーション」と呼んでいます。

簡単に言うと、磁石たちが「どの方向を向いたらいいのか分からず、お互いに悩んでいる」状態のことなのです。

三角形の構造ではどこかに必ず矛盾が生じ、すべての磁石が完璧に満足できる配置が見つかりません。

このような磁気フラストレーションを持つ物質では、磁石(スピン)たちは「安定した状態」をなかなか見つけられず、常に向きを変え続けます。

そのため、非常に低い温度になるまでは、磁石がきれいに並ぶ秩序状態が形成されません。

アタカマイトの場合、この秩序が現れるのは約9ケルビン(マイナス264℃)以下という、極めて低い温度です。

それより高い温度では、磁石たちは「落ち着きのない子どもたち」のように、方向を定められずに揺れ動いています。

つまり、普通の磁石が簡単に整列する温度でも、アタカマイトでは秩序が生まれず、いつまでも乱れた状態が続くのです。

では、科学者たちはなぜ、こんな「磁石の秩序が定まらない物質」に強い関心を抱いたのでしょうか?

実は、この「秩序が不安定な状態」には、磁場や圧力などの少しの刺激を与えるだけで、磁石の状態が劇的に変化する可能性が秘められています。

これはいわば、ピンと張ったゴムがちょっとの刺激で勢いよく跳ねるようなもので、物質が劇的に変化する現象を科学者たちは「量子相転移」と呼んでいます。

特に磁場をかけることにより、「磁石が交互に並ぶ秩序状態(反強磁性)」が、まったく異なる性質を持つ状態(例えば「量子スピン液体」や「量子順磁性」など)へと急激に変化することがあります。

こうした変化が起こる特定の磁場強度を「量子臨界点」といい、このポイントでは物質内部の「乱雑さ(エントロピー)」が大きく変動します。

乱雑さとは、簡単に言えば物質内で磁石が向きを自由に変えられる程度のことで、物体のエントロピーがもし急減すれば、物体の温度を下げることにつながります。

この現象のしくみをもっとよく理解するため、研究者たちは実際に存在するアタカマイトという鉱物を使って、磁場をかけた時に磁石の秩序がどのように変化し、その結果としてどれくらいの「冷却効果」が現れるのかを詳しく調べることにしました。

はたして、この「悩める磁石たち」は強い磁場をかけると、私たちにどんな驚きを見せてくれるのでしょうか?

磁場をかけるだけで勝手に冷却されるという現象は本当にみられたのでしょうか?

磁石を近づけるだけで冷えていく「磁気冷却」の仕組み

磁石を近づけるだけで冷えていく「磁気冷却」の仕組み
磁石を近づけるだけで冷えていく「磁気冷却」の仕組み / Credit:川勝康弘

「悩める磁石たち」が磁場によって本当に冷えるのか?

この謎を解明するため、研究者たちはまず「悩める磁石」の結晶、アタカマイトのサンプルと「超巨大磁石」を用意しました持ち込みました。

場所はドイツ・ドレスデンにあるヘルムホルツ強磁場研究施設。

ここでは最大58テスラという、とてつもない磁場を発生させられます。

58テスラというのは、病院のMRI(約3テスラ)の20倍近くも強く、地球の磁場の100万倍以上という強烈な強さです。

ちょっと想像しにくいですが、いわば「超巨大な磁石」を使って、小さな結晶にどんな変化が起きるのかを観察したのです。

実験では、この強力な磁場をアタカマイトの結晶の「c軸」と呼ばれる特定の方向(結晶軸)に沿ってかけ、その間に「温度がどう変わるか」「内部の磁石がどこまで揃うか」を同時に測定しました。

温度の変化は熱容量を調べれば分かりますし、磁石の揃い具合は核磁気共鳴(NMR)という“超精密聴診器”のような装置で確かめられます。

するとおもしろいことが起こりました。

磁場を徐々に強めていくと、約20.3テスラを超えたあたりから結晶の中で秩序だった磁石の並びが崩れはじめ、21.9テスラあたりで完全にバラバラになってしまったのです。

普通の磁石なら、磁場を強めれば強めるほど整然と並ぶはずなのに、アタカマイトでは逆に“お行儀崩壊”が起きたわけです。

まさに、物理の常識を裏切るような現象でした。

さらに驚くことに、この秩序が壊れる瞬間にアタカマイトの温度が劇的に下がるという現象も観察されました。

磁場をかけただけで、まるで冷蔵庫のスイッチが入ったかのように、結晶が自ら冷えてしまったというわけです。

これは「磁気冷却効果(磁気カルオリック効果)」という現象で、実は最近、省エネ型の新しい冷却技術として注目されている仕組みです。

しかし、アタカマイトで見られたような強力な磁気冷却効果は、これまでほとんど観測されたことがありませんでした。

この不思議な現象のメカニズムを明らかにするため、研究チームは数値シミュレーションという方法を使って結晶の内部で何が起きているかを詳しく解析しました。

すると、この現象のカギを握るのはアタカマイトに存在する二種類の銅イオンであることが分かりました。

結晶の中で銅イオンは「のこぎりの刃」のような形で並んでいますが、その「刃先」にある銅イオンが、磁場によってすばやく揃ってしまうことが分かりました。

この磁石の揃い方は、普通なら秩序を生み出しそうなものですが、アタカマイトの場合、これが逆に裏目に出てしまいます。

「刃先」の銅イオンが磁場方向に揃うと、それまで弱く繋がっていたチェーン間の「磁石の絆」が断ち切られ、結晶内部の磁石たちが互いに連携できなくなり、三次元的な秩序が一気に崩壊します。

専門的にはこの現象を「次元還元」と呼びます。

つまり、磁場をかけたことによって、アタカマイトの磁石たちは三次元の連携が壊れてバラバラになり、一気に次元が下がった(1次元の鎖状になった)状態になったというわけです。

さらに不思議なのは、この秩序の崩壊に伴い、本来ならば乱雑さ(エントロピー)が増えるはずなのに、アタカマイトの場合は逆にエントロピーが急激に減少したことです。

これは磁石(スピン)の揺れ動く自由が磁場によって制限され、磁石たちが静かな状態になってしまったためです。

スピン系のエントロピーが減少すると、その分を補うために結晶の磁石部分(スピン系)が結晶の原子振動(格子系)の熱エネルギーを取り込み、結果として格子の温度が下がります。

つまり、磁場をかけることで磁石たちの自由を奪った結果、アタカマイト自身が自発的に冷却してしまった、という驚きの仕組みだったのです。

こうして研究者たちは、磁場によって磁石の秩序が破壊されるという予想外の現象を発見しましたが、次なる疑問は「なぜアタカマイトでは普通とは逆の現象が起きたのか?」ということです。

磁場で「秩序を壊して冷やす」—新発見が示す磁気冷却の未来と可能性

磁場で「秩序を壊して冷やす」—新発見が示す磁気冷却の未来と可能性 
磁場で「秩序を壊して冷やす」—新発見が示す磁気冷却の未来と可能性  / Credit:Canva

今回の研究によって、磁場によって磁石の秩序が壊れると同時に物質が自発的に冷えるという、極めてユニークな現象が現実に存在することが実証されました。

この結果は、基礎的な物理学研究においても、そして未来の実用的な技術においても、非常に興味深く重要な発見だといえます。

まず基礎物理学の観点から見ると、この研究では「量子臨界点」と「次元還元」という二つの重要な現象が同時に観測されました。

簡単にいうと、アタカマイトという鉱物が、ある磁場(約21.9テスラ)を境にまったく別の性質を持った状態へと突然変化したのです。

このような現象は「量子相転移」と呼ばれ、特に磁石の世界では理論的には知られていましたが、実際の物質でこれほど鮮やかに確認されることは稀でした。

特に「磁石は磁場をかけると普通は整然と並ぶ」という私たちの直感を覆し、磁場を強めることで逆に磁石同士の秩序が崩壊し、物質の温度が下がるという結果には科学者たち自身も驚いたはずです。

さらに興味深いことに、磁場によって物質の中で磁石の繋がり方が3次元から1次元へと劇的に変化する「次元還元」という現象も観察されました。

これはまるで、今まで3次元的に手をつないでいた磁石たちが、磁場によって突然手を離して1次元の「線」のような配置にばらけてしまったようなものです。

このような現象は自然界では非常に珍しく、物理学者にとって大変刺激的な発見となりました。

次に応用の視点から考えてみましょう。

今回見つかった「磁場で秩序が壊れ冷却される」という仕組みは、将来的にエネルギー効率が非常に良い新しい冷却技術を生み出す可能性を秘めています。

現在、私たちの身の回りで使われる冷蔵庫やエアコンは、フロンガスなどの冷媒を使って冷却しています。

しかし、環境問題やエネルギー問題が深刻化する中で、こうした従来の冷却技術に代わる「磁気冷却技術」という新しい選択肢が注目を浴びています。

磁気冷却は、有害なガスを使わずに磁石の力で温度を制御するため、環境に優しい冷却技術として期待されているのです。

今回の研究で得られた結果は、アタカマイトそのものが実際の冷却装置に使われるという意味ではありません。

実際に研究チームも「もちろん将来このためにアタカマイトが大量採掘されるとは思っていません」と述べています。

むしろ重要なのは、この研究が示した「磁場によって磁石のもつれを解消すると、強力な磁気冷却効果が得られる」という原理そのものです。

この原理をヒントに、室温付近でも強力な磁気冷却効果を示すような新たな材料を開発できるかもしれません。

たとえばより安価で大量に用意できる物質を上手組み合わせてたメタマテリアルで同様の効果が達成できるようになれば、磁気冷却の実現に近づくでしょう。

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参考文献

Defying physics: This rare crystal cools itself using pure magnetism
https://www.sciencedaily.com/releases/2025/07/250705084251.htm

元論文

Atacamite Cu2⁢Cl⁢(OH)3 in High Magnetic Fields: Quantum Criticality and Dimensional Reduction of a Sawtooth-Chain Compound
https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.216701

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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