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同時に2つの場所に存在できる量子電池は充電を速くできる


台湾の国立成功大学(NCKU)で行われた研究によって、「1つの量子電池を同時に2つの場所に存在できるようにする」重ね合わせ系の量子電池の実証実験が成功しました。

あえて多世界解釈でたとえるならば「枝分かれ寸前の二つの世界線Aと世界線Bが一瞬だけ重複し束の間だけ“共同タンク”を共有し、その重なり部分から二倍の給電ホースからエネルギーが一気に電池に流れ込む」というイメージでしょう。

将来的には、電気自動車の充電時間を現在の数十分から数分にまで短縮するような夢の技術につながるかもしれないと期待されています。

研究内容の詳細は『Physical Review Research』にて発表されました。

目次

  • 量子電池とは何か?
  • 2つの世界線の重なりから1つの電池に充電する
  • 量子電池は熱力学的に矛盾していない

量子電池とは何か?

量子電池とは何か?
量子電池とは何か? / Credit:clip studio . 川勝康弘

私たちが普段使うリチウムイオン電池などの従来の電池は、金属の化学反応によって電気エネルギーを蓄える仕組みです。

これに対して量子電池は、電子や原子などの量子ビット(qubit)にエネルギーを保持させる新概念の電池です。

例えば光の粒(光子)や原子の運動など、量子力学的な過程から直接エネルギーを取り出し蓄える点が特徴です。

量子電池はまだ実験室レベルのアイデアですが、超高速で充電できる未来の電池として物理学者たちが本気で研究を進めています。

量子力学特有の現象を使えば、従来の物理法則では考えられない効率で電池を充電できる可能性があるからです。

2012年に量子電池の概念が提唱されて以来、研究者たちは様々な量子効果で充電性能を高めようと試みてきました。

例えば量子もつれ(エンタングルメント)を利用して電池内の全セルを「集団的」に同時充電することで、充電速度を劇的に向上できるという理論が報告されています。

ある研究では、約200個のセルを持つ電気自動車用バッテリーを量子充電すれば、従来より200倍速く充電でき、家庭用充電では10時間が約3分に、高速充電ステーションでは30分が数秒になる可能性が示されています。

このように夢のある予測が相次ぐ中、世界中の研究者が量子電池の実現に向けた課題に取り組んでいます。

こうした背景の中、今回紹介する研究は、量子力学のもう一つの奇妙な性質である「量子の重ね合わせ(スーパーポジション)」に着目しました。

重ね合わせとは、一つの粒子が同時に二つ以上の状態や場所に存在できる現象です。

研究チームは「量子電池を文字通り“2か所に同時に存在”させて充電したらどうなるか?」という斬新な発想で、充電の高速化につながるかを理論的に検証しました。

この量子電池の重ね合わせ充電法によって、これまで不可能だった完璧な充電効率が実現できるのではないか、というのが研究の目的でした。

2つの世界線の重なりから1つの電池に充電する

2つの世界線の重なりから1つの電池に充電する
2つの世界線の重なりから1つの電池に充電する / 図は「量子ビット(電池)が二つの経路を同時に取ったとき、充電プロセスがどう見えるか」を二通りに描き分けています。パネル A では、ビームスプリッターを通過した量子ビットの波動が左右に完全に分かれ、離れた位置に置かれた二つの小さなキャビティへ同時に侵入します。画面の左右端に独立した充電器が配置されているため、量子ビットが本当に「空間的に二分身した」かのような距離感が強調され、世界線AとBが物理的に離れた場所で並行して充電しているイメージが直感的に伝わります。いっぽうパネル B ではキャビティ自体は一つだけで、その外壁に二つの入口が設けられています。量子ビットは同じビームスプリッターで分岐した後、ひとつの共通空間にあるキャビティに別々のドアから同時に入るので、「二つの場所」というよりは「ひとつの空間に二方向から同時訪問して干渉する」構図になります。結果として A は“遠く離れた二地点を跨ぐ分身”、B は“同一地点を複数経路で貫く分身”という違いになります。/Credit:Quick charging of a quantum battery with superposed trajectories

研究チームはまず理論モデルとして、1個の量子ビット(量子電池に相当)と充電器役の電磁場(光学キャビティ)を用意しました。

通常なら電池を充電器に接続するとき1つの経路しか通りませんが、今回はビームスプリッターという装置で量子ビットの波(存在確率の波)を分岐させ、同時に複数の経路をたどらせる工夫をしました。

具体的には、量子電池が複数のキャビティ(充電器)に同時に入る場合と、1つのキャビティに異なる入口から同時に入る場合の二通りを考え、それぞれで電池に蓄えられるエネルギーと取り出せる仕事量を計算しました。結果、量子電池を重ね合わせ状態で充電すると“貯めた瞬間に使える”効率(エルゴトロピー比)が大幅に向上することが分かりました。

特に、1つの充電器に2つの入口から同時に入る方式では、干渉効果によって飛躍的な性能向上が起きました。

わずか2経路の重ね合わせで、充電開始直後から理論上、蓄えたエネルギーの全てを仕事(有用なエネルギー)に変換できる理想的な状態に達したのです。

研究チームはこの現象を「完全充電現象(perfect charging phenomenon)」と呼んでいます。

通常の量子電池では充電の初期段階ではエネルギーを蓄えてもすぐには取り出せず、十分に充電が進んだ後になって初めて有効活用できるエネルギーとなります。

しかし今回の方法では充電のごく初期から蓄えたエネルギーを即座に取り出せることが確認されました。

言い換えれば、充電プロセスのどの時点で止めても、その時点までに蓄積したエネルギーを余すことなく仕事に変換できるという究極的な効率が実現したのです。

今回の研究をあえて多世界解釈でたとえるなら?

あえて多世界解釈でたとえるならば「枝分かれ寸前の二つの世界線Aと世界線Bが一瞬だけ重複し束の間だけ“共同タンク”を共有し、その重なり部分で二倍の給電ホースからエネルギーが一気に電池に流れ込む」というイメージでしょう。

完全に世界線Aと世界線Bに別れてしまう前の一瞬の重なりを利用する点において非常にユニークです。

研究チームはさらに、この効果が複数の量子ビットでも成り立つか検証しました。

結果、2つ以上の量子電池を同時に重ね合わせ経路に通しても干渉効果は維持され、効率向上が損なわれないことを示しました。

このことは将来的にスケールアップした量子電池システムでも原理が応用できる可能性を示唆しています。

加えて、理論上の予測を確かめるため、IBM量子プラットフォームやIonQ社の量子デバイス上で実証実験を行いました。

その結果、理論通り量子電池の最大取り出し可能エネルギー(エルゴトロピー)が向上することが確認され、量子コンピュータ上で原理検証に成功しました。

研究者たちは「我々は量子計算機を使ったシミュレーションで量子電池の高速充電現象を再現し、初期段階から有用なエネルギーを取り出せることを示しました」と述べており、今回の結果は現実の量子電池開発に向けた重要な一歩だとしています。

量子電池は熱力学的に矛盾していない

量子電池は熱力学的に矛盾していない
量子電池は熱力学的に矛盾していない / Credit:clip studio . 川勝康弘

今回の成果は、量子力学の奇抜な原理をエネルギー蓄積に応用する道が拓けることを示しました。

「同時に2つの場所に存在する」という直感に反する性質のおかげで、エネルギーを無駄なく素早く蓄え取り出せる可能性が示されたのです。

これは将来的に、電気自動車やスマートフォンなどの充電時間を桁違いに短縮し、再生可能エネルギーを効率よく蓄電する技術につながるかもしれません。

実際、「物理法則には、量子の世界を活用して長寿命で急速充電が可能なエネルギー蓄積を実現してはいけないという決まりは何もない」ことが今回の実験で示されたとも言えます。

言い換えれば、理論的な障壁はなく、あとは技術的な開発が進めば夢物語ではなくなるということです。

もっとも、量子電池はまだ原理検証の段階に過ぎません。

今回の研究では量子回路上で単純化したモデルを実証したにとどまり、実際のデバイスに応用するには乗り越えるべき課題が多くあります。

量子状態を長時間安定に保つ技術、大規模な量子系を制御する手法、そして何よりこの量子充電方式を現実の物質系で実装するための新しいアプローチが必要になるでしょう。

研究チームも、「このプロトコルを実際の電池のような実用システムにするには新たな方法が必要で、電動バイクをまばたきする間に充電する未来はまだ先だ」と述べています。

しかし、今回示された完璧な充電の実現性は、量子電池が絵空事ではなく将来のエネルギー事情を変える可能性を十分に秘めていることを物語っています。

化石燃料からクリーンエネルギーへの転換が加速する中、短時間で大量のエネルギーを蓄えられる頑丈な電池はますます重要になります。

その有力な候補として、量子電池という新しい概念が現実味を帯び始めたと言えるでしょう。

今回の成果を足がかりに、量子電池の研究がさらに進展し、私たちの生活に革命的な高速充電技術をもたらす日が来るかもしれません。

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元論文

Quick charging of a quantum battery with superposed trajectories
https://doi.org/10.1103/PhysRevResearch.6.023136

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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