男性は女性よりも平均して約13 cm背が高いことをご存知でしょうか。
実はこの13 cmもの差は、男性ホルモン(テストステロン)の作用だけでは十分に説明できないとも言われています。
アメリカのガイジンガー医科健康科学大学(GCHS)で行われた研究によって、男性が女性より平均13センチ高い理由の約4分の1にあたる約3センチぶんはテストステロンではなく、ある働き者の遺伝子のせいであることが明らかになりました。
ホルモンとは異なる遺伝的要因の発見は、男女差の理解や病気の理解につながると考えられます。
研究内容の詳細は2025年5月19日に『PNAS』にて発表されました。
目次
- なぜ“男=高身長”は世界共通なのか
- ホルモンだけじゃ説明できない“3 cmの謎”を追え
- ホルモン vs. 遺伝子――二枚看板で読み解く未来医療
なぜ“男=高身長”は世界共通なのか

人間の形質には男女で異なるものが多く存在し、身長もその一つです。
平均で13 cm程度の差が再現性高く見られる身長は、性差の原因を探る絶好のモデルでした。
「身長は男女で大きく安定した差があり、さらに広く測定されているため、性差の基盤となるゲノム要因を調べるのに価値あるモデルです」と本研究リーダーの一人であるマシュー・オーチェンズ博士は述べています。
しかし、これまでそのメカニズムは完全には解明されていませんでした。
注目されたのがSHOX(ショックス)という高さ(身長)の決定に関わる遺伝子です。
SHOX遺伝子は性染色体であるX染色体とY染色体の両方に存在し、骨の成長を促す重要な役割を持ちます。
しかし女性の場合、2本あるX染色体のうち一方は「不活性化」されてSHOXの発現(働き)が男性に比べて低く抑えられていることが分かってきました。
言い換えれば、女性では機能するSHOX遺伝子が実質1つ分しかないのに対し、男性はXとYに1つずつ(計2つ)活発なSHOX遺伝子を持つため、その分だけ骨が伸びやすいのではないかという仮説です。
さらに過去の報告では、性ホルモンがほとんど分泌されない特殊な症例においても、XYの性染色体を持つ人はXXの人より平均で約7 cm身長が高かったとされています。
また、男性に必要なSRY遺伝子(Y染色体上にある性決定遺伝子)が例外的にX染色体上に載っている46,XXの人(見た目は男性)では、典型的な46,XYの男性より身長が低くなることも報告されています。
これらのケースは、性ホルモンの有無に関係なく性染色体そのものの違いが身長差を生みうることを示唆するものです。
以上のような背景から、本研究では男女の身長差について性染色体(XとY)の遺伝的要因に焦点を当て、その影響を明らかにすることが目的とされました。
ホルモンだけじゃ説明できない“3 cmの謎”を追え

研究チームはまず、米国と英国の大規模バイオバンク(遺伝子データベース)3つから集めた約100万人分のゲノムおよび診療データを分析しました。
この中には、通常とは異なる数の性染色体を持つ1,225人(全体の0.13%)が含まれていました。
例えば女性なのにX染色体が1本しかない45,X(ターナー症候群)や、男性でX染色体が2本+Y染色体1本の47,XXY(クラインフェルター症候群)、逆にY染色体が2本ある47,XYY型の男性、X染色体が3本の47,XXX型の女性などです。
研究者たちはこれら性染色体異数性(SCAs)の人々を解析モデルに組み入れることで、性染色体の本数や性ホルモンの影響など五つの要因が身長に与える寄与度を統計的に分離して評価しました。
その結果、Y染色体が1本増えることによる身長への寄与は、X染色体が1本増える場合よりも有意に大きいことが明らかになりました。
具体的には、X染色体をY染色体に置き換える(つまり女性型から男性型の染色体構成に変わる)だけで身長が平均3.1 cm高くなったのです。
重要な点は、この効果が性ホルモンなど他の性差要因とは無関係に現れたことでした。
男性(46,XY)は女性(46,XX)よりY染色体由来の恩恵で約3 cm強高く成長する計算になり、これは男女の平均身長差13 cmの約23%に相当します。
言い換えると、男性が女性より高い理由の約4分の1はY染色体上の遺伝要因で説明できるということです。
研究チームは、このY染色体効果の主な担い手が前述のSHOX遺伝子であると考えています。
SHOXは男女双方に2コピー存在しますが、女性ではそのうち1コピー(不活性化されたX上)が十分に機能しないため、男性のほうが実質的にSHOXの発現量が多くなります。
今回の大規模解析の結果もまさに、「女性ではSHOXの発現が低いために男性より身長が伸びにくい」という仮説を裏付けるものでした。
実際、研究ではY染色体上の遺伝子発現が増えることでX染色体の場合より高身長化に繋がることが示されており、これはSHOXのようなXとYに共通する遺伝子の働きによる可能性があります。
さらに補足すると、SHOX遺伝子に変異(先天的な損傷)があると男性のほうが女性より身長への影響が大きい傾向も示されており、SHOXの効果が性別で異なることを示す追加的な証拠となっています。
ホルモン vs. 遺伝子――二枚看板で読み解く未来医療

今回の研究は、男女の身長差に関してホルモン以外の遺伝的要因が大きな役割を果たしていることを初めて大規模データで示しました。
男性と女性の身長差は平均13センチほどありますが、このうち約9~10センチ(70~75%)は思春期に分泌される男性ホルモンが伸ばした結果です。
ところが今回の研究で、男性だけが持つY染色体のSHOXをはじめとしたY染色体の遺伝子が約3センチぶん、つまり全体の4分の1もの差をつくっていることがわかりました。
これまで「ほぼホルモンのせい」とされてきた常識が大きく書き換えられた形です。
言い換えれば、身長差という“ピザ”の1杯の70~75%はホルモンで作られますが、その23%ほどはSHOXというトッピングがしっかり膨らませているのです。
今後は筋力や病気のかかりやすさも、同じようにホルモンだけでなく遺伝子との二重奏で見直されるかもしれません。
「今回の研究は、人間の身長差の謎に新たな光を当てただけでなく、性染色体異数性に着目した研究によって様々な疾患における性差のメカニズム解明にもつながる広い洞察を提供します」と、共同責任著者のアレクサンダー・ベリー博士はコメントしています。
実際、身長以外にも男女で差がある現象は多く、医学領域では性差医療と呼ばれる分野で盛んに研究されています。
例えば、自己免疫疾患(免疫の暴走による病気)は女性に多く発症し、逆に自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症(ADHD)などの発達・神経疾患は男性に多いことが知られています。
こうした疾患リスクの男女差について、その原因は従来、性ホルモンの影響や生活環境の違いなどに求められることが一般的でした。
しかし今回のように性染色体由来の遺伝子作用が無視できない影響を持つ例が示されたことで、今後はホルモンと遺伝子の双方から性差を捉える重要性が再認識されるでしょう。
論文の著者らも「X染色体とY染色体上の遺伝子発現の差異が人の身長の性的二形(男女差)に寄与していることを本研究は示した。
さらに将来的には、身長に限らず性染色体異数性に関する研究を進めることで、自己免疫疾患や神経精神疾患など様々な医療分野で観察される男女差の根底にある仕組みが明らかになるかもしれない」と述べています。
一方で、今回明らかになった“隠れた手がかり”は、男女の違いを理解し活かす医療の発展に新たな道筋を示す成果と言えるでしょう。
また今後も同様のホルモンで説明できない遺伝子由来の男女差の要因がみつかれば、トランスジェンダーアスリートの問題にも影響が及ぶかもしれません。
今回の成果は主に「身長」という一つの形質に焦点を当てたもので、筋力や持久力といった競技パフォーマンスに直結する指標は検証されていません。
したがって、現行のスポーツ規定(例:テストステロン基準)をただちに見直す根拠にはなりません。
しかし、今後ホルモン以外の遺伝的要因が他の身体能力にも影響することが明らかになれば、性別カテゴリーの定義を再考する議論が深まる可能性もあるでしょう。
元論文
X and Y gene dosage effects are primary contributors to human sexual dimorphism: The case of height
https://doi.org/10.1073/pnas.2503039122
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部