イエネコ誕生の裏には、知られざる歴史の闇が隠されていたかもしれません。
英エクセター大学(University of Exeter)の最新研究で、ネコの家畜化は約3000年前の古代エジプトの生贄の儀式がきっかけで始まった可能性が浮上したのです。
つまり、生贄に捧げるために大量のネコが必要になったため、人類が家畜化して、穏やかなネコを大量繁殖させたと新たな研究は推測しています。
研究の詳細は2025年4月22日付でプレプリントサーバー『bioRxiv』に公開されました。
目次
- 従来の「イエネコ誕生説」は誤りだった?
- 生贄に捧げるために「家畜化」を始めた可能性
従来の「イエネコ誕生説」は誤りだった?
ネコ好きの人なら一度は考えたことがあるかもしれません。
「ネコって、いつから人と一緒に暮らすようになったんだろう?」
これまで広く知られていた説では、次のものです。
今から約9500年前の新石器時代に、人類が農耕を始めたことで、その作物を狙ってネズミが群がるようになりました。
そのネズミを狙った野生のネコが近づいてくるようになり、人類の近くで暮らし始めたことから、家畜化されてイエネコが誕生したという説です。
その根拠のひとつとして挙げられていたのが、2004年にキプロス島で発見された人とネコが一緒に埋葬された墓でした。
この発見は長らく「最古のイエネコの証拠」とされています。
しかし研究チームは今回、新たな遺伝子調査で、この説が誤りである可能性を見つけました。
キプロス島のネコの骨を調べてみると、その個体はイエネコではなく、野生のヨーロッパヤマネコだったことが判明したのです。

となると、野生ネコの家畜化は別の場所で起こった可能性が浮上してきます。
そこでチームが新たに注目したのは、約3000年前の古代エジプトでした。
生贄に捧げるために「家畜化」を始めた可能性
チームは、考古学的資料とDNA分析、骨の形態測定、炭素年代測定などの手法を駆使して、これまでのネコ家畜化史を徹底的に見直しました。
ヨーロッパ、アナトリア、北アフリカ、ブルガリア、イタリアの各地の考古遺跡から採取された70体の古代ネコのゲノムを調べたところ、イエネコの直接的な祖先はヨーロッパヤマネコではなく、アフリカ北部にいたリビアヤマネコであることが判明。
さらに遺伝子の解析データから、リビアヤマネコの最初の家畜化は今から約3000年前の古代エジプトである可能性が示されたのです。
「私たちの結果は、現代のイエネコの拡散は新石器時代や肥沃な三日月地帯にさかのぼるのではなく、その数千年後、最も可能性が高いのは北アフリカから始まったことを示していた」と、研究主任のデ・マルティーノ(De Martino)氏は述べています。
では、約3000年前の古代エジプト人はなぜ野生ネコを家畜化しようとしたのでしょうか?
チームが注目したのは、古代エジプトの女神バステトをめぐる信仰との関係です。
バステトは元々ライオンの頭を持つ神として描かれていましたが、紀元前9~7世紀にはネコの頭を持つ姿で表現されるようになります。
この時期から、ネコを神への捧げものとしてミイラ化する宗教儀式が急増しました。
実際にネコの遺体をミイラ化したものがこれまで数多く見つかっています。

神殿には、放し飼いや繁殖されたネコたちが大量にミイラとして奉納され、その数はなんと数百万体にものぼると推定されています。
これほど大量のネコを生贄に捧げるために、いちいち野生のネコを1匹ずつ捕まえるのは効率がよくありません。
特に野生のネコは素早い上に、人間への警戒心も強いため、捕まえるのも至難の業です。
そこで古代エジプト人たちはおそらく、生贄に捧げるために大量のネコを繁殖させるようになり、その中で野生ネコは人間に慣れやすく温和なイエネコへと家畜化されたのだとチームは推測しています。
このような宗教とネコの結びつきが、家畜化という生物学的変化の原動力になったという点は、従来の「農業起源説」とは大きく異なります。
ただし、この主張はまだ仮説の域は出ておらず、事実として断定するにはさらなる考古学的証拠が必要になります。
それでも今日、人類に愛されるイエネコには意外な誕生の起源があったことを暗示する研究として、非常に興味深いものです。
参考文献
Cat domestication originated in ancient Egypt, new studies reveal
https://archaeologymag.com/2025/04/cat-domestication-originated-in-ancient-egypt/
The Modern Cat May Have Emerged From Ancient Egyptian Ritual Sacrifice
https://www.sciencealert.com/the-modern-cat-may-have-emerged-from-ancient-egyptian-ritual-sacrifice
元論文
Redefining the timing and circumstances of cat domestication, their dispersal trajectories, and the extirpation of European wildcats
https://doi.org/10.1101/2025.03.28.645877
The dispersal of domestic cats from Northern Africa and their introduction to Europe over the last two millennia
https://doi.org/10.1101/2025.03.28.645893
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部