食物繊維の効果といえば、腸内環境を整え、生活習慣病の予防に役立つことで有名です。
しかし、オーストラリア・モナシュ大学(Monash University)の約40万人を対象にした研究によって、食物繊維は腸だけでなく、心臓にも強い味方であることが明らかになりました。
腸内細菌が作り出す代謝物と、それを感知する受容体と遺伝子の相互作用によって、最大20%の心血管疾患リスクが左右されているというのです。
研究の詳細は、2025年5月22日付の『Cardiovascular Research』誌に掲載されました。
目次
- 食物繊維の効果とは?40万人を対象にした大規模調査
- 食物繊維の効果は”遺伝子”しだい?
食物繊維の効果とは?40万人を対象にした大規模調査

健康的な食生活の象徴ともいえる食物繊維。
私たちはこれを「便通を良くするもの」や「腸の善玉菌を増やすもの」として理解してきました。
しかし食物繊維の働きはそれだけではありません。
これまでの研究により、腸内細菌が食物繊維を分解することで短鎖脂肪酸(SCFA)という分子を作り出し、これが血圧を下げたり心臓の炎症を抑えたりする働きを持つことが分かってきました。
SCFAは主に「酢酸」「プロピオン酸」「酪酸」の3種類で、これらは大腸から吸収され、Gタンパク質共役受容体(GPCR)という人間の細胞表面にある”センサー”に信号を送ります。
SCFAは、GPCRを通じて抗炎症性サイトカインの分泌を促進したり、血管内皮の機能を改善したりすることで、血圧の正常化や心筋線維化の抑制に関わっているとされています。

これまでマウスを用いた実験でも、この受容体がSCFAを感知することで心臓の保護効果が得られることが示されていました。
しかし、「人間で本当に同じ効果があるのか?」「このセンサーに異常がある人もいるのでは?」という疑問は残っていました。
今回、モナシュ大学の研究者たちは、イギリスのUKバイオバンクに登録された約40万人分のゲノムデータと医療記録を解析するという、かつてない規模の調査を実施。
研究チームは、GPCR遺伝子に関する希少で病的な変異に着目しました。
これらの変異があることで、SCFAによる信号伝達が正常に行われないと仮定したのです。
参加者は、高血圧や心疾患(急性冠症候群、心不全、脳卒中)といった診断データをもとにグループ分けされ、GPCRの病t機変移を持つ人と持たない人の疾患リスクを、年齢や性別、BMI、生活習慣を考慮に入れた統計モデルで比較しました。
さらに、食物繊維の摂取量が記録されている16万人以上のサブグループでは、「十分な食物繊維を摂取しているかどうか」という条件も加味した分析が行われました。
食物繊維の効果は”遺伝子”しだい?
その結果、研究チームは驚きの事実を明らかにします。
Gタンパク質共役受容体(GPCR)にまれな病的変異を持つわずか1%未満の人々では、短鎖脂肪酸(SCFA)をどれだけ生産してもその信号が届かず、高血圧や心不全、脳卒中のリスクが最大20%増加していたことが確認されました。

そして、食物繊維を適正量摂取していたグループでも、GPCRに異常がある人は心血管疾患の発症率が高いままでした。
これはつまり、「食物繊維を食べても、SCFAを受け取るセンサーが壊れていたら意味がなくなってしまう」ということです。
逆に、GPCRに異常のない99%以上の人では、食物繊維を十分に摂ることで、SCFAの作用によって心血管疾患のリスクを下げることができていると言えます。
私たちが食物繊維を摂ることには、単に便通を改善するだけでなく、心血管疾患を防ぐ上でも大きなメリットがあったのです。
研究チームは今後、SCFAサプリメントが血圧に及ぼす影響を調査中であり、SCFAを経口投与できる市販薬の開発を目指しています。
もちろん、99%以上の人にとっては、今すぐにでも取り組める心血管疾患予防策がひとつあります。
十分に食物繊維を摂る、ということです。
参考文献
Fiber produces up to a 20% drop in heart risk for most people
https://newatlas.com/heart-disease/dietary-fiber-gut-microbes-cardioprotection-scfas/
First proof that activation of receptors involved in the gut microbial breakdown of fibre cuts cardiovascular disease risk by 20 per cent
https://www.monash.edu/news/articles/first-proof-that-activation-of-receptors-involved-in-the-gut-microbial-breakdown-of-fibre-cuts-cardiovascular-disease-risk-by-20-per-cent
元論文
Rare pathogenic variants in G-protein-coupled receptor genes involved in gut-to-host communication are associated with cardiovascular disease risk
https://doi.org/10.1093/cvr/cvaf070
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部