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ヒトとチンパンジーのDNAは実は15%も違うと判明:なぜ1%と言われ続けたのか?


アメリカのワシントン大学が行った研究によると、ヒトとチンパンジーのゲノムは従来考えられていたより大幅に異なり、最大で15%の差があることが明らかになりました。この研究は、「わずか1%の違い」という従来のイメージを覆し、最新のゲノム解析技術を用いて得られた結果です。過去の研究では、主に一塩基レベルの比較に基づいていたため、大規模な挿入・欠失やセグメンタル重複などの構造的な違いが見落とされていました。この新たな発見は、ヒトの進化における特有の遺伝子機能や疾患、進化の歴史を解明する重要な手がかりとなります。

ヒトとチンパンジーのDNAは「わずか1%の違いしかない」とよく言われてきました。

しかしアメリカのワシントン大学(UW)で行われた研究によって、ヒトとチンパンジーのゲノム(全遺伝情報)を詳細に解析したところ、両者のゲノムは最大15%も異なっていることが判明したのです。

この成果は、ヒトとチンパンジーの“違い”に対する私たちの見方を一変させ、人類が他の類人猿と何が違うのかという根源的な問いに新たな光を当てる大発見だといえます。

研究内容の詳細は2025年04月09日に『Nature』にて発表されました。

目次

  • なぜ1%と信じられたのか?
  • “99%同じ”はウソだった!ヒトとチンパンジーのDNAに15%のギャップ
  • 15%の差異が示すもの──ヒト特有の遺伝子機能と「ヒトとは何か」

なぜ1%と信じられたのか?

なぜ1%と信じられたのか?
なぜ1%と信じられたのか? / Credit:Canva

ヒトとチンパンジーは遺伝的にほとんど同じ──。

この考え方の象徴が「わずか1%の違い」という数字でした。

1970年代から2000年代にかけて行われた分子生物学的比較では、ヒトとチンパンジーのDNA配列の98~99%が一致することが報告され、長年にわたり広く引用されてきました。

実際、2005年にチンパンジーのゲノム概要配列が初めて発表された際にも、一塩基レベルで見たヒトとの差異は約1.2%に過ぎないと強調されました。

しかし、この「1%」という数字には重要な前提と限界がありました。

それは「比べられる部分(揃って配列が読めた部分)のみを比較した値」であるという点です。

つまり、当時の技術では解読が難しく比較から除外されていたゲノム領域が多数存在し、それらを考慮に入れていなかったのです。

ヒトや大型類人猿のゲノムには、大量の反復配列や複雑な構造を持つ領域(セントロメア〔動原体:細胞分裂時に染色体を引っ張る糸が付く領域〕や、同じ配列がまとまって繰り返すセグメンタル重複領域など)が含まれます。

従来のシーケンス技術ではこうした領域を正確に読み解くことが難しく、解析から漏れて“空白”となっていました。

(※空白となった部分では実に数100 Mb規模が解析不能となっていました)

そのため、これまでのヒトとチンパンジーの比較研究は、主に解析しやすい部分(全ゲノムの大部分を占めるものの、構造が単純な領域)に限られており、ゲノムの「見えていない部分」にどれほど差があるかは不明のままだったのです。

今回の研究は、この「見えていない部分」まで含めてヒトと類人猿のゲノムを比較し直すことを目的として行われました。

米国ワシントン大学やペンシルベニア州立大学、国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)などからなる国際チームが、最新の長鎖DNAシーケンサーと高度な組み立てアルゴリズムを駆使することで、大型類人猿のゲノム解読に長年立ちはだかってきた技術的障壁を打ち破ったのです。

ペンシルベニア州立大学のカテリーナ・マコヴァ教授は「本研究は比較ゲノム研究における画期的成果であり、これまで未完成なゲノムしか扱えなかったためにできなかったゲノム進化の全貌を、初めて詳細に把握できるようになったものです。

今回得られた6種のゲノム配列は、今後のヒトと類人猿の進化研究の確固たる基盤となるでしょう」と述べています。

“99%同じ”はウソだった!ヒトとチンパンジーのDNAに15%のギャップ

“99%同じ”はウソだった!ヒトとチンパンジーのDNAに15%のギャップ
“99%同じ”はウソだった!ヒトとチンパンジーのDNAに15%のギャップ / Credit:Canva

研究チームは、チンパンジー、ボノボ、ゴリラ、ボルネオオランウータン、スマトラオランウータン、そしてテナガザルの一種シアマンという6種の類人猿のゲノムを染色体の端から端(テロメアからテロメア)までほぼ完全に解読しました。

最新技術により長いDNA断片を一気に読み取り、それらを高精度に繋ぎ合わせていくことで、各染色体を連続した配列として再現することに成功したのです。

今回は各種について2セットのゲノム(雌雄由来のそれぞれのハプロタイプ)を解析し、全染色体で合計215本分の“ギャップ(未解読領域)のない”配列が得られました。

(※より具体的には290本中215本がギャップなしで残りも平均1–6ギャップのみという高精度の配列が得られました)

この精度はヒトゲノムの最新リファレンス配列に匹敵し、過去の類人猿ゲノムのドラフト配列で問題となっていた欠損やエラーが大幅に解消されています。

ヒトと類人猿を比較する際、これまではヒト側の配列品質が高いために起こるバイアスも指摘されていましたが、今回のデータセットではヒトも他の類人猿も同等の品質で比較できるようになりました。

例えば今回、新たに得られたゲノム配列を用いてヒトとチンパンジーを比較したところ、これまで「揃わないため」に無視されていた領域を含めると、両者のゲノムの違いは最大で15%にも達することが示されました。

従来の“一塩基置換”レベルでの違い(約1~1.5%程度)に加えて、どちらか一方にしか存在しない配列(大規模な挿入・欠失や重複の差異)が全ゲノムの1割以上を占めていたのです。

言い換えれば、ヒトとチンパンジーのゲノムを丁寧に重ね合わせていくと、約8分の1(12.5~13.3%)もの領域で対応する配列同士がずれたり欠落したりして、もはや整合しないことが分かったのです。

これはセントロメアやサブテロメア(染色体の端近く)などに存在する急速に進化した領域で特に顕著でした。

また、従来「1%」と言われた一塩基レベルの違いについても、厳密に測れば約1.5%ほどあることが示されています。

以上を総合すると、ヒトとチンパンジーのゲノムの最大15%(14~14.9%)が何らかの形で相違しているということになります。

今回の研究で明らかになった人間と霊長類のゲノムの違い
今回の研究で明らかになった人間と霊長類のゲノムの違い / Credit:Nature

では、その「見えてきた差異」とは具体的にどのようなものだったのでしょうか。

大きく分けて、ゲノムの構造そのものの違いと、DNA配列の重複や欠失による違いが見つかりました。

前者の例としては、染色体の一部分が逆向きになっている「倒位」や、染色体上で位置が丸ごと移動した領域などが各所で発見されています。

例えばゴリラでは、ある染色体上で4.8Mbもの大型のDNA断片が12.5Mb(1250万塩基対)離れた下流に「引っ越し」していたことが判明しました。

ボノボでは、多くの染色体でセントロメア(細胞分裂のときに染色体を引き寄せる要所)を形づくる アルファサテライト DNA(同じ短い文字列が延々と並ぶ配列)が、わずか 10 万塩基(100 kb)に満たない “超コンパクト版” でも正常に働いていることが分かりました。

後者の例としては、セグメンタル重複(数万塩基もの長さのDNA配列が重複した領域)の比較により、各種に固有な新しい機能が判っていないRNA配列(トランスクリプト:転写産物のこと)が次々に見出されました。

(※研究チームによれば、各類人猿ゲノムあたり770–1482のまだ機能が判っていないRNA配列がこれら未踏の領域から発見されており、中にはヒトとチンパンジーで片方にしか存在しないものも多数含まれるとのことです。)

こうした大型の反復領域は旧来の手法では解析が難しく詳細が不明でしたが、長鎖リード解析により初めて全容が捉えられたのです。

免疫や脳に関係する遺伝子群でも違いがみられました。

例えば主要組織適合複合体(MHC)と呼ばれる免疫遺伝子の巨大クラスターは種ごとに大きく構造が異なり、ヒト固有のバリアント(変異型)がヒト特有の疾患に関与する可能性が示唆されています。

また脳の発達や機能に関連する遺伝子にも、人類の系統で大きく変化したものが複数見つかりました。

例えば音声によるコミュニケーション能力に関わるある遺伝子では、ヒトに特有の調節配列が追加取得されており、これがヒトの言語獲得能力に寄与している可能性があります。

このように、6種の類人猿ゲノムを網羅的に比較することで、これまで見落とされていた多数のゲノム“ギャップ”や種特異的な重複配列の存在が明らかになりました。

それらの詳細な分析から、各種の分岐年代の再推定やゲノム進化のパターンの比較も行われています。

例えば、本研究によりヒトとチンパンジーの分岐は約550万~630万年前、ゴリラとの分岐は約1060万~1090万年前と見積もられています。

さらに、ゲノム中の系統間の不一致(不完全な系統継承)も詳しく評価され、ヒトとチンパンジーの場合ゲノムの約40%にその痕跡があることが分かりました。

これは以前考えられていたより高い割合であり、ゲノムの未解読領域を含めたことで見えてきた現象だといいます。

このように本研究は、ゲノムの過去から現在までの変遷を細部に至るまで再構築できる新たな資料を提供したのです。

15%の差異が示すもの──ヒト特有の遺伝子機能と「ヒトとは何か」

15%の差異が示すもの──ヒト特有の遺伝子機能と「ヒトとは何か」
15%の差異が示すもの──ヒト特有の遺伝子機能と「ヒトとは何か」 / Credit:Canva

ヒトとチンパンジーのゲノムが最大15%も違っているという事実は、一見すると「たった1%の違いしかない」というこれまでのイメージを覆し、私たちヒトが思った以上に特別な存在であるかのようにも思えます。

もっとも、85%以上は配列が共通することに変わりはなく、生物全体から見ればヒトとチンパンジーが極めて近縁である事実に揺らぎはありません。

その上で今回重要なのは、両者の間に残る違いがどのような種類のものかが具体的に判明した点です。

言い換えれば、「1%」という単純な数字よりも質的な違いに注目すべき段階に科学は踏み出したのです。

この差異15%の中には、先述したようにヒトにしか存在しない遺伝子や配列が数多く含まれています。

これらはヒト特有の体質や能力に関わる要素を秘めている可能性があります。

実際、研究チームが発見した各種ごとに固有な数百もの新規遺伝子の中には、ヒトが大型の脳を獲得するのに寄与したと考えられるものが既に含まれていることが分かりました。

論文の共著者であるワシントン大学のエバン・エイクラー教授は「セグメンタル重複中に各種固有のタンパク質コード遺伝子が何百も見つかっており、その中にはヒトをヒトたらしめる変化(例えばヒトの脳がより大きいこと)に寄与するものもあることが既に示されています」とコメントしています。

さらに、ヒトと他の類人猿で大きく構造が異なるゲノム領域からは、ヒトにだけかかる病気や人類の進化上の適応形質につながる手がかりも得られています。

例えば免疫系の遺伝子群の違いは、人類特有の感染症への抵抗性や脆弱性と関連している可能性があります。

皮膚や毛に関わる遺伝子の変化からは、人類が裸の皮膚を進化させた経緯に迫れるかもしれません。

味覚や代謝に関する遺伝的差異は、それぞれの食性や寿命の違いとも結びついている可能性があります。

このように、ゲノム上の差異を詳細に洗い出すことで、ヒト固有の生物学的特徴の遺伝的背景が次第に明らかになりつつあります。

今回の研究は、ヒトと最も近い生物である大型類人猿との遺伝的距離を初めて正確に測り直したという意味で画期的です。

その結果明らかになった「15%の差異」は、単に数字が増えたというだけではなく、ゲノムの中でヒトだけが持つ“特別な部分”を炙り出した点に大きな意義があります。

研究チームは「この新しい類人猿ゲノムリソースのおかげで、ヒトゲノム中のあらゆる塩基対について、その進化の歴史を再現できるようになる」と述べています。

ゲノムという設計図を全て埋め尽くすピースが揃ったことで、人類の進化の物語をこれまで以上に詳しく紡ぎ直すことが可能になったのです。

その過程で、人類とは何か、ヒトをヒトたらしめるものは何かという古くて新しい問いにも、新たな答えが得られるかもしれません。

今回得られた高品質な類人猿ゲノムは今後、保存の危機に瀕する霊長類の保全遺伝学にも役立てられると期待されています。

ヒトとチンパンジーのゲノムは15%も違う──この新事実は、人類の進化と生物学的な特異性を考える上で、従来とは異なる視点を私たちにもたらしてくれるに違いありません。

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元論文

Complete sequencing of ape genomes
https://doi.org/10.1038/s41586-025-08816-3

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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