戦争で実際に原子爆弾が使用されたのは歴史上ただ2回、1945年の広島と長崎だけです。
2度とこのような惨事を許してはなりませんが、残念ながら、世界には1万2000発を超える核弾頭が作られてしまっています。
もしも再び人類の愚かな判断により、原子爆弾が投下されてしまったら…?
そんな事態は想像すらしたくありませんが、科学者の視点から見て、原子爆弾が投下されたとしたら、私たちはどのくらい離れていれば生き延びられるのでしょうか?
今回は、その疑問に科学的に迫ってみたいと思います。
目次
- 最初に襲ってくる「光」と「熱」の恐怖
- 風と圧力、そして「死の灰」
最初に襲ってくる「光」と「熱」の恐怖
まず最初に指摘しておくべきは、核爆弾ひとつの影響を正確に見積もるのは非常に難しいという点です。
というのも、その影響は投下当日の天候、爆発の時間帯、地形、それから地上爆発か空中爆発かといった様々な要因によって大きく左右されるからです。
とはいえ、一般的に言えば、核爆発にはある程度予測可能な段階があり、それぞれが生存率に影響します。
第一に、核爆発によるエネルギーの約35%は「熱放射」の形で放出されます。
熱放射は光の速さで伝わるため、最初に私たちを襲うのは目がくらむような光と熱です。
この光だけでも「フラッシュ盲(もう)」と呼ばれる視力喪失を引き起こす可能性があり、これは通常であれば数分で回復します。
ちなみに、ここで想定されている核爆弾は、広島型の80倍の威力を持つ「1メガトン」のものです。
これは現代の核兵器と比べるとまだ小さい部類ですが、それでも晴れた日中であれば最大21キロメートル離れていてもフラッシュ盲になる可能性があり、晴れた夜であれば最大85キロメートル離れていても一時的に視力を失うおそれがあります。

また爆心地に近い人々にとって問題なのは「熱」です。
軽度のやけど(1度熱傷)は最大11キロメートル離れた場所でも起こり得ますし、皮膚を破壊し水ぶくれを起こす3度熱傷は、8キロメートル以内で発生する可能性があります。
3度熱傷が体表面の24%以上に及ぶと、即座に治療を受けない限り致命的になる恐れがあります。
これらの距離は天候だけでなく、着ている服の色にも左右されます。白い服は爆風のエネルギーを多少反射しますが、暗い色の服は吸収してしまいます。
とはいえ、爆心地近くの人々にとっては、こうした差はほとんど意味を持ちません。
1メガトンの核爆弾の中心部では、温度が摂氏1億度近くに達すると推定されており、これは太陽の中心温度の約5倍です。
これは人間の体を即座に炭素などの基本的な元素へと還元してしまうほどの熱量です。
風と圧力、そして「死の灰」
爆発による影響は、光と熱だけではありません。
核爆発は周囲の空気を一気に押し出し、凄まじい衝撃波(爆風)を生み出します。
1メガトンの核爆弾であれば、爆心地から6キロメートル以内にある2階建ての建物の壁には、180トンもの力がかかるといわれています。
風速は時速255キロメートルに達し、人間の体は立っているだけで吹き飛ばされ、建物は容易に倒壊します。
さらに1キロメートル以内ではその圧力は4倍、風速は驚異の時速756キロにも達し、事実上その範囲内での生存は不可能と見なされています。
人体そのものはこの圧力に耐えることができたとしても、周囲の瓦礫や倒壊した建物に潰されて命を落とす可能性が高いのです。
そして、生き延びたとしても最後に襲いかかるのが「放射線被曝」と「死の灰」です。
広島と長崎では、爆弾は地上ではなく空中で爆発したため、地表の物質が放射化されて高空に飛散することは比較的少なかったとされています。
ですが、もし爆弾が地上で爆発していたら、大量の放射性物質が上空に巻き上げられ、風に乗って広範囲に拡散する事態になっていたでしょう。
この「死の灰」は数時間から数日後に地上へと降り注ぎ、人々を長期的に被曝させる恐れがあります。
さらに研究によれば、アメリカとロシアの全面核戦争が起こった場合、放出される煤(すす)や煙によって地球は「核の冬」に突入し、気温が急激に下がることで作物が育たなくなり、数十億人規模の飢饉が引き起こされる可能性もあるとされています。
実際、冷戦時代の核実験によって発生した放射性炭素は、地球で最も深い場所であるマリアナ海溝からも検出されています。
放射性物質の脅威は、想像以上に広く、そして長く続くのです。

ここまで見てきたように、核爆発の影響は瞬間的なものにとどまらず、熱、衝撃波、放射線、そして気候変動に至るまで多岐にわたります。
そして「どれくらい離れていれば安全か?」という問いに対する明確な答えは存在しません。
少なくとも確かなのは、核兵器が使われた場合、多くの人命が失われてしまうことです。
また人間だけでなく、その地に住む動植物や生態系も多大ない被害を受けるでしょう。
果たして、人類は核兵器を手放すことができるのでしょうか?
参考文献
Video: How Far Away Would You Need to Be to Survive a Nuclear Blast?
https://www.sciencealert.com/video-explains-how-far-away-would-you-need-to-be-to-survive-a-nuclear-blast-2
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部