イギリス・ロンドンを流れるテムズ川。
観光名所としても知られるこの川の底から、実はこれまで何百体もの人骨が発見されているのをご存知でしょうか?
そして驚くべきことに、ロンドン自然史博物館(NHM)の最新研究で、これらの人骨は最近のものばかりではなく、紀元前4000年に遡るものもあることが判明したのです。
その中でも特に青銅器時代(紀元前2300年~紀元前800年)と鉄器時代(紀元前800年~西暦43年)に集中していることが明らかになっています。
では、なぜテムズ川でこれだけ多くの遺体が見つかるのでしょうか。
研究の詳細は2025年1月28日付けで学術誌『Antiquity』に掲載されました。
目次
- 古代の水辺には「死体」がつきもの?
- 何千年も前からテムズ川には遺体が捨てられていた⁈
古代の水辺には「死体」がつきもの?
これまで、川や湖といった水域から人骨が発見される例は世界各地で知られていました。
特にヨーロッパでは、泥炭地で発見される「湿地遺体(Bog body)」と呼ばれるミイラ化した遺体が有名です。
これらは遺体が湿地の泥に包まれて密閉されることで、微生物による分解が防がれ、皮膚や内臓が驚くほど良好な状態で保存されます。
一方で、湿地遺体の中にはその保存状態の良さから、首を絞められたり、刃物で刺されたり、頭部を強打されたりといった暴力の証拠をはっきりと留めているものがあります。
これらは古代の人々が何らかの理由で人間を犠牲にし、それを湿地に沈めていた可能性を示唆するものと指摘されてきました。
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そしてロンドンを流れるテムズ川でも人間の遺骨が多数見つかってきた歴史があります。
最初は19世紀頃に川の浚渫(しゅんせつ:水底の土砂やヘドロを取り除く土木工事)や建設作業の際に人骨が見つかるようになりました。
さらに20世紀も後半になると、考古学者たちが川底の遺物の調査を進める中で、大量の人骨が回収されるようになったのです。
なぜこれほど多くの人骨がテムズ川にあるのかはいまだによくわかっていません。
初期の研究では、これらの骨は戦争の犠牲者や水難事故によるものと考えられていました。
例えば、古代のローマ人とケルト人の戦闘で死亡した戦士が川に投げ込まれた可能性が指摘されています。
また近世に至るまで、ロンドンの人口密度の高さや疫病によって亡くなった人々の遺体が川に流されたという説もありました。
しかし人骨の年代がよくわかっていなかったため、これらの仮説も詳しく検討できずにいました。
そこで研究チームは今回、テムズ川で回収された人骨の年代測定をし、いつ頃の遺体なのかを調査したのです。
何千年も前からテムズ川には遺体が捨てられていた⁈
今回の研究では、テムズ川から回収された30体の骨を新たに放射性炭素年代測定にかけ、それまでの31体のデータと統合することで、骨が川に捨てられた時期を特定しました。
その結果、これらの遺骨のほとんどは紀元前4000年から西暦1800年までのものと判明し、その中でも特に青銅器時代(紀元前2300年~紀元前800年)と鉄器時代(紀元前800年~西暦43年)に集中していることが明らかになったのです。
このことから、遺体は単に偶然川に流れ着いたものではなく、時代ごとに意図的に川へ投棄された可能性が高いことが示唆されています。
さらに骨の損傷パターンを分析したところ、多くの遺体に骨折や外傷の痕跡があることも判明しました。
これらの痕跡は戦闘や儀式の際に加えられた可能性があります。
特に北西ヨーロッパでは先史時代に「水域への人骨の投棄」が宗教的な意味を持つ儀式として行われていたため、今回の研究は「儀式の一環としてテムズ川に遺体を捨てた」とする仮説の一つを裏付けるものとなりました。
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ただしこれはまだ仮説の域を超えてはおらず、具体的にどのような理由で遺体が川に投げ込まれたのかは、完全には解明されていません。
研究者たちは今後、テムズ川の遺骨に見られる損傷の詳細な分析を進めることで、戦争、儀式、あるいは犯罪といった異なる可能性を検討していく予定です。
テムズ川の流れの中に眠る古代の人骨たち。
それらが語る「死」の真相が、今後の研究でさらに明らかになることが期待されます。
参考文献
People have been dumping corpses into the Thames since at least the Bronze Age, study finds
https://www.livescience.com/archaeology/people-have-been-dumping-corpses-into-the-thames-since-at-least-the-bronze-age-study-finds
元論文
Human remains from the River Thames: new dating evidence
https://doi.org/10.15184/aqy.2024.233
ライター
千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部