「自閉スペクトラム症(ASD)」と「注意欠如・多動症(ADHD)」は、ともによく知られた発達障害です。
どちらも行動や集中力、感情の制御に影響を及ぼし、学校生活や社会生活に困難をもたらします。
また両者は併存することも多く、たとえばASDの子どものうち50~70%がADHDの症状も示すとされています。
では、この2つの発達障害は、脳内の特徴においてどこが似ていて、どこが違うのでしょうか?
アメリカ国立衛生研究所(NIH)と英キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)の共同研究チームが、1万人以上の脳を調べて、その答えを見つけ出しました。
研究の詳細は2025年5月19日付で科学雑誌『Nature Mental Health』に掲載されています。
目次
- ASDとADHDの「脳接続」はどう違うのか?
- ASDとADHDに共通する脳接続の異常も
ASDとADHDの「脳接続」はどう違うのか?
ASDとADHDは最もよく知られた神経発達障害であり、それぞれ世界人口の約1~3%と5~7%に影響を及ぼしていると推定されています。
ASDと診断された人々は、社会的なコミュニケーションの困難、反復的な行動、光や音などの感覚刺激への過敏さといった特徴を示します。
一方で、ADHDと診断された人々は、多動性、衝動性、不注意の傾向が強く、長時間にわたって注意を集中することが困難です。
ADHDとASDはしばしば併存して発症し、これまでにも研究が数多く行われてきましたが、それぞれの神経生物学的な基盤の共通点や相違点については、いまだ十分には解明されていません。

そこで研究チームは今回、6歳から19歳までの児童・青少年1万2732人分のデータを用いて、ASDやADHDと診断された人々の脳活動を比較しました。
対象となった脳領域には、感覚・運動信号の中継を担う「視床(ししょう)」、運動や学習に関与する「被殻(ひかくputamen)」、さらに注意、感情、自己認識などをつかさどる複数の神経ネットワークが含まれています。
そしてデータ分析の結果、興味深いことに、ASDではこれらの脳領域やネットワーク間の結びつきが弱まる傾向が見られたのに対し、ADHDでは同じ領域・ネットワーク間で結びつきが強くなる傾向が確認されました。
つまり、ASDでは「接続の弱さ」が、ADHDでは「接続の強さ」が、それぞれの脳に特徴的なサインとなって表れていたのです。
ASDとADHDに共通する脳接続の異常も
ASDとADHDは、それぞれ違う症状を示しながらも多くの場合に併存します。
今回の研究でも、この併存を神経的に裏付ける証拠が見つかりました。
例えば、ASDとADHDのどちらの群でも共通して見られたのが、「デフォルトモードネットワーク」と「背側注意ネットワーク」の過剰な接続(ハイパーコネクティビティ)です。
この2つのネットワークは、日常生活で「ぼんやり考えるモード」と「集中モード」を切り替える際に重要な役割を果たします。
この切り替えがうまくいかないことで、注意力の維持が困難になったり、感情のコントロールが難しくなったりする可能性があるのです。

以上の結果を踏まえて、ASDとADHDはいくつかの神経ネットワークでは似たような問題を抱えつつも、全体としては「異なる接続パターン」を持っていることがわかりました。
こうした脳接続の共通点と相違点が、ASDとADHDの似たような症状とまったく違う症状として表れているようです。
この発見は、ASDとADHDのそれぞれに対する診断や治療の方向性に大きな影響を与える可能性があります。
将来的には、脳の接続パターンをもとに個別化された治療法や支援プログラムが開発できるかもしれません。
参考文献
Autism and ADHD have distinct brain connectivity signatures, study finds
https://medicalxpress.com/news/2025-05-autism-adhd-distinct-brain-signatures.html
元論文
Cross-sectional mega-analysis of resting-state alterations associated with autism and attention-deficit/hyperactivity disorder in children and adolescents
https://doi.org/10.1038/s44220-025-00431-5
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部