英ラフバラー大学(Loughborough University)の物理学チームが、最先端のナノテクノロジーを用いて「世界最小のヴァイオリン」を作成したと発表しました。
その全長はわずか35マイクロメートル(μm)。人間の髪の毛の太さの中にすっぽり収まるサイズです。
この極小のヴァイオリンは、もちろん音楽を奏でるために作られたわけではありません。
むしろ最新鋭のナノリソグラフィー(微細加工)という技術のデモンストレーションであり、遊び心と科学を融合させた試みとなっています。
では、世界最小のヴァイオリンはどのように作られたのでしょうか?
目次
- なぜ「ヴァイオリン」を選んだのか?
- 世界最小のヴァイオリンはどうやって作られるのか?
なぜ「ヴァイオリン」を選んだのか?

研究チームはなぜ「世界最小のヴァイオリン」を作ろうと思ったのでしょうか?
それは英語圏のポップカルチャーでよく使用される、とあるフレーズがきっかけとなっています。
そのフレーズとは「君のためだけに“世界最小のヴァイオリン”が演奏されているのが聞こえるかい?(Can you hear the world’s smallest violin playing just for you?)」というものです。
これは誰かが大げさに不満を言ったり、被害者ぶったりしているときに、皮肉やからかいの意味を込めて使われる表現とされています。
この言葉には「そんなに大げさに嘆くほどのことじゃないでしょ」「同情する気はないよ」といった冷ややかなツッコミが込められているのです。
1970年代の米国テレビドラマ『MASH』などで使われたのをきっかけに広まり、その後『スポンジ・ボブ』などのアニメ作品でも引用され、英語圏のポップカルチャーの中で定番のジョーク表現となりました。
ではチームは実際に「世界最小のヴァイオリン」をどのように作ったのでしょうか?
世界最小のヴァイオリンはどうやって作られるのか?
彼らが使用した技術は「NanoFrazor(ナノフレイザー)」というナノスケールの彫刻装置です。
まず、ゲル状のレジスト(感光性材料)を2層にわたって小さなチップに塗布します。
次にチップをナノフレイザーに設置し、加熱された先端で上層にバイオリンの模様を刻み込みます。
その後、露出された下層を溶かしてヴァイオリン型の空洞を作り、そこに薄い白金(プラチナ)の膜を蒸着。
最後にアセトンで残りの材料を洗い流すと、完成したヴァイオリンが姿を現します。

こうして完成したヴァイオリンは全長35マイクロメートル、幅13マイクロメートルという極小サイズでした。
1マイクロメートルは1メートルの100万分の1であり、私たちの髪の毛の直径はおよそ17~180マイクロメートル、クマムシは50〜1200マイクロメートルの大きさです。
最終的な作品は、チップの上にある微小な“塵”程度の大きさで、電子顕微鏡なしにはその全貌を確認することすらできません。

今回の技術は単なる遊び心では終わりません。
この最先端技術は将来的に、次世代の情報技術やエネルギー技術を根本から支える鍵となる可能性があります。
この技術の最大の特長は、ナノメートル単位で素材や構造を精密に設計・配置できることです。
これにより、従来の電子機器では難しかったような、極めて微小なスケールでの物質の性質制御や機能統合が可能になります。
たとえば、ある特定の波長の光だけを吸収して熱に変えるナノ粒子を、磁性材料や電気材料と組み合わせて配置することで、熱を活用した新しい計算デバイスや記憶装置の開発が現実になります。
これは従来の「熱はデバイスの敵」という常識を覆し、「熱を積極的に利用する」という新しい設計思想に基づく技術です。
つまり、“世界最小のヴァイオリン”は、単なるミニチュアではなく、ナノテクノロジーの未来を奏でる前奏曲でもあったのです。
こちらが「世界最小のヴァイオリン」の製作過程をまとめた映像になります。
参考文献
Loughborough University physicists create ‘the world’s smallest violin’ using nanotechnology
https://www.lboro.ac.uk/news-events/news/2025/worlds-smallest-violin-using-nanolithography-tech/
The world’s smallest violin is thinner than a human hair
https://www.popsci.com/technology/worlds-smallest-violin/
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部