海の民が小舟に亡くなった人を寝かせて埋葬するのはわかります。
しかし砂漠の民がこの葬儀をしているとなると、どう考えればよいでしょうか?
独マックス・プランク研究所(MPI)はこのほど、中国・新疆(しんきょう)ウイグル自治区にある砂漠の遺跡で、舟の形をした棺に埋葬された故人の遺体を発見しました。
年代は紀元前1400〜1900年頃のものです。
砂漠に住む古代人がなぜ舟で故人を埋葬したのでしょうか?
研究の詳細は2025年5月15日付で学術誌『Asian Archaeology』に掲載されています。
目次
- なぜ砂漠の民は「舟」に埋葬したのか?
- 逆さまの埋葬が示す「鏡の中の世界」
なぜ砂漠の民は「舟」に埋葬したのか?
物語の舞台となるのは、新疆(しんきょう)ウイグル自治区にある「小河墓地」という遺跡です。
小河墓地は、1934年にスウェーデンの考古学者によって初めて発見されました。
その後2000年代に入って本格的な発掘が行われ、これまでに約180基の墓が確認されています。
小河墓地の遺物は非常に保存状態がよく、有機物(木材、布、皮など)までがそのまま残っていることで世界的に注目を集めてきました。
この墓地の最大の特徴は、舟型の木棺を使っている点です。
それもただの舟ではありません。
棺は逆さまにして砂地に埋められ、櫂(かい)や杭を模したような柱が頭部から天に向かって突き出しています。
一部の棺にはウシの皮が何重にも巻かれており、まるで「水を渡るための道具」として準備されたかのようです。

なぜこんな形をしているのでしょうか?
研究者は「小河墓地の舟型棺は単なる形状の問題ではなく、死者を来世へ送り出すための象徴的な舟である」と指摘します。
この感想した砂漠には昔からオアシス地帯があり、夏に氷雪がとけた水が川となって流れ、湿潤な環境を一時的に生み出すことで知られていました。
この地域に暮らしていた人々にとって、水は命を支えるものであると同時に、死後の世界への通路でもあったのかもしれません。
舟型の棺、上向きの櫂や杭、ウシの皮での防水――それらは「魂を運ぶための舟」を演出し、死者がこの世から来世へ旅立つ準備を整えていたのです。
逆さまの埋葬が示す「鏡の中の世界」
さらに興味深いのは、棺が逆さに埋められていたという事実です。
舟型棺は底が上になり、上部に立てられた櫂や杭だけが砂の中から突き出しています。
まるで水面の下に舟が浮かび、櫂だけが見えているかのようです。
このような「上下反転」した埋葬は、死者の世界が生者の世界を反転させた鏡像であるという思想を反映している可能性があります。
実際、同様の「逆さまの来世観」はスカンジナビアの青銅器文化、サハラの岩絵、古代エジプトの文献、アメリカ・グレートベースンの岩絵など、世界各地の文化に共通して見られるのです。
研究者は、この発見を次のように位置づけます。
「小河墓地の舟型棺とそれを取り巻く象徴体系は、単なる埋葬ではなく、死後の航海を再現した儀礼であり、水を介して生と死をつなぐ文化的表現である」

小河墓地は、中国西部の過酷な砂漠地帯で営まれた先史時代の葬送文化の中でも、特異な存在です。
そこには生と死、水と砂、現実と象徴、すべてが入り混じる不思議な世界観が広がっています。
舟型の棺が表すのは、単なる輸送手段ではありません。
舟は文化によって「魂の移動」「変化の通過儀礼」「別世界への橋渡し」を意味する普遍的な象徴です。
舟をひっくり返して埋めるという行為には、死者をこの世から切り離し、あちら側の世界=逆さの世界へと送り出す強い意志が込められていたのでしょう。
参考文献
Mysterious boat burial practices on the desert’s edge: Study sheds light on ancient Xiaohe funerary rites
https://phys.org/news/2025-06-mysterious-boat-burial-edge-ancient.html
元論文
Reflections on water: funerary practice and symbolism at the Bronze Age site of Xiaohe
https://doi.org/10.1007/s41826-025-00105-2
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部